トレッドミリングアクチンの重合脱重合機構と細胞運動への応用

細胞骨格の主要成分であるアクチンのトレッドミリング現象における重合・脱重合の分子機構から、最新の医療応用まで詳しく解説します。細胞運動や治療応用への理解は深まるでしょうか?

トレッドミリングアクチンの重合脱重合機構

アクチントレッドミリングの基本概念
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動的平衡状態

プラス端での重合とマイナス端での脱重合が同時進行

ATP依存的反応

ATP加水分解によってエネルギーが供給される

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細胞骨格制御

細胞運動や形態変化の基盤となる分子機構

トレッドミリングアクチンフィラメントの基本構造

アクチンフィラメントは直径7~9nm、半ピッチ36nmで約13個のアクチン単量体から形成される二重らせん構造を持ちます 。このフィラメントにミオシンのS1領域を混合すると、アクチンフィラメント側面に一定角度で結合し、矢尻に似た複合体を形成します 。この矢尻の先端方向を矢尻端(pointed end)またはマイナス端、反対側を反矢尻端(barbed end)またはプラス端と称します 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3

 

反矢尻端は矢尻端に比べて単量体アクチンとの結合定数が強く、生理的条件下でのアクチン伸長は主に反矢尻端から起こります 。これにより反矢尻端での重合と矢尻端での脱重合が共存する動的平衡状態、すなわちトレッドミリングが可能となります 。
アクチン単量体は分子量約42kDaで、細胞質内では多くがATP結合状態で存在しています 。ATP結合型アクチンは細胞質内において重合するのに十分な濃度で存在し、その調節・制御は Thymosin β4、Profilin等のアクチン結合タンパク質によって行われます 。
参考)https://www.abcam.co.jp/cancer/actin-an-essential-player-in-cell-adhesion-and-migration-1

 

トレッドミリングアクチンのATP加水分解機構

アクチン重合における最も重要な特徴は、ATP依存的な動的過程です 。個々のアクチンタンパク質はアデノシン三リン酸(ATP)またはアデノシン二リン酸(ADP)と結合しており、アクチンフィラメントはATP加水分解活性を有するため、フィラメント構成アクチンは時間とともにADP結合型へと変化します 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88

 

ATP型アクチンの臨界濃度はADP型アクチンの臨界濃度よりも低く、ATP型アクチンは重合しやすく、ADP型アクチンは脱重合しやすい性質を持ちます 。この ATP 加水分解が、アクチンフィラメントのプラス端での重合とマイナス端での脱重合(トレッドミリング)に重要な役割を果たしています 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88amp;mobileaction=toggle_view_desktop

 

ATP-G-アクチンはプラス端でより速く結合し、徐々にATP加水分解を受けて断続的なADP-Pi-アクチンを形成し、最終的にはADP-アクチンを形成します 。ADP-G-アクチンはモノマーとF-アクチンと緩やかに結合しており容易に解離するため、マイナス端からの脱重合が促進されます 。
参考)https://www.jove.com/ja/science-education/v/12599/actin-treadmilling

 

トレッドミリングアクチンの重合核形成と伸長制御

アクチン重合は重合核形成(nucleation)と線維端への単量体付加による伸長(elongation)の2つのステップに分けられます 。重合核形成ステップでは、単量体アクチンが2量体や3量体を形成しては解離することを繰り返すため、なかなか線維が形成されません 。
参考)https://www.jscb.gr.jp/experiment/glossary/experiment_glossary-68/

 

この重合核形成を促進する分子群として、Arp2/3複合体、フォルミンファミリータンパク質、SpireなどWH2ドメインを持つ因子が同定されています 。これらの重合核形成促進因子は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質を中心とした細胞内情報伝達機構によって活性化されます 。
アクチン伸長はフォルミンファミリーやVASPによって維持・加速され、逆にキャッピングプロテイン、ゲルソリンなどによって阻害されます 。これらの機構により細胞内アクチン重合のタイミングが調整され、細胞表層構造をリモデリングするとともに、細胞先端仮足では重合端を外側に向けながら細胞膜を押す力を発生します 。
最新の研究では、テラヘルツ波による構造操作技術も開発されており、THz照射によってアクチン重合反応の促進作用が認められています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu/90/12/90_748/_pdf

 

トレッドミリングアクチンによる細胞運動機構

指向性の細胞運動には細胞前部と後部においてアクチン細胞骨格の動的再編成が必要であり、アクチン基盤の葉状仮足突起が伸展して細胞を前方に推進させます 。この過程で膜張力とアクチン細胞骨格の双方向的相互作用が重要な役割を果たします 。
参考)https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/cytoskeleton_news_201909.asp?entry_id=36111

 

運動性細胞の最先端内では重合化アクチンネットワークにより細胞膜が内部から押され、アクチンによる突出に物理的に対抗する膜張力が産生されます 。この膜張力は迅速に平衡化され、重合化アクチンネットワーク上に線維長単位当たり一定した力を包括的に発揮します 。
プロアクチン会合分子の不活化により膜張力の増大がさらなる突出発生を最終的に阻害する負のフィードバックループが存在することが示唆されています 。アクチン細胞骨格が発生する力は接着斑(focal adhesion)と呼ばれる接着装置を介して細胞外足場に伝達され、細胞運動や細胞分裂の動力となります 。
参考)https://www.biophys.jp/highschool/A-17.html

 

トレッドミリングアクチンの最新医療応用研究

近年のアクチン研究は医療応用分野で注目すべき進展を見せています。特に脳機能改善への応用として、アクチン重合阻害による脳ミトコンドリアの機能改善が報告されています 。研究では、ミトコンドリア内にもアクチン繊維が存在し、呼吸機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかになりました 。
参考)https://www.tmghig.jp/research/release/2018/1115.html

 

生殖医療分野では、ヒト胚の着床に必要な脱落膜化が、細胞核内でのアクチンタンパク質の動態変化によって制御されることが世界で初めて明らかにされました 。核内アクチンが重合し繊維化した特殊な構造体が形成され、転写因子C/EBPβが核内アクチン集合体を制御する因子として同定されています 。
参考)https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1122/

 

がん治療への応用としては、アクチン細胞骨格の制御異常ががん細胞の浸潤や転移に関わることから、アクチンネットワーク形成の仕組み解明が重要視されています 。理化学研究所では、生体分子アクチンによる自発的な細胞骨格形成を空間的に制御できる技術が開発され、創薬におけるスクリーニングへの応用が期待されています 。
参考)https://www.riken.jp/press/2024/20240131_3/index.html

 

細菌感染症治療分野では、やわらかい細菌の動きを生み出す超高活性なアクチンの発見により、細菌特異的なアクチン系を標的とした新たな抗生物質開発への道筋が示されています 。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1431.html