ベバシズマブ単剤では脱毛はほぼ起こらないのに、「抗がん剤の脱毛」として説明してしまうと患者の信頼を損なうリスクがあります。
ベバシズマブ(商品名:アバスチン)は、血管内皮増殖因子(VEGF)に結合し、腫瘍への血管新生を阻害することで抗がん作用を発揮する分子標的薬です。作用の標的がVEGFというタンパク質に限定されているため、一般的な細胞毒性を持つ古典的抗がん剤とは副作用のプロファイルが根本的に異なります。
脱毛が起こる主な機序として、通常の抗がん剤(例:パクリタキセル、ドセタキセル)は細胞分裂が活発な細胞に作用するという特性があります。毛母細胞は非常に活発に分裂する細胞であるため、これらの薬剤から強いダメージを受け、投与開始後2〜3週間ほどで脱毛が始まります。ウィッグや帽子を準備するよう患者に事前に説明することが標準的な看護ケアとなります。
一方、ベバシズマブはVEGFというタンパク質に特異的に結合するため、毛母細胞を直接傷害しません。これが重要な点です。ベバシズマブ単独投与では脱毛は原則として主な副作用として列挙されておらず、高血圧・蛋白尿・出血・消化管穿孔などが特徴的副作用とされています。
では、なぜベバシズマブと脱毛がセットで語られることが多いのでしょうか?その答えは「併用レジメン」にあります。ベバシズマブは単独で使用されることが少なく、パクリタキセルや、カルボプラチン、FOLFOXなどの既存の化学療法薬と必ずといっていいほど組み合わせて使用されます。脱毛の主体は、この「組み合わせ薬剤」の側に存在するのです。
つまり脱毛の原因は、ほぼ全ての場合に「ベバシズマブではなく、並走する古典的抗がん剤」です。医療従事者がこのメカニズムを正確に把握しておくことで、患者への説明がより精確になり、信頼性の高い医療情報提供が実現します。
参考:ベバシズマブBS添付文書(ファイザー)の副作用一覧と警告事項について
ベバシズマブBS点滴静注「ファイザー」 添付文書(PMDA承認)
臨床データを見ると、ベバシズマブ単独の場合と、他の抗がん剤との併用時では脱毛発現率に著しい差があります。これは意外ですね。
添付文書(ベバシズマブBS点滴静注「ファイザー」、2025年5月改訂第6版)の臨床成績によれば、ベバシズマブ10mg/kg+パクリタキセル投与群の副作用発現率は100%(120/120例)に達し、そのうち脱毛症は98.3%(118/120例)という非常に高い数値が報告されています。白血球数減少が85.0%(102/120例)であることと比べても、脱毛症の発現率の高さは際立っています。
この98.3%という数字を患者に伝える際には、「ほぼ全員に起こる可能性があります」と率直に伝えることが推奨されます。
| 副作用の種類 | 発現率(PTX+BV群) |
|---|---|
| 脱毛症 | 98.3%(118/120例) |
| 白血球数減少 | 85.0%(102/120例) |
| 高血圧(BV特有) | 18.2% |
| 蛋白尿(BV特有) | 添付文書に記載あり |
| 消化管穿孔(BV特有) | 0.9%(死亡例あり) |
注目すべきは、この高い脱毛発現率はパクリタキセルの作用によって引き起こされているという事実です。パクリタキセルは微小管の安定化を通じてがん細胞の分裂を止める薬剤であり、同時に毛母細胞にも強い影響を及ぼします。この結果として投与開始後2〜3週間で脱毛が始まることが多く、治療終了後2〜4か月で再発毛が見られるのが一般的な経過です。
医療従事者として正確に押さえるべきポイントは、「脱毛=ベバシズマブの副作用」と説明してしまうと患者の誤解を招きかねないという点です。「脱毛症は主に一緒に使うパクリタキセルによって起こります。ベバシズマブには固有の副作用として高血圧や蛋白尿、出血傾向があり、これらは別に管理していきます」という形で説明することが、患者の治療理解と副作用への心理的準備を両立させる上で有効です。
参考:カルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブ療法のレジメンと看護ポイント(岡山大学病院・腫瘍センター執筆)
カルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブ療法のポイント|看護roo!
脱毛はどのレジメンの影響か把握することが基本です。ベバシズマブ(アバスチン)には、他の抗がん剤とは全く異なる「固有の副作用プロファイル」があります。これを脱毛などの従来型副作用と混同したまま患者ケアを行うことは、適切な副作用管理の妨げになります。
ベバシズマブ固有の代表的な副作用として、以下が挙げられます。
これらの副作用はどれも脱毛とはまったく異なるメカニズムで起こります。特に消化管穿孔や血栓塞栓症、喀血は命にかかわる副作用であるため、患者への定期的なモニタリングと早期発見が重要です。
患者が「脱毛への不安」を強く表明する場合でも、医療従事者はベバシズマブ固有のリスクを見落とさないよう、確認項目を仕組み化しておくことが求められます。具体的には、毎回の外来時に血圧測定・尿蛋白チェックを実施し、「腹痛・血痰・手足のむくみ」の有無を問診するフローを日常ケアに組み込むことが有効です。
参考:高血圧・蛋白尿の管理に関する情報(分子標的薬の副作用管理)
分子標的薬による蛋白尿の対処法(東和薬品、専門医向け解説)
脱毛の原因薬が特定できたら、具体的なケア計画が立てやすくなります。ベバシズマブ+パクリタキセル療法を受ける患者には、投与開始前から脱毛への心理的・実際的な準備を支援することが看護の大きな役割です。
まず時期の予測についてです。パクリタキセルによる脱毛は投与開始後おおむね2〜3週間前後から始まり、眉毛・まつ毛・体毛にも及ぶことがあります。治療終了後は約2〜4か月で再発毛が始まるため、「必ず回復する」ことを明確に伝えることが患者の安心感につながります。
また、ウィッグ(医療用かつら)の準備については、脱毛が始まってから探すよりも、投与開始前に検討・購入しておくことを勧めることが実践的です。特に、医療用のウィッグは健康保険の対象外となるケースが多く(一部自治体では補助制度あり)、実費で数万円〜十数万円の費用がかかる場合があります。患者が経済的に準備できるよう、地域の補助制度やレンタルサービスについての情報提供も合わせて行うとよいでしょう。これは使えそうです。
頭皮のケアについては、脱毛時に頭皮への刺激が生じることがあります。低刺激のシャンプーや頭皮保護クリームの使用、強い紫外線を避けるための帽子の着用などが推奨されます。
心理的支援の観点からは、脱毛は外見の変化を伴うため、患者のQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。特に女性患者では、脱毛に伴う精神的苦痛が治療継続への意欲にも影響することが知られています。定期的に「外見に関する不安をどのように感じているか」を問診に組み込み、必要であれば心理士やがん専門看護師によるカウンセリングにつなげることも重要な対応です。
なお、脱毛の予防手段として冷却キャップ(スカルプクーリング)という方法があります。頭皮を冷却することで頭皮の血流を一時的に減らし、毛根に到達する抗がん剤の量を低下させることを目的とした機器です。海外では一定の普及が見られますが、日本国内では一部施設での使用にとどまるため、担当施設の対応状況を確認する必要があります。
ベバシズマブの副作用管理において、脱毛以外で特に見落とされがちな点が「創傷治癒遅延」と「術後投与のタイミング」です。これは意外です。
ベバシズマブは血管新生を阻害するため、正常組織の修復に必要な新生血管の形成も抑制してしまいます。その結果、手術部位の治癒が著しく遅れたり、創し開(そうしかい:縫合した傷口が再び開くこと)や術後出血などの合併症が生じることがあります。
添付文書では「大きな手術の術創が治癒していない場合は、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合を除き、本剤を投与しないこと」と明記されています。臨床試験において「大きな手術後28日間経過していない患者にベバシズマブを投与した経験はない」という記述もあり、術後の投与開始タイミングには慎重な判断が求められます。
逆に、ベバシズマブ投与中に緊急手術が必要になるケース(消化管穿孔など)でも問題が生じます。ベバシズマブの半減期は約20日と長く、投与後しばらくの間は創傷治癒遅延のリスクが持続します。このため、ベバシズマブ投与終了から手術までの適切な間隔については、添付文書上「明らかになっていないが、本剤の半減期を考慮すること」とされています。
実務上の運用として、ベバシズマブ投与中の患者が外来でコンサルテーションを受ける場合や、予定外の処置が必要になった場合に、担当医と外科・歯科などの関連診療科が連携して「ベバシズマブ最終投与日」を確認することが非常に重要です。このことを知らずに外科的処置を行うと、予期せぬ創傷トラブルに発展するリスクがあります。
また、抜歯などの歯科処置も創傷治癒遅延の対象になります。がん治療中の患者が歯科受診する際には、ベバシズマブ使用中であることを歯科医師に必ず伝えるよう指導することも、医療従事者の大切な役割です。
脱毛の対応にケアの比重が傾くと、こうした重篤リスクが見えにくくなることがあります。ベバシズマブの副作用管理においては、目に見えやすい「脱毛」だけでなく、目に見えにくい「血管・創傷系の副作用」こそ重点的にモニタリングする姿勢が求められます。
参考:ベバシズマブの作用機序と副作用全般について(医療従事者向け解説)
ベバシズマブ(アバスチン)の特徴と副作用|抗がん剤.net