ドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning:DR)は、ヒトでの安全性と体内動態が既に確認されている既存薬から新たな薬効を見つけ出し、実用化につなげる研究手法です 。この創薬戦略は「温故知新創薬」とも呼ばれ、従来の新薬開発プロセスと比較して大幅な効率化を実現します 。
参考)https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_52_3_200.pdf
既存薬の再利用により、開発期間の短縮と研究開発コストの軽減が可能となるため、製薬業界では新薬開発の閉塞状況を打破する有力な手法として注目されています 。特に、医薬品承認基準の厳格化により新薬開発が困難になっている現状において、市販実績があり臨床レベルでの安全性が確認されている既存薬の活用は、確実性と低コスト性を兼ね備えた革新的アプローチといえます 。
ドラッグ・リポジショニングには2つの主要なルートが存在します。既存薬の主標的分子・作用機序が別の疾患へ関与していることが判明して新規効能へ展開するものと、既存薬の新たな標的分子・作用機序を発見して新規効能を得るものです 。
参考)https://medicaleducation.co.jp/me_for_mr/winter02/
新薬開発には通常10年以上の期間と数百億~数千億円の費用が必要とされますが、ドラッグ・リポジショニングによる開発では、これらのコストを大幅に削減できます 。一部の見積もりによると、1つの薬剤のリポジショニングによってコストを平均3億ドル(約300億円)に削減でき、開発期間も約6年に短縮できることが示されています 。
参考)https://note.com/new_life_science/n/n7e873d08f16f
開発コスト削減の主要因は、既存薬が既に安全性や薬物動態データを蓄積していることです 。このため、非臨床試験や第Ⅰ相臨床試験の一部が免除または簡略化される可能性があり、試験数や被験者数の削減、開発年数の短縮により費用を大幅に抑えることが可能です 。
成功確率の向上も重要なメリットの一つです。表-2の新薬開発の成功確率データでは、探索研究から前臨床試験へ進む確率は3,216分の1と極めて低いのに対し、ドラッグ・リポジショニングでは探索研究をパスできるため成功確率が格段に上がります 。
参考)https://www.j-mac.or.jp/oral/fdwn.php?os_id=79
近年、人工知能(AI)とビッグデータ解析技術の進歩により、データ駆動型ドラッグ・リポジショニングが注目されています 。医療情報データベースやオミックス情報といった種々のビッグデータを統合解析することで、既存薬の新たな薬効を効率的に見出すことが可能になりました 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K16461
データ駆動型アプローチでは、専用の知識グラフデータベースを用いて、データ収集、探索的データ解析、詳細調査と優先順位付け、検証実験の4ステップで研究を進めます 。バイオインフォマティクスやケモインフォマティクスの技術を活用し、生命科学情報や医薬品の化学構造データベースを解析することで、従来の経験則に依存した手法を超えた発見が可能となっています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/158/1/158_22072/_pdf
特に注目すべき成功事例として、2020年にBenevolentAI社が発表したJAK阻害薬・バリシチニブのCOVID-19重症化予防効果の発見があります 。AI解析により既存薬の新たな適応症を特定し、実際の臨床応用へと繋げた画期的な事例です。
医師主導治験は、ドラッグ・リポジショニングにおける適応拡大を実現する重要な手段です 。特許切れ医薬品を含む既存薬の適応外使用開発などのドラッグ・リポジショニング促進が国の政策として推進されており、研究センター等が医師主導治験等に積極的に取り組むことでデータ取得が行われています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000048459.pdf
具体的な成功事例として、京都大学iPS研究所(CiRA)を中心とした家族性アルツハイマー病を対象とした医師主導治験があります 。2020年に開始されたこの治験では、東和薬品が治験薬の提供を通じて支援し、2022年には医師主導治験での第1/2相試験を完了しています 。
参考)http://med.towayakuhin.co.jp/medical/ouraction/research_dr.php
医師主導治験の利用・提供における最終目的として、製薬企業等では77.3%が適応拡大/ドラッグ・リポジショニングを目指しており、アカデミアでも41.2%が同様の目的を持っています 。これにより、既存薬の新規効能・効果の追加承認取得が可能となり、患者への治療選択肢拡大に貢献しています。
参考)https://www.amed.go.jp/content/000033393.pdf
現代の創薬技術の発展により、ドラッグ・リポジショニングの精度と効率性が大幅に向上しています。富士通と理化学研究所が開発した生成AI技術「DeepTwin」を活用した創薬技術では、電子顕微鏡画像からタンパク質の構造変化を予測する時間を従来の1日から2時間まで短縮することに成功しました 。
参考)https://ai-market.jp/industry/ai-medical-medicine/
プリファードネットワークスが開発したAI創薬技術では、ディープラーニングと大規模計算資源を用いて創薬初期工程の化合物探索や分子設計を自動化し、従来手法では着想しにくい構造の提案も可能としています 。これにより、研究者の知見に大きく依存してきた従来の創薬手法を計算上で自動化し、化合物の設計や最適化を迅速に行えるようになりました。
医療ビッグデータの活用により、多様な背景を持つ患者が既存薬を使用した際の有効性・安全性を分析することが可能となり、ヒトや動物、細胞の生命科学情報を蓄積したデータベース解析を通じて、従来発見できなかった薬効メカニズムの解明が進んでいます 。これらの技術革新により、希少疾患やアンメットメディカルニーズを始めとした症例が少ない疾患や早期治療が望まれる疾患に対する治療薬開発が加速されています 。
参考)https://pharm.hospital.okayama-u.ac.jp/research/research.html