イリノテカンで下痢が出ても「薬のせいだから仕方ない」と放置すると、脱水・敗血症で入院になるケースがあります。
私たちの細胞が分裂するとき、細胞核の中にある約2メートルものDNAを正確にコピーしなければなりません。このとき、DNAの二重らせんはねじれが生じて「超らせん構造」という絡まった状態になります。
この絡まりをほどく役割を担っているのが、トポイソメラーゼという酵素です。I型トポイソメラーゼ(TOP1)は、DNAの一本鎖だけを一時的に切断し、ねじれを解消した後に切断した部分を再結合させます。まるで、巻き取ったホースのよじれを一か所だけ切ってほどき、また繋ぐような精密な作業です。
トポイソメラーゼi阻害薬は、この「切断後・再結合」のステップに割り込みます。具体的には、薬剤分子がTOP1とDNAの切断部位に同時に結合することで、三者複合体(クランパブル複合体)を形成します。こうなると、切断されたDNAはそのまま修復されずに残ります。
つまり、薬ひとつひとつです。
がん細胞ではDNAの品質チェック機構(チェックポイント)が壊れていることが多く、修復されない切断が蓄積し、細胞死(アポトーシス)へと誘導されます。一方、正常細胞にはチェックポイント機構が機能しているため、一定程度は対処できる設計になっています。
カンプトテシンが1950年代末に中国南部原産の木「カンレンボク(Camptotheca acuminata)」から単離されたことが、この薬剤群の出発点でした。植物由来の天然物から生まれた薬という点は、意外ですね。
現在広く使われているイリノテカンやトポテカン(ノギテカン)は、このカンプトテシンの構造を改良した誘導体です。元のカンプトテシンには毒性が強すぎるという欠点があったため、水溶性の向上や安定性の改善を目的として化学修飾が施されました。
カンプトテシン系薬の作用が有効である理由の一つは、がん細胞ではTOP1の発現量が正常細胞の2〜5倍に達するケースがあることです。発現量が多いほど薬が結合する標的も増えるため、がん細胞選択性が高くなります。これが基本です。
参考:広島大学「抗がん剤であるトポイソメラーゼ1阻害剤の治療効果を決定する重要な分子機構を発見」(2023年8月)
広島大学プレスリリース|TOP1阻害剤の治療効果を決定する分子機構の解明
現在、日本国内でトポイソメラーゼi阻害薬として承認されている主な薬剤は、イリノテカン塩酸塩(商品名:カンプト®、トポテシン®)とノギテカン塩酸塩(商品名:ハイカムチン®)の2剤です。同じI型阻害薬でも、それぞれ特性が異なります。
イリノテカン(CPT-11)
イリノテカンは、投与後に体内(主に肝臓)でカルボキシルエステラーゼという酵素によって分解され、活性代謝物「SN-38」へと変換されることで薬効を発揮します。SN-38の活性はイリノテカン本体の約1000倍とされており、プロドラッグとして働くのが大きな特徴です。
適応がん種は非常に広く、以下のようながん種に用いられます。
投与方法は原則として点滴静注で、通常は2〜4週ごとのサイクルで繰り返します。
ノギテカン(トポテカン)
ノギテカンはイリノテカンと異なり、プロドラッグではなく薬そのものが直接活性を持ちます。主に卵巣がん(白金製剤耐性)と小細胞肺がん(再発・難治性)に適応があります。副作用の面では、骨髄抑制(特に好中球減少)がイリノテカンよりも強く出る傾向があります。これに注意すれば大丈夫です。
一方、イリノテカンは下痢(遅発性)がノギテカンに比べて頻度・重症度ともに高いとされており、「イリノテカン=下痢、ノギテカン=骨髄抑制」という副作用プロファイルの違いを把握しておくことが臨床上重要です。
2019年のWHO必須医薬品モデルリストには、イリノテカンが収載されており、世界的ながん治療に欠かせない薬剤として位置付けられています。
参考:がん情報サイト「オンコロ」|トポイソメラーゼ阻害薬の種類と作用
オンコロ|トポイソメラーゼ阻害薬(I型・II型の違いと代表薬一覧)
トポイソメラーゼi阻害薬、特にイリノテカンは有効性の高い抗がん剤である一方、2種類の重篤な副作用への対応が欠かせません。それが「下痢」と「骨髄抑制」です。
① 二相性の下痢に注意
イリノテカンによる下痢には、発現するタイミングが異なる2種類があります。
遅発性下痢は時に致命的です。
遅発性下痢に対しては、ロペラミド(市販の下痢止め)の積極的な使用が国際的なガイドラインで推奨されています。ただし、投与開始から何日後かを必ず確認し、早発性かどうかを医療者が判断する必要があります。市販薬でも対応可能な局面があるため、「外来化学療法中の患者が自己判断で下痢止めを使っても問題ない」と思われがちですが、Grade(重症度)によっては即座に医療機関への連絡が必要な状況もあります。
② 骨髄抑制(白血球・好中球減少)
イリノテカンを投与した患者さんの約80〜85%に白血球減少や好中球減少が現れ、発熱性好中球減少症(FN)のリスクが生じます。好中球が500/mm³未満かつ発熱が続く場合、敗血症に移行する危険があります。定期的な血液検査が原則です。
骨髄抑制が強く出るリスクについては、次のセクションで解説するUGT1A1遺伝子多型との関連が重要です。重症化した場合のケアとして、G-CSF製剤(好中球増殖因子)の使用も選択肢に入ります。
その他の副作用
脱毛(イリノテカン投与患者の約63%に発現)、吐き気・嘔吐(約63%)、食欲不振(約64%)なども高頻度です。脱毛は心理的負担が大きく、治療継続のモチベーションに影響するため、事前のケア情報提供が欠かせません。これは使えそうです。
参考:東和薬品「抗がん剤ナビ」|イリノテカンによる下痢への具体的な対処法
東和薬品 抗がん剤ナビ|イリノテカンによる下痢の対処法(2024年更新)
イリノテカン治療で重篤な副作用が出やすい患者さんを事前に特定できる——これが、UGT1A1遺伝子多型検査のもつ意義です。
イリノテカンは前述のとおり、肝臓でSN-38に変換されることで活性化されます。使用後のSN-38は、再び肝臓のUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT1A1)によってグルクロン酸抱合体(SN-38G)へと変換され、無毒化されます。ところが、このUGT1A1酵素の活性を下げる遺伝子多型(変異)を持っている人では、SN-38の分解が遅くなり、血中濃度が長時間にわたって高い状態が続きます。
結果として、同じ量のイリノテカンを投与されても、副作用の重症度に大きな個人差が生じるのです。
日本人で特に重要な多型は、「UGT1A1*6」と「UGT1A1*28」の2種類です。
これら2つの多型を合わせてホモ接合体(両方の染色体に変異)で持っている場合、重篤な好中球減少の発現リスクが著しく高まることが報告されています。
UGT1A1遺伝子多型検査は、2008年11月に保険適用となっています。採血3ccだけで受けられる簡便な検査です。事前に多型の有無を確認することで、投与量の調整や早期モニタリングの強化が可能になります。
検査が保険適用、これは知っておきたいですね。
ただし、UGT1A1多型が陰性だからといってまったく安全というわけではなく、あくまでリスクの高低を把握するための参考情報である点を理解しておくことが大切です。また、イリノテカンと同じUGT1A1を介して代謝されるソラフェニブ(分子標的薬)などと併用する場合、SN-38の血中濃度がさらに上昇する可能性があるため、薬物間相互作用にも慎重な注意が必要です。
参考:SRL総合検査案内|UGT1A1遺伝子多型解析の臨床的意義と検査方法
積水メディカル|インベーダーUGT1A1アッセイ 臨床的意義について
トポイソメラーゼI阻害薬の歴史は、従来の静脈注射による全身投与から、がん細胞にだけ薬を届ける「ミサイル型」の治療へと大きく進化しています。その中心にいるのが、抗体薬物複合体(ADC: Antibody-Drug Conjugate)です。
ADCとは、がん細胞の表面に多く出ている特定のタンパク質(抗原)を認識する「抗体」に、殺細胞性の「薬物」をリンカーで繋いだ薬剤です。抗体ががん細胞に結合すると、内部に取り込まれたあとリンカーが切断されて薬物が放出されます。
最も代表的な例が、トラスツズマブ デルクステカン(商品名:エンハーツ®、T-DXd)です。抗HER2抗体にトポイソメラーゼI阻害剤「DXd(エキサテカン誘導体)」を結合させた薬剤で、日本の第一三共とアストラゼネカが共同開発しました。
| 比較項目 | 従来のイリノテカン | T-DXd(エンハーツ®) |
|---|---|---|
| 薬物の届け方 | 全身に投与(非選択的) | HER2陽性がん細胞に選択的 |
| 主な適応 | 大腸がん・肺がん・胃がんなど | HER2陽性乳がん・肺がん・胃がんなど |
| 主な副作用 | 遅発性下痢、骨髄抑制 | 間質性肺疾患(ILD)、骨髄抑制 |
T-DXdは「バイスタンダー効果」と呼ばれる特徴も持ちます。がん細胞内でDXdが放出された後、周囲の細胞膜を透過して隣接するがん細胞にも作用するため、HER2の発現が低い細胞にも一定の効果が期待できます。これが条件です。
2025年には欧州腫瘍学会(ESMO 2025)において、DESTINY-Breast05試験の結果が発表され、HER2陽性早期乳がんの術後療法においてT-DXdが従来の標準薬T-DM1を大幅に上回る浸潤性無病生存率の改善を示しました。
研究の観点でも進展があります。広島大学の研究チームが2023年に発表した論文では、TOP1阻害剤が作る特殊なDNA損傷を修復する酵素「TDP2」の分子機構が世界で初めて解明されました。TDP2を阻害する薬剤とTOP1阻害剤を組み合わせることで、従来より高い治療効果が得られる可能性が示されており、次世代のがん治療戦略として注目されています。
つまり、単剤としての使用だけでなく、ADCへの搭載や他の阻害薬との組み合わせによって、トポイソメラーゼi阻害薬はさらに広い応用が期待できる薬剤群です。今後の臨床応用に向けた研究が世界中で加速しています。
参考:第一三共株式会社プレスリリース(2024年1月)|DXd-ADC技術とトポイソメラーゼI阻害薬の搭載に関する詳細
第一三共|抗体薬物複合体(ADC)にトポイソメラーゼI阻害剤を搭載した複数のパイプラインについて(2024年1月)