血管透過性とは、血管壁を通して物質が血管内から組織間質へ移動する能力を指します。通常、血管内皮細胞は選択的なバリアとして機能し、必要な物質のみが通過できるよう制御しています。しかし、様々な要因により透過性が亢進すると、このバリア機能が低下します。
血管の基本構造において、内皮細胞同士は「細胞間隙」で接続されています。通常状態ではこの隙間は狭く保たれていますが、炎症などの刺激により内皮細胞が収縮すると細胞間隙が拡大し、透過性が亢進します。
血管透過性亢進が生じると以下の変化が起こります。
特に毛細血管における透過性亢進は、組織への酸素や栄養素の供給、老廃物の除去といった基本的な生理機能に影響を与えます。血管透過性の亢進はある程度までは生理的な防御反応ですが、過度に起こると病的状態となります。
炎症反応において、サイトカインは血管透過性亢進の主要な媒介因子として機能します。特に重要な炎症性サイトカインには以下のものがあります。
これらのサイトカインは「炎症性サイトカイン」と総称され、敗血症などの重症感染症では「サイトカインストーム」と呼ばれる過剰な状態に陥ることがあります。サイトカインストームでは全身の血管透過性が異常に亢進し、多臓器不全につながる危険性があります。
サイトカイン以外にも、以下の物質が血管透過性を亢進させることが知られています。
これらの物質は、生体が損傷を受けたり抗原抗体反応が起こったりすると、補体系、線溶系、キニン産生系のプロ酵素が活性化され産生されます。
透過性亢進において、血管内皮細胞は中心的な役割を果たします。炎症刺激を受けると、内皮細胞には以下のような変化が生じます。
研究によると、血管内皮細胞特異的に発現するタンパク質「Robo4」は、炎症時の血管透過性を抑制する役割を持つことが明らかになっています。Robo4を持たないマウスでは、炎症時に血管透過性が過剰に亢進し、多臓器の血管から血液が漏れやすくなることが報告されています。
また、非溶血性輸血副作用(NHTRs)の研究では、抗HLA Class II抗体が単球を活性化し、放出されたTNF-αとIL-1βが血管内皮細胞の透過性亢進を誘導することが示されています。これは輸血副作用における発疹、蕁麻疹、血管浮腫、肺水腫などの症状の病態メカニズムの一部を説明しています。
血管透過性の亢進は、様々な疾患の病態形成に重要な役割を果たしています。主な関連疾患には以下のようなものがあります。
敗血症では、細菌由来のエンドトキシンがマクロファージなどを刺激し、IL-1、TNF-α、IL-8などのサイトカインの過剰産生を引き起こします。これらが血管内皮細胞や血管平滑筋細胞に作用して、PGI2や一酸化窒素の産生を促進し、血管透過性の亢進や血管拡張を引き起こします。結果として血圧低下(敗血症性ショック)が生じ、重篤な場合は多臓器不全に至ります。
IgE抗体を介した肥満細胞の活性化により、ヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されます。これにより急速な血管透過性の亢進が起こり、局所の浮腫や全身性のアナフィラキシーショックを引き起こします。
キニン系の活性化やヒスタミン放出により、皮膚や粘膜下組織の血管透過性が亢進し、局所的な浮腫が発生します。特に遺伝性血管浮腫では、C1インヒビターの欠損によりキニン系の制御が失われることで、生命を脅かす喉頭浮腫などを引き起こすことがあります。
肺の毛細血管における透過性亢進により、血漿成分が肺胞内に漏出し、ガス交換障害を引き起こします。ARDS(急性呼吸窮迫症候群)では、炎症性サイトカインの過剰産生による肺毛細血管の透過性亢進が中心的な病態です。
通常、脳の血管は「血液脳関門」という厳密なバリアを形成し、透過性が非常に低く保たれています。しかし、脳卒中や外傷性脳損傷などでは、この関門の破綻による透過性亢進が脳浮腫を引き起こし、神経障害を悪化させます。特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においても、スパイクタンパクが脳血管内皮細胞に影響を与え、血液脳関門の破綻や微小出血のリスク増加を理論的に引き起こす可能性が示唆されています。
COVID-19とスパイクタンパクの脳血管への影響に関する情報
血管透過性亢進を制御することは、多くの疾患の治療において重要な目標となります。現在の治療アプローチとして、以下のようなものがあります。
近年の研究から、新たな治療アプローチの可能性も見えてきています。
大阪大学の研究チームは、血管特異的に発現するタンパク質「Robo4」が炎症時の血管透過性亢進を抑制する作用を持つことを発見しました。Robo4量を増やす薬剤の開発が進められており、敗血症などの炎症性疾患に対する新しい治療法として期待されています。
多くの炎症性サイトカインの作用を媒介する転写因子NF-κBを阻害することで、血管透過性亢進を抑制できる可能性があります。実際に、非溶血性輸血副作用の研究では、NF-κB阻害剤が血管内皮細胞の透過性亢進を抑制することが示されています。
京都大学CiRAの研究では、血管平滑筋細胞におけるリソソーム膜の透過性亢進が炎症を誘導することが明らかになりました。リソソーム膜を安定化する薬剤は、このメカニズムを抑制し、炎症性サイトカインの産生を減少させる可能性があります。
脳疾患の治療においては、血液脳関門の透過性を一時的に高めて薬物送達を改善する技術の開発も進められています。これにより、脳神経疾患に対する治療効果の向上が期待されています。
これらの新たなアプローチは、従来の抗炎症治療とは異なるメカニズムで血管透過性を制御するものであり、より特異的かつ効果的な治療法の開発につながる可能性があります。透過性亢進のメカニズム解明が進むことで、今後さらに革新的な治療法が生まれることが期待されます。