ドキシラミン(doxylamine)は分子式C₁₇H₂₂N₂O、分子量270.37のエタノールアミン系第一世代抗ヒスタミン薬である 。医薬品として使用される際は、安定性と溶解性を高めたコハク酸塩(コハク酸ドキシラミン)の形で製剤化されている 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3
本剤の薬理作用の中心はヒスタミンH1受容体拮抗作用にあり、この作用により抗アレルギー効果と中枢神経系への鎮静作用を発現する 。第一世代抗ヒスタミン薬の特徴として血液脳関門を通過しやすく、脳内のH1受容体をブロックすることで強い鎮静作用を示す 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/123/1/123_24/_pdf
興味深いことに、ドキシラミンの抗アレルギー作用は米国で市販されるジフェンヒドラミン以外のほぼ全ての抗ヒスタミン薬を上回るとされ、睡眠改善薬としての効果も市販薬の中では最も強力とする研究報告がある 。
参考)https://www.weblio.jp/content/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3
ドキシラミンの生物学的利用能は24.7%と比較的低く、主に肝臓で代謝される 。主要代謝物はデスメチルドキシラミンとジデスメチルドキシラミンの2つであり、これらの代謝過程を経て主に尿中から排泄される 。
消失半減期は6~12時間と個体差が大きく、この変動要因として年齢、肝機能、併用薬物の影響が考えられる 。この半減期の特性により、就寝前服用で翌朝まで持ち越し効果が生じる可能性があり、臨床使用時には注意が必要である。
薬物動態の観点から、ドキシラミンはCYP450酵素系による代謝を受けるため、同酵素系を阻害または誘導する薬物との相互作用の可能性を考慮する必要がある。特に医療従事者は、患者の併用薬物歴を詳細に聴取し、相互作用リスクを評価することが求められる。
ドキシラミンとピリドキシン(ビタミンB6)の配合製剤は、海外でつわり治療の標準的選択肢となっている 。ドキシラミンのつわりに対する効果は、嘔吐中枢への多重作用によるものと考えられている 。
参考)https://zeromachi.clinic/blog/hello-pruzena
具体的には、脳幹部の嘔吐中枢に存在するヒスタミンH1受容体をブロックし、さらにアセチルコリンやセロトニンといった神経伝達物質の作用を調節することで吐き気を抑制する 。この多重の作用機序により、単一の神経伝達物質を標的とする薬物よりも包括的な制吐効果が期待できる。
米国産婦人科学会(ACOG)ガイドラインでは、「まずビタミンB6単独で治療を開始し、効果不十分な場合にドキシラミンを併用する」ことが強く推奨されており 、この段階的アプローチは安全性と有効性のバランスを考慮した治療戦略となっている。
参考)https://naminamicl.jp/column/pregnancy/morningsickness/bonjesta-morningsickness/
ドキシラミンは米国、カナダ、オーストラリア、英国など多くの国で承認され、用途に応じて様々な製剤が販売されている 。米国ではNyQuilの鎮静成分として、またUnisom SleepTabsなどの商品名で睡眠改善薬として広く使用されている 。
参考)https://kumanomae-fc.jp/blog/3373/
用量設定は国により異なり、米国では6.25mg~25mgが睡眠改善薬としての標準用量であるが、オーストラリアではRestavitやDozileといった商品で50mgまでの高用量製剤も販売されている 。これらの用量差は各国の薬事規制や臨床経験の蓄積による相違を反映している。
参考)https://ameilog.com/otc-top/doxylamine
つわり治療薬としては、カナダのDiclectin、近年では**ボンジェスタ(Bonjesta)やプルーゼナ(Pruzena)**といった商品名で、ドキシラミン10mgとピリドキシン10mgを配合した製剤が使用されている 。これらの配合比は多数の臨床試験により最適化された結果である。
参考)https://neoclinic-w.com/diagnosis/bonjesta
日本でドキシラミンが医療用・一般用医薬品として承認されていない背景には、複数の要因が考えられる 。1970年代から1980年代にかけて、ドキシラミンを含む複合感冒薬(Bendectinなど)で催奇形性の懸念が提起され、1983年にアメリカ市場から一時撤退した歴史がある 。
参考)https://kitashina.seesaa.net/article/2014-03-26.html
その後の大規模疫学調査では催奇形性リスクの否定的結果が得られているものの、日本の薬事承認においては安全性データの蓄積とリスク・ベネフィット評価がより慎重に行われる傾向がある。特に妊娠中使用を想定した薬物については、より厳格な安全性基準が適用される。
医療従事者の立場からは、患者から海外製品の個人輸入について相談を受けた際に、日本未承認である旨を明確に伝え、代替治療選択肢の検討や専門医への紹介を適切に行うことが重要である。また、海外渡航中の患者から使用歴について聴取する際の参考情報としても本剤の知識は有用である。
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参考情報:KEGG DRUGデータベースでのドキシラミン詳細情報