ガンシクロビルは化学構造上アシクロビルと類似した抗ウイルス薬ですが、その作用機序には重要な違いがあります。ガンシクロビルはサイトメガロウイルス(CMV)感染細胞内において、まずウイルス由来のプロテインキナーゼUL97によってガンシクロビル一リン酸にリン酸化されます。このUL97は細胞性のチミジンキナーゼとは異なる酵素であり、CMV特異的に作用します。
参考)抗ウイルス薬まとめ ヘルペスウイルス│医學事始 いがくことは…
その後、ガンシクロビル一リン酸は細胞内のキナーゼによってさらにリン酸化され、最終的に活性型のガンシクロビル三リン酸となります。この活性型はウイルスDNAポリメラーゼの基質であるデオキシグアノシン三リン酸と競合し、ウイルスDNA鎖に取り込まれるとDNA鎖の伸長を停止させ、ウイルスの複製を阻害します。
参考)https://www.pmda.go.jp/RMP/www/400315/417d6d55-cc92-47a4-a040-318390c844a3/400315_6250025F1026_01_002RMPm.pdf
特筆すべきは、ガンシクロビルはCMV由来の酵素と宿主細胞由来の酵素の両方を利用してリン酸化されるという点です。これにより、チミジンキナーゼを持たないCMVに対しても効果を発揮することが可能となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshowaunivsoc/73/3/73_163/_pdf/-char/ja
神戸大学医学部附属病院のCMV治療に関する詳細な情報(作用機序と臨床応用)
アシクロビルは単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)に対して高い選択性を示す抗ウイルス薬です。その選択性の鍵は、ウイルス特異的な活性化機構にあります。アシクロビルは感染細胞内に取り込まれると、まずウイルスが持つチミジンキナーゼ(TK)によって一リン酸化されます。
参考)アシクロビル,ガンシクロビル (medicina 36巻1号…
このウイルス性チミジンキナーゼによる一リン酸化は、アシクロビルの選択性において極めて重要です。ウイルスに感染していない正常細胞ではこの初期リン酸化がほとんど起こらないため、正常細胞への影響が最小限に抑えられます。一リン酸化された後、アシクロビル一リン酸は細胞性キナーゼによってさらにリン酸化され、活性型のアシクロビル三リン酸となります。
参考)アシクロビル(ゾビラックス)|こばとも皮膚科|栄駅(名古屋市…
活性型のアシクロビル三リン酸は正常なヌクレオシドと競合してウイルスDNAポリメラーゼによりウイルスDNAの3'末端に取り込まれ、DNA鎖の伸長を停止させることでウイルス複製を阻害します。この選択的活性化により、アシクロビルは副作用が比較的少ない安全性の高い薬剤となっています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00007342.pdf
アシクロビルの詳細な作用機序と臨床応用(医療機関による解説)
ガンシクロビルとアシクロビルの最も重要な違いは、有効性を示すウイルスの種類です。アシクロビルは主に単純ヘルペスウイルス(HSV-1、HSV-2)と水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)に対して効果を発揮します。具体的な適応疾患としては、口唇ヘルペス、性器ヘルペス、帯状疱疹などがあります。
参考)アシクロビル (ゾビラックス)の効果や副作用について医師が解…
一方、ガンシクロビルはサイトメガロウイルス(CMV)に対して非常に強い抗ウイルス活性を示します。CMVはチミジンキナーゼ(TK)を有さないため、TKによるリン酸化を必要とするアシクロビルやペンシクロビルでは効果が得られません。そのため、AIDS患者、臓器移植後の患者、造血幹細胞移植後の患者におけるCMV感染症の治療や予防にはガンシクロビルが使用されます。
参考)ガンシクロビル(デノシン) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/ganciclovir/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/ganciclovir/amp;#8211; 呼吸器治療薬 -…
| 薬剤名 | 主な適応ウイルス | 適応疾患 | 効果の程度 |
|---|---|---|---|
| アシクロビル | 単純ヘルペスウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス | 口唇ヘルペス、性器ヘルペス、帯状疱疹 | 強い |
| ガンシクロビル | サイトメガロウイルス | CMV網膜炎、臓器移植後のCMV感染症 | 非常に強い |
| ガンシクロビル | 単純ヘルペスウイルス | - | 強い |
| アシクロビル | サイトメガロウイルス | - | 効果劣る |
ガンシクロビルは単純ヘルペスウイルスに対しても活性を示しますが、副作用の観点から通常は使用されません。CMVを含む全てのヘルペスウイルスに対してin vitro活性を有するものの、臨床的にはCMV感染症に特化して使用されています。
参考)Table: ヘルペスウイルス感染症の治療に用いられる薬剤-…
ガンシクロビルの使用において最も注意すべき副作用は骨髄抑制です。本剤の投与により、重篤な白血球減少、好中球減少、貧血、血小板減少、汎血球減少、再生不良性貧血及び骨髄抑制があらわれるため、頻回に血液学的検査を行う必要があります。この骨髄抑制は用量依存的であり、投与量の調整が治療の鍵となります。
参考)医療用医薬品 : ガンシクロビル (ガンシクロビル点滴静注用…
骨髄抑制のメカニズムとして、ガンシクロビルは細胞内でリン酸化される際に宿主細胞の酵素も利用するため、正常な造血細胞にも影響を及ぼすと考えられています。実際の臨床では、骨髄移植におけるガンシクロビルの血液学的毒性が用量制限因子となっており、投与スケジュールの最適化が求められています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3393405/
比較的まれな副作用としては、発疹、発熱、窒素血症、肝機能障害、悪心などが報告されています。また、ガンシクロビルは腎排泄型の薬剤であるため、腎機能に応じた投与量の調整が必要です。特に他の腎排泄型薬剤との併用時には、薬物相互作用により血中濃度が上昇する可能性があります。
参考)新生児の治療
以下はガンシクロビルの主な副作用です:
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/bookSearch/01/14987901107409
アシクロビルは選択的な作用機序により副作用が比較的少ない薬剤とされていますが、特に注意が必要なのは腎機能への影響です。アシクロビルは尿中排泄型の薬剤であり、添付文書どおり腎機能に基づいた投与量にしても腎障害が起こる可能性があります。特に静注製剤では、溶解する生理食塩液の量が少なく投与速度が速い場合、血中アシクロビル濃度が急激に上昇し腎障害のリスクが高まります。
参考)maruho square:抗ヘルペスウイルス薬による脳症・…
アシクロビル関連の重要な副作用として、アシクロビル脳症があります。これは特にバラシクロビル(アシクロビルのプロドラッグ)投与後に報告されることが多く、意識障害や精神症状を呈します。腎機能低下患者や高齢者では特にリスクが高く、腎機能に応じた投与量調整が不可欠です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/fb484e8b7670fe910422a7461f427b996916d357
アシクロビルの経口投与時のバイオアベイラビリティは15~30%と低く、そのうち12~25%が尿中に未変化体として排泄されるため、完全な尿中排泄型薬物といえます。このため、腎機能障害患者では血中濃度が上昇しやすく、用量調整が必要となります。
参考)http://jsnp.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20120114193757-7D2908C2782A9EEBEA8D6D2D4C530C16FC476A407A9F5C785D70A0BF00869ACA.pdf
| 副作用の種類 | ガンシクロビル | アシクロビル |
|---|---|---|
| 骨髄抑制 | 重篤(頻回の血液検査必須) | まれ |
| 腎機能障害 | 注意が必要 | 主要な副作用(特に静注時) |
| 中枢神経系の副作用 | 比較的まれ | アシクロビル脳症(腎機能低下時) |
| 投与時の注意点 | 頻回な血液学的モニタリング | 腎機能に応じた用量調整 |
アシクロビルとガンシクロビルの両方において、経口投与時のバイオアベイラビリティを改善したプロドラッグが開発されています。アシクロビルのプロドラッグであるバラシクロビル塩酸塩は、アシクロビルにL-バリンをエステル結合させた化合物です。経口投与後、主に肝初回通過効果によりエステラーゼにより加水分解され、活性体のアシクロビルに変換されます。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00070151.pdf
バラシクロビルのバイオアベイラビリティは54.2%であり、アシクロビル経口投与時の15~30%に比べて3~5倍改善されています。この吸収性の向上は、消化管に存在するペプチドトランスポーター(PEPT1)がバラシクロビルを栄養物のペプチドと誤認識して積極的に輸送するためです。その結果、バラシクロビル1000mg内服後の最高血漿中アシクロビル濃度は5.84±1.08μg/mLとなり、アシクロビル800mg内服時の0.94±0.23μg/mLに比べて著しく高くなります。
参考)医療用医薬品 : バラシクロビル (バラシクロビル錠500m…
同様に、ガンシクロビルのプロドラッグであるバルガンシクロビル塩酸塩は、ガンシクロビルにL-バリンをエステル結合させた化合物で、消化管での吸収後に腸管及び肝臓のエステラーゼによって速やかにガンシクロビルに変換されます。このプロドラッグ化により経口投与でありながら高い生体利用率を実現し、点滴静注から経口投与への切り替えが可能となりました。
参考)バルガンシクロビル塩酸塩(バリキサ) href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/valganciclovir-hydrochloride/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/valganciclovir-hydrochloride/amp;#8211; 呼吸器…
プロドラッグ製剤のメリット:
ただし、バラシクロビルは高いバイオアベイラビリティゆえに血中濃度が上昇しやすく、腎機能障害患者や透析患者では神経毒性のリスクが増加します。そのため、腎機能に応じた慎重な投与量調整が必要です。
参考)302 Found
ガンシクロビルの長期使用により、UL97遺伝子の変異を伴う耐性サイトメガロウイルスが出現することが知られています。UL97はガンシクロビルを一リン酸化するウイルス由来のプロテインキナーゼであり、この酵素の活性が低下するとガンシクロビルの効果が減弱します。UL97遺伝子変異によるガンシクロビル耐性は、特にAIDS患者や臓器移植後の長期予防投与において問題となっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3186952/
興味深いことに、UL97遺伝子変異は必ずしもガンシクロビル投与歴と相関しない場合もあります。ある研究では、ガンシクロビル投与歴のない潰瘍性大腸炎患者においてもUL97遺伝子変異が検出されており、自然発生的な変異の存在が示唆されています。このような耐性ウイルスの存在は、CMV感染症治療における薬剤選択の重要性を示しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/55/5/55_1661/_pdf
ガンシクロビル耐性ウイルスに対しては、ホスカルネットが代替薬として使用されます。ホスカルネットは細胞内でUL97プロテインキナーゼによるリン酸化を必要としないため、UL97遺伝子変異によるガンシクロビル耐性ウイルスにも効果を示します。また、新世代の抗CMV薬であるレテルモビル(ウイルス終末酵素複合体阻害薬)やマリバビル(UL97キナーゼ阻害薬)も耐性ウイルスへの対策として注目されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7223398/
ガンシクロビル耐性CMVに対するホスカルネットの有効性に関する症例報告(PDF)
耐性ウイルス対策のポイント:
参考)https://www.jstct.or.jp/uploads/files/guideline/01_03_01_cmv05.pdf
臨床現場においてガンシクロビルとアシクロビルは、それぞれ異なる役割を担っています。臓器移植後のサイトメガロウイルス感染予防においては、バルガンシクロビル(ガンシクロビルのプロドラッグ)が第一選択薬として使用されますが、単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスの予防のためにアシクロビルが併用されることがあります。これは、ガンシクロビルがCMVに特化した使用をされるのに対し、アシクロビルが他のヘルペスウイルスをカバーするという補完的な関係を示しています。
参考)成人<臓器移植> 第Ⅲ相海外共同試験(002試験)
第III相海外共同試験では、プレバイミス群の患者には単純ヘルペスウイルス及び水痘帯状疱疹ウイルスの予防のためアシクロビル(経口投与時に400mgを12時間ごと、静脈内投与時には250mg/m2を1日2回)が併用投与されました。このように、CMV感染リスクの高い患者では、ガンシクロビル関連薬剤とアシクロビルの併用により包括的なヘルペスウイルス対策が行われています。
また、薬物相互作用の観点からも両薬剤の関係性は重要です。アシクロビル、ガンシクロビル共に腎排泄型の薬剤であり、免疫抑制剤のミコフェノール酸モフェチル(MMF)と併用する場合、腎尿細管での分泌が競合してそれぞれの血中濃度が上昇する可能性があります。臓器移植後の患者ではこれらの薬剤を併用することが多いため、慎重なモニタリングが必要です。
参考)https://chugai-pharm.jp/product/faq/cel/safety/1-20/
ガンシクロビルとホスカルネットの併用療法も検討されており、in vitroの研究ではこの組み合わせがサイトメガロウイルスの複製に対して相乗的な阻害効果を示すことが報告されています。併用療法により各薬剤の用量を減量できる可能性があり、それぞれの用量制限毒性を軽減しながらCMV感染症を治療できる可能性が示唆されています。
| 使用場面 | 薬剤選択 | 併用の目的 |
|---|---|---|
| 臓器移植後のCMV予防 | バルガンシクロビル+アシクロビル | CMVと他のヘルペスウイルスの包括的予防 |
| ガンシクロビル耐性CMV | ホスカルネット | UL97遺伝子変異ウイルスへの対応 |
| 重症CMV感染症 | ガンシクロビル+ホスカルネット | 相乗的な抗ウイルス効果 |
| 単純ヘルペス・帯状疱疹 | アシクロビル(またはバラシクロビル) | 第一選択 |