ホスカルネットナトリウムは、サイトメガロウイルス(CMV)感染症の治療に用いられる抗ウイルス薬です。この薬剤の最大の特徴は、リン酸化酵素による活性化を経ずに直接DNAポリメラーゼのピロリン酸結合部位に作用してウイルスDNA合成を阻害する点です。ガンシクロビルやアシクロビルとは異なり、ウイルス性プロテインキナーゼによる活性化が不要であるため、これらの薬剤に耐性を示すHSVやCMV感染症にも有効性を発揮します。
参考)https://clinigen.co.jp/medical/.assets/foscavir_di_20250416.pdf
ホスカルネットの化学構造はピロリン酸に類似しており、この構造的特性によってヒトのDNA合成酵素を阻害しない濃度で選択的にウイルスのDNAポリメラーゼを阻害できます。造血幹細胞移植患者におけるサイトメガロウイルス血症や、後天性免疫不全症候群患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎が主な適応となっています。ホスカルネット単独投与例における抗ウイルス薬治療への反応率は83.8%と報告されており、高い有効性が示されています。
参考)ホスカルネット - Wikipedia
ガンシクロビルは化学名9-[(1,3-ジヒドロキシ-2-プロポキシ)メチル]グアニンを有効成分とする抗ウイルス薬で、CMVを含む全てのヘルペスウイルスに対してin vitro活性を有しています。この薬剤はグアノシンの類似体として設計されており、構造的にはアシクロビルと類似していますが、より強力な抗ウイルス活性を示すことが特徴です。
ガンシクロビルの作用機序は、ウイルスのチミジンキナーゼによって一リン酸体に変換された後、細胞内酵素によって三リン酸体となり、ウイルスDNA合成を阻害するというものです。ただし、アシクロビル耐性のHSV株はガンシクロビルに対しても交差耐性を示すことがあります。ガンシクロビル単独投与例における治療への反応率は71.4%と報告されており、CMVに対する第一選択薬として広く使用されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000365140.pdf
両薬剤の副作用プロファイルには明確な違いがあり、患者の状態に応じた使い分けが重要です。ガンシクロビルの最も注意すべき副作用は骨髄抑制であり、重篤な白血球減少、好中球減少、貧血、血小板減少、汎血球減少が発現する可能性があります。造血幹細胞移植後の患者では、好中球減少症が30%に認められたという報告があります。このため、骨髄抑制が認められる患者に対しては、骨髄抑制作用を有するガンシクロビルよりもホスカルネットの使用が望ましいとされています。
ホスカルネットの主な副作用は腎機能障害です。十分な水分補給なしで投与した場合、最大3分の1の患者に腎毒性や電解質異常が発現します。臨床試験では、嘔気(30.9%)、貧血(28.7%)、血清クレアチニン上昇(18.6%)、低マグネシウム血症(14.4%)、低カリウム血症(13.8%)、低カルシウム血症(11.7%)などが報告されています。腎機能障害を有する患者では、ガンシクロビル、シドホビル、ホスカルネットの3剤はいずれも腎毒性を有することから、適切な薬剤の選択は慎重に行う必要があります。
参考)ホスカルネットナトリウム水和物(ホスカビル) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/foscarnet-sodium-hydrate/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/foscarnet-sodium-hydrate/amp;#8211;…
薬剤耐性は抗ウイルス治療における重要な課題です。ガンシクロビル耐性のCMV感染症に対して、ホスカルネットは有効な代替治療選択肢となります。アシクロビルやガンシクロビルで治療されたHSV、CMVは変異プロテインキナーゼを持つことがあり、これらの抗ウイルス剤に耐性を示すことがあります。しかし、ホスカルネットはウイルス性プロテインキナーゼによる活性化が不要であるため、アシクロビルやガンシクロビルに耐性のウイルスにも効果を発揮します。
実際の臨床例では、ガンシクロビルに抵抗を示したCMV感染を伴う治療抵抗性潰瘍性大腸炎の再燃例において、ホスカルネットナトリウムが著効したという報告があります。また、腎移植後にガンシクロビル耐性サイトメガロウイルス感染となった症例において、ホスカルネットナトリウム投与により特記すべき合併症なく治癒したという事例も報告されています。これらの臨床データは、耐性ウイルスに対するホスカルネットの重要性を示しています。
参考)腎移植後ガンシクロビル耐性サイトメガロウイルス感染となった2…
造血幹細胞移植患者におけるCMV感染症は、移植後3〜12週に発症しやすいとされていますが、近年では移植後100日以降に発症する頻度も増加しています。このような患者群において、ホスカルネットとガンシクロビルの使い分けは副作用プロファイルに基づいて行われるべきです。骨髄抑制が懸念される患者では、骨髄抑制作用を有するガンシクロビルよりもホスカルネットが選択されます。
HHV-6脳炎患者におけるホスカルネット又はガンシクロビルの最大量投与症例では、後遺症発生率又は死亡率が56%であり、低用量投与症例の75%と比較して低かったという報告があります。また、ホスカルネット(90 mg/kg 1日2回)による無作為化プラセボ対照試験では、ガンシクロビル同様の効果が証明されています。ガンシクロビルとホスカルネットの併用療法では、有害作用が増える一方で効力も上昇しますが、併用投与による通常の半量レジメンでは、通常投与量ガンシクロビルの効果より劣り、副作用の骨髄抑制も増加したという報告があります。
参考)サイトメガロウイルス(CMV)感染症 - 13. 感染性疾患…
参考リンク(ホスカルネットの詳細な添付文書情報)。
点滴静注用ホスカビル注 医薬品インタビューフォーム
参考リンク(造血幹細胞移植におけるCMV感染症の包括的情報)。
造血幹細胞移植におけるサイトメガロウイルス(CMV)感染症 - 武田薬品工業
参考リンク(CMV治療薬の使い分けに関する専門的解説)。
サイトメガロウイルス感染症の薬物治療 - 昭和大学学士会雑誌