投与後30日以内に約10%の患者で血栓イベントが起きるとご存知でしたか?
アンデキサネットアルファ(商品名:オンデキサ)は、ヒト第Xa因子(FXa)の遺伝子組換え改変蛋白質です。 設計の核心は「デコイ(おとり)分子」にあります。japic.or+1
本剤は、内在性FXaの活性部位であるセリン残基をアラニンに置換した構造を持っています。 つまり、本物の第Xa因子とほぼ同じ形をしていながら、プロトロンビンをトロンビンに変換する触媒作用は完全に失われています。 これが基本原則です。
参考)https://www.jseptic.com/journal/JC240806.pdf
さらに、本剤はGlaドメイン(プロトロンビナーゼ複合体への組み込みに必要な部位)が欠失しています。 このため、アンデキサネットアルファ自身がプロトロンビナーゼ複合体に取り込まれ、凝固を促進することはありません。 設計としては非常に精巧ですね。pmda.go+1
| 特徴 | 内在性FXa | アンデキサネットアルファ |
|---|---|---|
| FXa阻害薬への結合 | あり | あり(高親和性) |
| プロトロンビン活性化 | あり | なし(Ser→Ala置換) |
| プロトロンビナーゼ複合体への組込み | あり | なし(Glaドメイン欠失) |
実際の臨床では、アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバンの3剤すべてに対して中和効果が確認されています。 3剤対応というのは覚えておきたいポイントです。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2022/P20220401001/870056000_30400AMX00178000_G100_1.pdf
アンデキサネットアルファの中和作用には、直接型と間接型で異なるメカニズムが働いています。これは意外と見落とされやすい点です。
直接作用型FXa阻害薬(アピキサバン・リバーロキサバン・エドキサバン)に対しては、アンデキサネットアルファが高い親和性で競合的に結合し、薬剤が内在性FXaと結合するのをブロックします。 血漿中の非結合型阻害薬濃度が速やかに低下し、プロトロンビナーゼ複合体中のFXa活性が回復します。 つまり凝固能の速やかな回復です。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2022/P20220401001/870056000_30400AMX00178000_B100_1.pdf
一方、間接作用型FXa阻害薬(エノキサパリンなどの低分子ヘパリン)に対しては異なる経路が関与します。 間接型阻害薬はアンチトロンビンIII(ATIII)と複合体を形成してFXaを阻害しますが、アンデキサネットアルファはこのATIII複合体にも結合し、FXaから引き離すことができます。 これは知らない方も多いですね。
日本人患者14例の有効性解析では、抗第Xa因子活性の中和効果(ベースラインからの変化率)はアピキサバン投与例で−95.4%、リバーロキサバン投与例で−96.1%、エドキサバン投与例で−82.2%でした。 エドキサバンはやや低めという数字は押さえておきましょう。
参考)https://www.japic.or.jp/mail_s/pdf/22-03-2-02.pdf
臨床で迷いやすいのが、A法とB法の選択基準です。これが判断を誤ると適切な中和が得られないため、正確に把握する必要があります。
用法・用量の決定には、①使用していたFXa阻害薬の種類、②最終投与時の1回投与量、③最終投与からの経過時間、④腎機能などの患者背景の4要素を確認します。 4つ全部確認が原則です。
A法はより低用量・短時間の投与、B法はより高用量・長時間の投与となります。 たとえばリバーロキサバンを高用量(20mg)で服用中の患者に対しては最終投与から8時間以内であればB法が選択されます。 判断基準を事前にフローチャートで確認しておくと現場でスムーズです。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=70274
参考:用法・用量の詳細フローチャートと添付文書情報は以下で確認できます。
オンデキサ静注用200mg 用法・用量詳細(ClinicalSup)
実際に、本剤の適応となる生命を脅かす出血または止血困難な出血の場面では、迅速な投与判断が求められます。 緊急時に慌てないためにも、平時からシミュレーションが有効です。
止血を目的に投与しながら、逆に血栓症を招くリスクがある。これが最も注意すべき副作用です。
ANNEXA-I試験(無作為化比較試験)では、第Xa因子阻害薬投与中の頭蓋内出血患者263例にアンデキサネットアルファを投与した結果、血栓イベントが10.3%(27例)に発現しました。 通常治療群の5.6%(15/267例)と比較して有意に高く(p=0.048)、虚血性脳卒中を含む血栓イベントとの関連が示されました。 痛いリスクですね。
参考)第Xa因子阻害薬投与中の頭蓋内出血、アンデキサネットvs.通…
また、ANNEXA-4試験(非比較試験)の報告でも、投与後30日以内の血栓性イベントは479例中10.4%、脳梗塞の発症は4.6%に生じていました。 これは一時的な止血成功と引き換えに生じうるリスクです。
実際に、アピキサバン内服中の脳出血患者にアンデキサネットアルファを投与した後、3時間後に左内頸動脈閉塞が確認された症例報告もあります。 投与後の画像評価を含めた慎重な経過観察が必須条件です。
止血効果を確認した後も、抗凝固療法の再開タイミングを神経内科・循環器内科と多職種で検討することが推奨されます。 再開の判断は単科で行わないことが原則です。
2025年6月、日本心臓血管麻酔学会など4学会が「アンデキサネットアルファの周術期投与に関する提言」を発出しました。 現場への周知が最優先の状況です。
参考)オンデキサの周術期投与に関する提言、4団体が発出|医師向け医…
提言の核心は「高度なヘパリン抵抗性を惹起する可能性がある」という点です。 Xa阻害薬内服中の患者にアンデキサネットアルファを投与した後、ヘパリンの効果が著しく減弱し、人工心肺装置の使用が困難になった症例が複数報告されています。 これは術前処置として使用した場合に特に問題になります。
4学会の提言の主な内容は以下のとおりです。
なぜヘパリン抵抗性が生じるのかについては、アンデキサネットアルファがATIIIに結合することで、ヘパリンがATIIIを介して凝固因子を阻害する作用が妨げられる機序が関与していると考えられています。 つまりATIIIの「取り合い」が起きるということですね。mhlw.go+1
周術期にXa阻害薬を服用中の患者が緊急手術となる場面では、アンデキサネットアルファを投与するかどうかを麻酔科・外科・循環器内科で事前に方針を決めておくことが現実的な対策です。 多職種カンファレンスの場での確認が有用です。
参考)アンデキサネット アルファの周術期投与に関する注意喚起
参考:4学会の周術期提言の詳細はこちら(日本心臓血管麻酔学会 公式)
アンデキサネット アルファの周術期投与に関する注意喚起(日本心臓血管麻酔学会)
参考:J-STAGE掲載の脳出血症例報告(投与後3時間で内頸動脈閉塞)