ムンプス(おたふくかぜ)ワクチンは、生ワクチンに分類され、弱毒化されたムンプスウイルスを含有しています。国内では現在、「乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン『タケダ』」と「おたふくかぜ生ワクチン『第一三共』」の2種類が承認されており、1歳以上の方に接種可能となっています。
これらのワクチンは接種により体内で免疫が構築され、ムンプスウイルスに対する抗体が産生されます。実際の臨床調査では、ワクチン接種前に抗体陰性だった1~11歳の56例に接種したところ、4~6週間後の抗体陽転率は91.1%、平均抗体価は24.0という結果が得られています。
効果の面では、1回接種で約80%、2回接種で95%以上の予防効果があるとされています。WHOのポジションペーパー(2024年3月改訂)によれば、ムンプス含有ワクチンの有効率の中央値は、2回接種で88%(範囲:66-95%)とされています。特にJeryl-Lynn株を含むMMRワクチンの2回接種の有効率は約86%(RR: 0.12; 95% CI: 0.04-0.35)と報告されています。
さらに、国内での調査でも、ワクチン接種後1~12年間の発症阻止効果を調べた結果、接種を受けた乳幼児241例中、おたふくかぜを発症した症例はわずか1例のみであり、高い発症阻止効果が確認されています。ワクチン接種を受けた方が万が一感染しても、症状が軽度で済むことが多く、特に難聴や髄膜炎などの重篤な合併症のリスクを大幅に減少させることができます。
ムンプスワクチン接種が広く行われている国々では、おたふくかぜの発症率が人口10万人あたり約100~1,000人から人口10万人あたり1人未満に減少しており、公衆衛生上の大きな成果を上げています。
ムンプス(おたふくかぜ)ワクチンは、生後12か月(1歳)から接種が可能となります。日本小児科学会は、確実な予防効果を得るために2回接種を推奨しています。
【推奨される接種スケジュール】
1回目の接種を1歳前後で行うことが推奨される理由としては、この時期に母親からの移行抗体が減少し、ワクチンに対する免疫応答が十分に得られやすくなるためです。また、集団生活が始まる前に免疫を獲得しておくことで、感染リスクの高い環境に備えることができます。
2回目の接種は、小学校入学前に行うことが推奨されています。これは、1回目の接種だけでは約20%の人に十分な抗体が形成されない可能性があり、2回目の接種によってより確実に免疫を獲得するためです。また、時間の経過とともに抗体価が低下する可能性もあるため、長期的な予防効果を維持する観点からも2回接種が重要とされています。
日本では現在、おたふくかぜワクチンは任意接種となっているため、接種費用は自己負担となりますが、地域によっては公費助成を行っている自治体もあります。接種を検討される方は、お住まいの自治体に助成制度の有無を確認されることをお勧めします。
なお、過去におたふくかぜに罹患したことがある場合でも、臨床診断のみで確定診断されていない場合には、念のため接種を受けることが推奨される場合があります。既往歴が不明な場合も、ワクチン接種によるリスクは低いため、接種を検討すべきでしょう。
ムンプス(おたふくかぜ)ワクチンの安全性については、これまでの国内外の調査研究から多くの知見が得られています。一般的な副反応と稀な副反応に分けて理解することが重要です。
【一般的な副反応】
これらの症状は通常、接種後数日以内に出現し、多くの場合は自然に改善します。
最も懸念される副反応として知られているのが無菌性髄膜炎です。国内でのおたふくかぜワクチン接種後の副反応に関する全国調査によると、接種後に頭痛や嘔吐などの髄膜炎を疑う症状が一定の頻度で発生していることが報告されています。特に1回目接種後に無菌性髄膜炎(疑い例を含む)が発生する傾向が認められており、症状出現時の検体を収集できた無菌性髄膜炎の症例からはおたふくかぜワクチン株遺伝子が検出されたケースもありました。
しかし、この頻度はムンプス自然感染後の無菌性髄膜炎の発生頻度(約10%)に比べると著しく低いとされています。増田クリニック小児科の医療コラムによれば、おたふく風邪ワクチンによる無菌性髄膜炎は約1,200人に1人の頻度とされていますが、自然感染の場合は約10人に1人が無菌性髄膜炎を発症するリスクがあります。
WHOが事前認定したムンプスワクチン株(Jeryl-Lynn株、RIT 4385株、Leningrad-Zagreb株)の中でも、安全性プロファイルには若干の違いがあります。特に現在日本で薬事審査中のRIT 4385株を含むMMRワクチンについては、英国からの報告で無菌性髄膜炎等の発症リスクが低いとされています。
医療従事者としては、ワクチン接種後の経過観察の重要性を保護者に説明し、特に接種後1~2週間程度は発熱や頭痛、嘔吐などの症状が現れた場合には速やかに医療機関を受診するよう促すことが大切です。また、副反応が疑われる症例については、適切に報告することで安全性モニタリングに貢献することができます。
ムンプス(おたふくかぜ)は、単なる「子どもの病気」として軽視されがちですが、実際には様々な重篤な合併症を引き起こす可能性があります。ワクチン接種による合併症予防の重要性を理解することは、医療従事者として患者や保護者に適切な情報提供を行う上で不可欠です。
【ムンプス感染による主な合併症】
特に注目すべきは「ムンプス難聴」と呼ばれる聴覚障害です。これはワクチンで予防できる唯一の難聴とされており、一度発症すると高度の難聴となり、自然治癒が期待できないことが多いとされています。この永続的な障害は患者のQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。
ワクチン接種によるこれら合併症の予防効果は非常に顕著です。例えば、2回のワクチン接種により、難聴のリスクを95%以上減少させることができるとされています。また、無菌性髄膜炎や脳炎といった神経系合併症の発症率も大幅に低下します。
費用対効果の観点からも、ムンプスワクチン接種は極めて合理的な選択です。「感染症学雑誌」に掲載された研究によれば、ムンプスワクチンの定期接種化による医療費削減効果は大きく、社会的損失の軽減にも貢献することが示されています。
さらに、高い接種率を維持することで集団免疫効果が期待でき、ワクチン接種ができない免疫不全患者などを間接的に保護することも可能となります。WHOのポジションペーパーでは、継続的に80%以上のワクチン接種率を維持できる場合にムンプスワクチンの導入を推奨しており、これは合併症予防の観点からも重要な指針といえるでしょう。
医療従事者として、ムンプスワクチン接種の意義を単なる「おたふくかぜ予防」ではなく「難聴など重篤な合併症の予防」という視点で説明することで、保護者の理解と接種率向上に貢献することができます。
現在、日本のおたふくかぜワクチン政策において注目すべき動向が、RIT 4385株を用いた新しいMMRワクチンの開発状況です。これは日本の予防接種政策に大きな変化をもたらす可能性を秘めています。
RIT 4385株は、Jeryl-Lynn株に含まれるJL-1株及びJL-2株のうち、JL-1株のみを選択して樹立した株です。現在、既存のMRワクチンにこのRIT 4385株を組み合わせた日本独自のMMRワクチンが開発され、第Ⅲ相試験が終了し薬事審査中とされています。
このワクチン株の安全性については、英国およびドイツからの報告において無菌性髄膜炎等の発症リスクが低いとされています。2020年のシステマティックレビューでは、Jeryl-Lynn株とRIT 4385株の間で接種後の抗体陽転率に有意差はなかったことが示されており、有効性の面でも優れた特性を持つことが期待されています。
日本でのおたふくかぜワクチンの定期接種化への道のりは、2000年代初頭に使用されていた国産おたふくかぜワクチンによる無菌性髄膜炎の発生率が比較的高かったことから、長らく慎重な姿勢が取られてきました。平成25年7月の予防接種基本方針部会では、「より高い安全性が期待できるワクチンの承認が前提」とされており、新たなMMRワクチンの開発が望まれていました。
今回開発中のRIT 4385株を用いたMMRワクチンは、この条件を満たす可能性があり、日本でのおたふくかぜワクチン定期接種化に向けた大きな一歩となる可能性があります。
国際的には、多くの先進国でMMRワクチンを用いた2回接種が標準的な予防接種スケジュールに組み込まれており、高い接種率を維持している国ではムンプスの発症率が劇的に減少しています。日本でも定期接種化が実現すれば、現在の任意接種では達成できていない高い接種率の維持が可能となり、WHOが推奨する80%以上の接種率を安定的に達成できる可能性が高まります。
2024年のWHOポジションペーパーでは、ワクチン導入後に小児に対するワクチン接種率が80%未満である場合は、おたふくかぜ関連の合併症のリスクが高い成人の疾病発症が増える可能性があると指摘されています。これは現在の日本の状況に当てはまる懸念点であり、定期接種化による接種率向上の重要性を示しています。
厚生労働省の専門家委員会では、RIT 4385株を含むMMRワクチンの薬事承認を見据えた議論が進められており、今後の政策動向が注目されています。医療従事者としては、こうした最新の動向を把握し、患者や保護者に対して科学的根拠に基づいた情報提供を行うことが、予防接種の適切な普及に貢献するでしょう。