アセタール基の脱保護反応は、カルボニル基の保護基として用いられるアセタールを酸触媒存在下で加水分解し、元のアルデヒドまたはケトンに戻す重要な有機合成反応です。この反応は可逆的な平衡反応であり、反応機構は保護反応と本質的に同じ経路を逆方向に進行します。youtube
具体的な反応機構として、まず酸触媒がアセタール基の酸素原子をプロトン化し、次いで脱水によってカルボカチオン中間体が生成されます。このカルボカチオン中間体は非常に反応性が高く、水分子が求核攻撃することでヘミアセタールを経由し、最終的にカルボニル化合物とアルコールが生成されます。反応全体は複数の平衡状態を経由するため、大過剰の水を加えることで平衡を生成物側に偏らせる工夫が必要です。
参考)アルデヒドのアセタール保護
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アセタール脱保護反応では酸触媒が不可欠であり、様々な酸が使用されます。p-トルエンスルホン酸(p-TsOH)は最も一般的に用いられる酸触媒の一つで、THF/水の混合溶媒中で50℃程度に加熱することで効率的な脱保護が達成されます。より強力な脱保護条件としては、トリフルオロ酢酸(TFA)と水の混合溶媒が利用され、室温で3時間程度の攪拌により脱保護が完了します。
ピリジニウムトルエンスルホナート(PPTS)は、pH 3.0程度の比較的弱い酸性を示すため、アリルアルコールやエポキシ基のような酸に不安定な官能基を含む基質に対しても選択的にアセタール脱保護を行うことが可能です。塩酸水溶液も広く使用される脱保護試薬ですが、反応条件は基質の構造や求める選択性に応じて最適化する必要があります。
参考)アセタール系保護基 Acetal Protective Gr…
アセタール系保護基には様々な構造があり、それぞれ安定性と脱保護条件が異なります。環状アセタールとして最も頻繁に使用されるのは、エチレングリコール由来の5員環アセタール、プロパンジオール由来の6員環アセタール、テトラヒドロピラニル(THP)基、およびメトキシメチル(MOM)基です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/36/9/36_9_715/_pdf
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THPエーテルは塩基性条件や還元条件に対して極めて安定で、酸触媒量と水の存在下で容易に脱保護できるため、保護基としてのファーストチョイスとなることが多い保護基です。ただし、THP基内に不斉中心が存在するため、キラル化合物に導入するとジアステレオマー混合物を生じ、NMRスペクトルが複雑化する欠点があります。MOM保護基も同様に酸化還元や塩基に強く、酸性条件で脱保護されますが、保護導入が簡単で試薬が安価という利点があります。
参考)アルコール(ヒドロキシル基)の保護
ベンジリデンアセタールやアセトナイドといった置換アセタールは、立体選択的な保護に有効であり、ベンジリデンアセタールは熱力学的に6員環を、ジメチルアセタール(アセトナイド)は5員環を優先的に形成します。これらの選択性を利用することで、ポリオール化合物の位置選択的保護が可能となります。
有機合成において、分子内に複数の保護基が存在する場合、特定の保護基のみを選択的に脱保護する技術は極めて重要です。従来の化学常識では、アセタールよりもケタールの方が酸加水分解に対して不安定とされてきましたが、ピリジニウム塩中間体を利用する手法により、この反応性を逆転させることが可能になりました。
参考)https://patents.google.com/patent/JP4729752B2/ja
具体的には、2,4,6-コリジンとTESOTfを組み合わせた条件下でアセタールをN,O-アセタール型のコリジニウム塩中間体に変換し、続く加水分解により他の酸に不安定な官能基の存在下でもアセタールを選択的に脱保護できます。また、ベンジリデンアセタールやアニシリデンアセタールで保護されたジオールに対してDIBAL-Hを作用させると、立体的に空いている方の酸素結合が選択的に切断され、一方がフリーのアルコール、他方がベンジルエーテル(またはPMBエーテル)として保護された形に変換されます。この手法により、通常の保護・脱保護の多段階プロセスを一工程に短縮できます。
参考)アセタール保護基を選択的に切る-ちょっと追記あり-: たゆた…
選択的脱保護を実現するためには、トリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル(TMSOTf)やトリフルオロメタンスルホン酸トリエチルシリル(TESOTf)といったシリル化試薬と有機塩基(コリジン、2,6-ルチジン、トリエチルアミン)を組み合わせる方法も開発されており、水酸基のシリル化と同時にアセタール型保護基を脱保護することが可能です。
医薬品合成においてアセタール保護基は、複雑な分子骨格を構築する際に不可欠な戦略的ツールです。核酸医薬合成では、糖部分のヒドロキシ基をアセタール系保護基で保護し、核酸塩基のアミノ基はアシル基で保護するというオルソゴナル保護戦略が採用されます。これにより、一方の保護基を脱保護する条件下でもう一方は安定に保たれ、段階的な官能基変換が可能になります。
参考)有機分子触媒を用いる天然物や医薬品の合成を志向した反応開発と…
アセタール基は塩基性反応剤、有機金属反応剤、ヒドリド還元剤に対して安定であるため、これらの条件を必要とする反応の前にカルボニル基を保護する目的で頻繁に使用されます。例えば、分子内にアルデヒド基とハロゲンが共存する場合、反応性の高いアルデヒド基をアセタール保護することで、有機リチウム試薬による求核置換反応を選択的にハロゲン部位で進行させることができます。反応終了後は酸性水溶液でアセタールを加水分解し、目的のアルデヒド含有化合物を得ます。
抗凝固薬BAY2433334の合成プロセスでは、脱アセチル化脱保護工程が重要なステップとして含まれており、保護基の選択と脱保護条件の最適化が製品品質に直結します。また、ケタール結合型プロドラッグの開発において、イソプロペニルエーテルを経由したケタール形成とその生体内での加水分解による薬物放出という戦略が注目されており、アセタール/ケタールの脱保護機構の深い理解が新規医薬品設計に貢献しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8452702/
アセタール脱保護反応を実施する際には、いくつかの重要な実験上の注意点があります。反応終了直後は反応液が高温状態にあるため、この時点で水を加えると逆反応(アセタール化)が進行し、一部がアルデヒドからアセタールに戻ってしまう危険性があります。これを防ぐため、反応液を室温付近まで冷却した後、NaOHなどの塩基で酸触媒を中和してから後処理を行うことが推奨されます。
参考)アセタールの脱保護反応:具体的な実験手順と精製方法 | En…
脱保護反応の駆動力は大過剰の水による平衡の移動であるため、反応系に十分な水を供給することが重要です。溶媒系としてはTHF/水、アセトニトリル/水、メタノール/水などの水混和性有機溶媒と水の混合系がよく使用され、基質の溶解性に応じて最適な組成を選択します。反応温度は室温から加熱条件まで幅広く、基質の酸感受性や反応速度の要求に応じて調整されます。youtube
反応のモニタリングにはTLC(薄層クロマトグラフィー)が有効であり、原料のアセタールスポットの消失と生成物のカルボニル化合物スポットの出現を確認します。精製は通常、ジクロロメタンやクロロホルムなどの有機溶媒で抽出した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーまたはフラッシュクロマトグラフィーにより行われます。脱保護反応は一般に高収率で進行しますが、副反応を最小限に抑えるためには酸触媒の量、反応時間、温度の最適化が不可欠です。
チオアセタールはアセタールの硫黄類似体であり、カルボニル基の保護基として独自の特性を持ちます。チオアセタールはアルデヒドまたはケトンとチオール(例えばエタンジチオール)をルイス酸触媒(ZnCl₂またはBF₃·OEt₂)存在下で反応させることにより形成されます。
参考)ビデオ: アルデヒドとケトンの保護基としてのアセタールとチオ…
通常のアセタールと異なり、チオアセタールは酸性条件下でも安定であるため、酸加水分解による脱保護は困難です。その代わり、アセトニトリル水溶液中で塩化第二水銀(HgCl₂)と炭酸カルシウム(CaCO₃)を用いることで脱保護が達成されます。この特性により、酸性条件を必要とする反応工程を含む合成経路において、チオアセタールは酸素アセタールよりも優れた選択肢となります。
チオアセタールのもう一つの重要な応用は脱硫反応です。ラネーニッケル触媒と水素の存在下でチオアセタールを処理すると、カルボニル基が完全にメチレン基(-CH₂-)に還元されます。この二段階プロセス(カルボニル→チオアセタール→メチレン)は、Wolff-Kishner還元やClemmensen還元の代替法として、カルボニル基の完全還元に広く利用されています。ベンジルトリフェニルホスホニウムペルオキシ一硫酸塩を用いた固相脱保護法も報告されており、溶媒フリー条件下でアセタールおよびチオアセタールを対応するカルボニル化合物に変換できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6146439/