トリプトファナーゼ(Tryptophanase、EC 4.1.99.1)は、L-トリプトファンと水を基質として、以下の化学反応を触媒する重要な細菌酵素です 。この酵素はリアーゼに分類され、特に炭素-炭素結合を切断するその他のリアーゼに属しており、系統名は「L-トリプトファン インドールリアーゼ(脱アミノ;ピルビン酸形成)」として知られています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BC
L-トリプトファン+H2O⇌インドール+ピルビン酸+NH3
この反応により生成される生成物は3つあります :
さらに注目すべきは、カリウムイオン(K+)による活性化機構です 。この特性は臨床検査においても応用されており、血中カリウム濃度測定の酵素的測定法にトリプトファナーゼが利用されています 。K+の存在下では、Na+が競合的にその活性を阻害するという興味深い性質も報告されています 。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1542901250
トリプトファナーゼは、トリプトファン代謝および窒素循環の重要な構成要素として機能しており 、2007年末時点で3つの立体構造(PDBコード:1AX4、2C44、2OQX)が解明されています 。
トリプトファナーゼは細菌の同定において極めて重要な指標となっています 。インドール産生試験は、この酵素を持つ細菌を識別する標準的な検査法として広く用いられています 。
参考)https://www.sugiyama-gen.co.jp/products/detail/post-8678/
検査の原理は以下の通りです :
参考)https://www.sugiyama-gen.co.jp/cms_Gm8xy6aA/wp-content/uploads/2023/04/fb1efe35917a14380d145f046f3dcf9f.pdf
この検査法は腸内細菌科の鑑別に特に重要で 、LIM培地(Lysine-Indole-Motility培地)などの多項目培地にも組み込まれています 。検査室では日常的に細菌の迅速同定に活用され、感染症診断の精度向上に貢献しています 。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2010517550A/ja
近年の研究により、トリプトファナーゼ阻害剤が腎機能障害の治療において有望な治療選択肢として注目されています 。トリプトファナーゼによって産生されるインドールは、腸管で吸収された後に肝臓で硫酸抱合を受けてインドキシル硫酸という尿毒症毒素に変換されます 。
参考)http://dbsearch.biosciencedbc.jp/Patent/page/ipdl2_JPP_an_2005182317.html
トリプトファナーゼ阻害剤の治療効果には以下の機序が関与しています :
腎機能保護メカニズム:
副次的効果:
この治療アプローチは、現在または将来的に透析や腎移植が必要となる可能性のある慢性腎不全患者に対して特に有効とされており 、腎不全の予防、改善、進行遅延を目的とした新しい治療戦略として期待されています。
トリプトファナーゼは腸内細菌叢の代謝活動において中心的な役割を果たしており、腸管の恒常性維持に深く関与しています 。腸内細菌が産生するインドールは、最も主要なトリプトファン代謝物として知られており 、宿主の免疫応答や腸管バリア機能に多面的な影響を与えます。
参考)https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1551
腸管免疫への作用機序:
興味深いことに、乳糖の存在がトリプトファナーゼ活性を調節する現象も報告されています 。乳糖資化能を有する細菌では、乳糖の存在によりインドール生成量とトリプトファナーゼ活性が逆に低下する現象が観察されており 、これは腸内環境の糖代謝とアミノ酸代謝の相互作用を示す重要な発見です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslab1990/5/2/5_54/_pdf
さらに、ベルベリン塩化物水和物などの薬剤が大腸菌のトリプトファナーゼによるインドール産生を抑制することも確認されており 、腸内環境の改善を目的とした治療戦略への応用が期待されています。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00058786