「インスリン分泌抑制は、空腹時だけでなく食後にも同時進行している。」

インスリン分泌を抑制するホルモンは複数存在し、それぞれ異なる分泌部位・受容体・細胞内シグナルを通じて作用する。 代表的なものとして、ソマトスタチン・グレリン・カテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)・コルチゾール・成長ホルモンが挙げられる。
参考)膵臓ホルモン|内分泌
その中でも「直接的なインスリン分泌抑制ホルモン」の筆頭がソマトスタチンだ。膵ランゲルハンス島のD細胞から傍分泌(パラクライン)的に分泌され、隣接するβ細胞のソマトスタチン受容体(SSTR2・SSTR5)に結合する。 その結果、Gi蛋白を介してアデニル酸シクラーゼが抑制され、cAMPが低下し、インスリン分泌が抑えられる。これが基本です。
参考)アルギニン負荷グルカゴン試験 (臨床検査 26巻2号)
視床下部由来のソマトスタチンも同一分子であり、成長ホルモンの分泌抑制に加え膵内分泌機能にも関与している。 ソマトスタチンはガストリン・セクレチン・モチリンなど消化管ホルモンの分泌抑制にも関わる、いわば「広域抑制因子」でもある。
| ホルモン | 主な分泌部位 | 抑制機序 | 臨床的注目点 |
|---|---|---|---|
| ソマトスタチン | 膵D細胞・視床下部 | SSTR結合→Gi→cAMP↓ | ソマトスタチンアナログ薬(オクトレオチド)の標的 |
| グレリン | 胃・膵ε細胞 | K⁺-ATP チャネル上流への作用 | 空腹時血糖の過度な低下を防御 |
| アドレナリン | 副腎髄質・交感神経末端 | α₂受容体→cAMP↓ | ストレス・手術時の高血糖の一因 |
| コルチゾール | 副腎皮質 | インスリン抵抗性増大(間接) | ステロイド性糖尿病の病態に関与 |
| 成長ホルモン | 下垂体前葉 | IRS-1/PI3K経路抑制(間接) | 先端巨大症での耐糖能障害 |
科研費研究の実験データによると、グレリン(10⁻¹⁰〜10⁻⁸M)はラット単離ランゲルハンス島において、グルコース8.3mM誘発インスリン分泌を容量依存的に抑制した。 その作用点はATP依存性K⁺チャネルの閉鎖過程より上流、すなわちグルコース代謝過程にあると示唆されている。つまりグレリンが高い状態では、血糖が上がってもインスリンの出が悪くなりうるということだ。
インスリノーマの診断に関心のある方へ:グレリン・GHSを用いた分泌試験の詳細は、日本医科大学医学会雑誌の以下の論文が参考になる。
カテコールアミン(アドレナリン・ノルアドレナリン)によるインスリン分泌抑制は、α₂アドレナリン受容体を介したシグナル経路が中心となる。 β細胞のα₂受容体が活性化されると、Gi蛋白を通じてアデニル酸シクラーゼが抑制され、cAMPが低下する。その結果、Ca²⁺流入が減少しインスリン分泌が抑えられる。これが基本です。
重要なのは、交感神経刺激がβ細胞に直接到達するという点だ。視床下部が低血糖を認識すると、交感神経を介して副腎髄質からアドレナリンが放出され、膵α細胞からはグルカゴンが放出される。 一方、高血糖に対する調節では副交感神経優位となり、インスリン分泌が促進される。つまり対照的な経路です。
ストレス高血糖の管理に関する集中治療領域の情報として、以下のレビューが参考になる。
成長ホルモン(GH)とコルチゾールは、インスリン分泌を直接抑制するというよりも、インスリン抵抗性を増大させることで相対的なインスリン不足をもたらす。間接的な作用が主体です。
参考)http://www.igaku.co.jp/pdf/2108_tonyobyo-02.pdf
GHのインスリン抵抗性メカニズムは複合的だ。インスリンシグナル伝達分子であるIRS-1・PI3Kの蛋白レベルを低下させ、Aktの膜移行を抑制する。 さらにPI3Kの抑制因子であるPTENを誘導し、IRS-2とPI3Kの相互作用も抑制する。加えて強い脂肪分解作用でFFA(遊離脂肪酸)が増加し、それ自体がインスリン抵抗性を悪化させる。 先端巨大症でのアディポネクチン低下も一因とされており、複数の経路が重なっているということです。
参考)http://www.igaku.co.jp/pdf/2108_tonyobyo-02.pdf
コルチゾール過剰(クッシング症候群や長期ステロイド投与)では、肝での糖新生促進・末梢でのグルコース利用低下が起き、ステロイド性糖尿病(二次性糖尿病)につながる。 実際、長期ステロイド使用患者の約20〜40%で何らかの耐糖能障害が報告されており、定期的な血糖モニタリングが推奨される。医療従事者としてこの数字は頭に入れておきたい。
参考)https://www.kyorin-medicalbridge.jp/doctorsalon/2023/10/8371.html
ソマトスタチンアナログ(SSA)は、先端巨大症・カルチノイド腫瘍・消化管ホルモン産生腫瘍などの治療に用いられる重要な薬剤群だ。 しかし「インスリン分泌抑制ホルモン」であるソマトスタチンの作用を模倣する以上、耐糖能への影響は避けられない。痛いところですね。
参考)http://www.igaku.co.jp/pdf/2108_tonyobyo-02.pdf
具体的には、オクトレオチドなどの第一世代SSAは主にSSTR2に作用し、GH分泌を強力に抑制する一方で、同じ受容体を持つβ細胞のインスリン分泌も抑制する。 そのためSSA投与開始後に血糖値が上昇し、新規に糖尿病が発症するケースが存在する。メタ解析でも第一世代SSAによる耐糖能悪化が報告されている。
参考)http://www.igaku.co.jp/pdf/2108_tonyobyo-02.pdf
一方でグルカゴン分泌も同時に抑制されるため、低血糖が起きにくいという面もある。どちらに転ぶかは患者背景次第です。SSTR5により高い選択性を持つ第二世代SSAやパシレオチドなど新規薬剤では、この耐糖能への影響プロファイルが異なるため、使い分けが重要になる。
SSAを使用する患者を担当する場合、以下の点を確認しておくと良い。
ソマトスタチンアナログと糖代謝の関係に関する詳細。
下垂体疾患(先端巨大症・GH分泌不全症)と糖代謝異常:SSAの影響を含む包括的解説(医学と薬学)
インスリン分泌の生理学全体を俯瞰したい場合は、以下の専門サイトが詳しい。
インスリン分泌の生理学:絶食・食後・各調節ホルモンの関係(糖尿病・内分泌プラクティスWeb)
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