アデノシンの効果と受容体の作用機序

アデノシンは細胞内外で重要な役割を果たす生体分子であり、心血管系や神経系への多様な効果を発揮します。その作用は4種類の受容体を介して発現し、医療現場でも幅広く活用されています。アデノシンの多彩な薬理効果と臨床応用について、どのような知見が得られているのでしょうか?

アデノシンの効果と受容体

アデノシンの主要な効果
🫀
心血管系への作用

冠血管拡張、心拍数調節、血圧調節などの循環動態に関与

🧠
神経系への作用

神経伝達物質の調節、神経保護作用、睡眠・覚醒の制御

💊
医療での応用

不整脈治療、心筋血流シンチグラフィ、育毛促進など多岐にわたる臨床応用

アデノシン受容体の種類と分類

アデノシンは細胞表面に存在する4種類のGタンパク質共役型受容体を介して作用を発揮します。これらの受容体はA1、A2A、A2B、A3と分類され、それぞれ異なるGタンパク質と共役し、組織分布や親和性が異なります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5736361/

A1受容体とA3受容体はGi/oタンパク質と共役してアデニル酸シクラーゼを抑制し、細胞内cAMPを減少させます。一方、A2A受容体とA2B受容体はGsタンパク質と共役してアデニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPを増加させます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9389454/

受容体の親和性にも顕著な差が認められます。A1およびA2A受容体はアデノシンに対して1~100nMと高親和性を示すのに対し、A2BおよびA3受容体は約1μMと低親和性です。この親和性の違いにより、生理的条件下と病的条件下で異なる受容体が活性化されると考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2866745/

受容体サブタイプ 共役Gタンパク質 アデノシン親和性 主な発現組織
A1受容体 Gi/o 高親和性(1-100nM) 脳、心臓、腎臓
A2A受容体 Gs 高親和性(1-100nM) 脳基底核、血管、免疫細胞
A2B受容体 Gs 低親和性(約1μM) 大腸、膀胱、肺
A3受容体 Gi/Gq 低親和性(約1μM) 肥満細胞、肺、肝臓

アデノシンの心血管系への効果

心血管系におけるアデノシンの効果は受容体サブタイプによって異なります。心臓のA1受容体を介して、徐脈作用、房室伝導抑制作用、心収縮力抑制作用を発現します。冠血管や末梢血管ではA2受容体を介して強力な血管拡張作用を示し、血流を増加させます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7290927/

アデノシンは低酸素や虚血状態で大量に放出され、組織の酸素需給バランスを改善する保護的な役割を果たします。このような細胞保護作用は、虚血再灌流障害の軽減や心筋保護効果として臨床的にも重要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6398520/

アデノシンの血中半減期は極めて短く、投与終了後速やかに体内から消失する特徴があります。この迅速な代謝により、投与直後から最大の冠血流増加作用が得られ、投与中は安定した作用を発現します。
参考)https://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1amp;yjcode=7990402G1021

アデノシンの神経系における効果

中枢神経系においてアデノシンは神経伝達物質の調節因子として機能し、複雑な役割を担っています。アデノシンはドーパミン、グルタミン酸、ノルアドレナリン、セロトニンなどの神経伝達系と相互作用し、神経可塑性、学習、記憶、運動機能、摂食行動、睡眠覚醒の制御に関与します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8160517/

特にA1受容体とA2A受容体は神経伝達の抑制性調節と促進性調節をそれぞれ担い、神経活動のバランスを保つ上で重要です。脳内アデノシン濃度は睡眠覚醒サイクルに伴って変動し、覚醒時には神経細胞内ATP濃度が増加することが明らかになっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8835915/

アデノシンは脳卒中、てんかん、神経変性疾患などの病態にも関与しており、神経保護作用や抗炎症作用を通じて治療標的として期待されています。カフェインがアデノシン受容体の拮抗薬として作用することで覚醒効果を発揮することは広く知られています。
参考)カフェインの薬剤に与える影響

アデノシンのエネルギー代謝と生合成

アデノシンは細胞内エネルギー代謝の中心的分子であるATP(アデノシン三リン酸)の構成成分です。ATPはアデノシンに3つのリン酸基が結合した構造を持ち、細胞のエネルギー通貨として機能します。
参考)アデノシン三リン酸 - Wikipedia

ATPは主に酸化的リン酸化や光リン酸化によって合成され、解糖系やクエン酸回路でも産生されます。細胞内でATPが分解されるとADP、AMP、そして最終的にアデノシンが生成されます。このアデノシンは細胞外に放出されたり、細胞内でサルベージ経路を通じて再びアデニンヌクレオチドに再合成されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6027528/

低エネルギー状態や低酸素、虚血などのストレス条件下では、細胞内外のアデノシン濃度が著しく上昇します(基礎濃度20-200nMから最大30μMまで)。この上昇したアデノシンが受容体を活性化し、組織保護作用を発揮する仕組みとなっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2096755/

アデノシンの臨床応用と医療効果

医療現場におけるアデノシンの主要な応用分野は不整脈治療と心筋血流シンチグラフィです。発作性上室性頻拍に対してアデノシンは第一選択薬として使用され、房室結節の伝導を一時的に遮断することで頻拍を停止させます。
参考)https://jsnm.org/wp_jsnm/wp-content/themes/theme_jsnm/doc/kaku_bk/51-4/k-51-4-01.pdf

心筋血流シンチグラフィにおいては、運動負荷が十分にかけられない患者に対する負荷誘導として用いられます。アデノシンを1分間当たり120μg/kgの用量で6分間持続静脈投与することで、最大冠血流を増加させ、虚血心筋の検出が可能となります。この検査法は運動負荷法と同等の虚血診断能を持つことが示されています。
参考)アデノシン負荷用静注60mgシリンジ「FRI」 - PDRフ…

心房細動のカテーテルアブレーション後にアデノシンを投与することで、休止伝導部位を特定し、伝導再発リスクのある肺静脈を同定できることが報告されています。このアプローチは無不整脈生存を改善する安全で効果的な戦略として、臨床での定期的使用が検討されています。
参考)心房細動アブレーション、部位特定にアデノシンが効果的/Lan…

育毛分野においてもアデノシンの効果が注目されています。アデノシンは毛乳頭細胞に作用し、A2B受容体を介して発毛促進因子の産生を増加させます。さらに血管拡張作用により頭皮の血流を改善し、毛髪成長に必要な栄養供給を促進します。
参考)アデノシンが育毛に良いってホント?そのメカニズムと効果を解説…

アデノシン投与の副作用と禁忌事項

アデノシン投与に伴う副作用として、胸内苦悶、悪心、顔面潮紅、咳、吃逆、熱感などが報告されています。重大な副作用には心停止、心室頻拍、心室細動、心筋梗塞、過度の血圧低下、洞房ブロック、房室ブロックなどがあります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/DrugInfoPdf/00005076.pdf

消化器系の副作用として悪心・嘔吐、食欲不振、循環器系では一過性の心悸亢進、精神神経系では頭痛が認められることがあります。アデノシンが急速に投与されると、II度またはIII度房室ブロックや徐脈、血圧低下等の発現が増強される恐れがあるため、投与速度の管理が重要です。​
高齢者では生理機能が低下しているため減量するなど注意が必要であり、妊婦または妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましいとされています。カフェインはアデノシン受容体の拮抗薬として作用するため、アデノシン投与前にカフェイン含有飲料の摂取を避ける必要があります。​
気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者では、アデノシンの吸入がA2受容体を介して気管支局所肥満細胞からメディエータ放出を促進し、気管支収縮を引き起こす可能性があります。
参考)http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-8_20170227s.pdf