デブリードマン(debridement)は、フランス語で「切開」を意味するdebridementに由来する医学用語で、感染・壊死組織を除去し創を清浄化することで他の組織への影響を防ぐ外科処置です 。語源的には「debrider」から来ており、「de」は否定を表す接頭語、「bride」は「拘束する」という意味で、本来は「拘束を解く、解放する」ことを表しています 。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1407101138
壊死組織は正常な肉芽組織の成長を妨げ、細菌繁殖の栄養源となるため、これらを除去することは創傷治癒の基本原則となっています 。死滅した組織、成長因子などの創傷治癒促進因子の刺激に応答しなくなった老化した細胞、異物、およびこれらにしばしば伴う細菌感染巣を除去して創を清浄化する治療行為として定義されています 。
参考)https://www.almediaweb.jp/glossary/0622.html
医療現場では「デブリ」と略して用いられることが多く、デブリドマン、デブリードメントとも呼ばれます 。診療報酬点数表上ではK-002に区分され、「創傷処理に対する加算」であるデブリードマン加算が設定されています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3
デブリードマンには創の状態や患者の全身状態に応じて選択される複数の方法があります。主要な分類として以下の方法に分けられます 。
外科的デブリードマンは、メスやハサミを用いて創の異物、壊死組織を直接切除する方法です 。サージトロンなどによる電気焼却も含まれ、最も迅速で確実な壊死組織除去が可能です。骨髄炎の合併が疑われる場合には腐骨の追加切除も行われます 。
参考)https://plastic.m.u-tokyo.ac.jp/clinical/739/
化学的デブリードマンは、外用剤を用いて創の異物、壊死組織を溶解する方法で、蛋白分解酵素による方法も含まれます 。軟膏で壊死組織を溶かしながら除去するため、侵襲性が低く、全身状態が不良な患者にも適用可能です 。
参考)http://sakisaka.or.jp/blog/2931/
保存的デブリードマンには、特殊な素材に創の異物、壊死組織を吸収させる方法や、閉塞性ドレッシングの自己融解作用を利用する方法があります 。機械的方法として、創部の洗浄やブラッシングによる物理的除去も含まれます。
1990年代からは、マゴットセラピー(蛆を用いたデブリードマン)も生物学的方法として行われるようになっています 。マゴットによる生物学的方法は、特殊な医療用蛆虫が壊死組織のみを選択的に摂食する特性を利用した治療法です 。
デブリードマンの適応は、主に感染を伴う創傷や壊死組織を有する創傷に対して行われます。褥瘡、糖尿病性足潰瘍、重症下肢虚血に伴う壊疽、手術部位感染創などが主要な適応となります 。
参考)https://www.asahikawa.jrc.or.jp/app/wp-content/uploads/2024/05/tokuteikoui_sousyoukanri20240530.pdf
汚染された挫創に対しては、ブラッシングまたは汚染組織の切除等が行われ、通常麻酔下で実施される程度の処置がデブリードマン加算の対象となります 。挫創は鈍体が強く作用した部位の皮膚、皮下組織が挫滅し、皮膚が離断した創であり、創部の汚染を伴っているとの判断のもとに対応するのが通例です 。
参考)https://www.ssk.or.jp/shinryohoshu/sinsa_jirei/kikin_shinsa_atukai/shinsa_atukai_i/syujutsu_1.files/syujutsu_24.pdf
しかし、主要な神経、血管、腱に対するデブリードマンは一般に禁忌となります 。これらの重要構造物を損傷すると、機能障害や出血などの重篤な合併症を引き起こす可能性があるためです。
壊死組織周囲の感染徴候が乏しい場合は待機的にデブリードマンを行うことも可能ですが、壊死組織を伴う創傷は常に感染に移行するリスクがあるため、適切なタイミングでの実施が重要です 。深部組織にガスを伴う感染症、膿瘍、または壊死性筋膜炎などの場合は緊急の外科的処置が必要となります 。
参考)https://www.jds.or.jp/uploads/files/publications/gl2024/11_1.pdf
2015年10月から開始された看護師の特定行為制度により、「褥瘡または慢性創傷の治療における血液のない壊死組織の除去」が看護師による特定行為として認められています 。これにより、特定行為研修を修了した看護師が、医師の包括的指示のもとで手順書に基づいてデブリードマンを実施できるようになりました。
参考)https://www.almediaweb.jp/news/pu20150731_01.html
特定行為として実施可能なデブリードマンは、血液のない壊死組織に限定されており、出血のリスクを最小限にするための適切なアセスメントが重要です 。看護師は実践的な理解力、思考力および判断力、高度かつ専門的な知識・技能を習得した上で実施する必要があります 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnwocm/28/1/28_140/_pdf/-char/ja
特定行為研修修了看護師によるデブリードマンの実施により、患者の状態を見ながらタイムリーに対応でき、医師の判断を待たずに処置が可能となるため、患者にとってのメリットも大きいとされています 。病院では創傷管理関連の特定行為研修修了看護師が、デブリードマンや陰圧閉鎖療法などの専門的な処置を担当しています 。
参考)https://aomori-kenbyo.jp/posts/11342/
臨床現場では、これまでに1か月あたり2~3人程度の患者に対してデブリードマンが実施されており、患者からも「治療の効果が目で見てわかった」との好評を得ています 。特定行為として実施されたデブリードマンは、従来の医師による処置と同等の効果を示しながら、より柔軟な対応が可能となっています。
デブリードマンを実施する際の臨床判断では、創傷の状態評価が最も重要な要素となります。EWMA(European Wound Management Association)の定義では、デブリードマンは「壊死した物質・不活化した組織を取り除くこと」とされ、黒色壊死組織や黄色壊死組織だけでなく、滲出液が凝固した組織、膿、血腫、異物、創縁の肥厚した角質なども対象となります 。
重症下肢虚血におけるデブリードマンでは、末梢血行再建術後の創閉鎖のための壊死組織除去と、感染コントロールのための壊死組織除去という二つの目的があります 。血行再建の成功可否により治療戦略が大きく変わるため、循環器科による緊急EVT(血管内治療)と連携したタイミングでの実施が重要です 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsvs/27/2/27_18-00013/_article/-char/ja/
糖尿病性足潰瘍に対するデブリードマンでは、感染した組織を取り除く外科的治療と抗菌薬の投与が基本となります 。急性の感染症の場合は緊急性があり、時にガス壊疽など生命に関わる重症感染症を引き起こすため、迅速な判断と処置が求められます。慢性感染症でも骨髄炎などの深部感染症への進展リスクがあり、継続的な評価が必要です 。
参考)https://www.nms.ac.jp/kosugi-h/section/plastic-surgery/plastic-surgery_copy_copy_2_copy_copy_copy_2_copy.html
創傷衛生(Wound hygiene)の概念では、1.洗浄(Cleanse)、2.デブリードマン(Debride)、3.創縁の新鮮化(Refashion)、4.創傷の被覆(Dress)の4つのステップが提唱されており、デブリードマンは創傷管理における中核的な位置を占めています 。適切な時期に適切なデブリードマンを実施することで、創傷治癒の促進と感染予防の両方の効果が期待できます。