医療従事者として、患者から「糖尿病は治らない」という話が嘘なのか質問される機会が多いでしょう。この問いに正確に答えるためには、「完治」と「寛解」の違いを理解する必要があります。
医学的に「完治」とは、病気の根源が完全に取り除かれた状態を指します。一方、「寛解(remission)」は、病気による症状や検査値の異常が消失した状態を表します。
2型糖尿病において、現在の医学では完全な完治は困難とされていますが、寛解状態に到達することは可能です。欧米の専門家委員会では、「薬なしでヘモグロビンA1c 6.5%未満が3ヵ月以上維持されていること」を寛解の定義として採用しています。
この定義により、糖尿病が「治らない」という表現は必ずしも正確ではなく、適切な治療により寛解状態を目指すことができるのが現実です。
新潟大学の大規模研究により、日本人の2型糖尿病患者における寛解の実態が明らかになりました。この研究では、約4万8千人の糖尿病患者を対象とした解析が行われ、驚くべき結果が得られています。
研究結果によると、日本人の2型糖尿病患者の約100人に1人(1%)が寛解状態に達していることが判明しました。この数値は、従来考えられていたよりもはるかに高い寛解率を示しています。
さらに注目すべきは、減量幅と寛解率の関係です。
イギリスで実施されたDiRECT研究では、より詳細な寛解データが報告されています。この研究では、肥満2型糖尿病患者306人を対象とし、強化減量治療群では46%が1年後に寛解に至りました。
体重減少量別の寛解率。
これらのデータは、「糖尿病は絶対に治らない」という従来の固定概念に挑戦する重要な証拠となっています。
近年の糖尿病治療において、GLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬の登場により、治療効果が大幅に向上しています。これらの新薬は、従来のインスリン治療と比較して、患者のQOL向上と寛解率の改善に貢献しています。
従来のインスリン治療の課題。
新薬(GLP-1・SGLT2阻害薬)の利点。
GLP-1受容体作動薬は、血糖値が上昇した際にのみインスリン分泌を促進するため、低血糖のリスクを大幅に削減します。また、糖尿病による内臓への損傷を保護する作用があり、長期的な合併症の予防にも効果的です。
SGLT2阻害薬は、腎臓での糖の再吸収を阻害し、尿糖として余分な糖分を体外に排出します。この機序により、インスリンに依存せずに血糖値を下げることができ、同時に体重減少効果も期待できます。
医学的エビデンスに基づくSGLT2阻害薬の効果についての詳細情報
https://dm-net.co.jp/calendar/2023/037570.php
糖尿病が「治らない病気」とされる理由の一つに、その進行性の特徴があります。しかし、この進行性の理解こそが、早期介入の重要性を示しています。
糖尿病の進行メカニズム。
興味深いことに、DiRECT研究のサブ解析では、寛解した患者においてインスリン分泌機能の回復が確認されています。これは、適切な治療により一度低下した膵臓機能が部分的に回復する可能性を示唆する重要な発見です。
早期介入の効果。
糖尿病診断後6年以内の患者では、減量治療による寛解率が特に高くなることが報告されています。これは、発症早期の膵臓機能がまだ十分に残存していることを示しています。
罹病期間と寛解率の関係。
この知見は、糖尿病患者に対する早期の積極的介入の重要性を医療従事者に示しています。
従来、多くの医療従事者が患者に対して「糖尿病は一生治らない」という説明を行ってきました。しかし、この表現が患者に与える心理的影響と社会的スティグマについて、医療界で反省の声が上がっています。
従来の説明の問題点。
二田哲博クリニックの医師は、「糖尿病は治らないという固定概念は巨大なスティグマである」と指摘しています。この固定概念により、患者は様々な社会的不利益を被ることになります。
社会的スティグマの具体例。
医療従事者の新しい役割として、正確な医学情報に基づいた希望のある説明が求められています。「完治は困難だが、寛解状態を目指すことは可能」という現実的で前向きなメッセージの重要性が高まっています。
推奨される患者説明のポイント。
糖尿病専門医による最新の治療戦略についての解説
https://maeno-clinic.com/blog/糖尿病は「一度なったら一生治らない?」【2024年5月号】
医療従事者として、患者の心理的負担を軽減し、治療への積極的参加を促すためには、科学的根拠に基づいた適切な情報提供が不可欠です。「糖尿病は治らない」という表現から、「糖尿病は管理可能で、寛解も期待できる疾患」という認識への転換が、現代医療における重要な課題となっています。