トランスクリプトーム解析は、細胞や組織において転写されるmRNA全体を網羅的に解析する手法で、遺伝子発現の変化を通じて疾患の病態機序を解明できる重要な技術です 。この技術は、ゲノム情報が同一であっても組織や環境により遺伝子発現パターンが大きく異なることを利用し、疾患特異的な発現プロファイルを特定します 。
参考)https://www.nutri-genomics.jp/column/2022.12.22.23/
近年の研究では、慢性鼻副鼻腔炎の難治化因子の探索において、トランスクリプトーム解析により疾患の進行に関わる遺伝子群を同定することに成功しています 。また、大規模公共トランスクリプトームデータを活用することで、スプライシング異常による疾患関連変異を検出する新しい解析手法(IRAVNet)が開発され、約3,000の新規疾患関連変異候補を発見しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/64/1/64_192/_article/-char/ja/
RNA次世代シーケンサー(RNA-Seq)技術の発展により、がん細胞における遺伝子発現とトランスクリプトームの変化を高精度で検出できるようになり、新しいがん遺伝子転写物の同定が可能となっています 。これらの技術により、個々の患者の分子レベルでの病態を把握し、最適な治療法の選択につながる精密医療の実現が期待されています。
参考)https://jp.illumina.com/areas-of-interest/cancer/research/sequencing-methods/cancer-rna-seq.html/
プロテオーム解析は、細胞内のすべてのタンパク質を対象とした網羅的解析技術で、生命現象の中心的役割を担うタンパク質の発現パターンから疾患の診断や治療効果の評価を行う技術です 。タンパク質は多様な修飾を受けて複数の機能を発揮するため、その瞬間の細胞状態を反映する優れた指標となります 。
参考)https://llab.eiyo.ac.jp/ions/wp_dr/wp-content/uploads/2023/04/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E8%AC%9B%E5%BA%A710.pdf
質量分析計を用いたプロテオーム解析では、DIA(Data Independent Acquisition)法により存在量に関係なく全ての分子のMS/MSスペクトルを測定し、高感度で定量性の高いデータを取得できます 。近年の多重反応モニタリング法などの技術開発により、任意のタンパク質のハイスループットかつ正確な定量が可能になっています 。
参考)https://humanmetabolome.com/jpn/service/proteome/
がん代謝研究への応用では、精密な定量プロテオミクス技術により数千のタンパク質の同定と定量が可能となり、がん細胞の代謝変化を詳細に解析できるようになっています 。これにより、がん治療における新たな標的分子の発見や、治療効果の評価に有用なバイオマーカーの開発が進んでいます。
参考)http://leading.lifesciencedb.jp/6-e002
メタボローム解析は、生体内に存在する低分子化合物(代謝物)を網羅的に解析する手法で、遺伝子やタンパク質の変化の最終産物である代謝物の変動を捉えることで、表現型に最も近い生体情報を得られる特徴があります 。この技術は生物種を問わず共通の代謝物を対象とするため、測定時に生物種の違いを考慮する必要がない利点があります 。
参考)https://m-hub.jp/chemical/4540/324
肺がんの早期診断研究では、メタボローム解析により肺がん患者の血清で23種、肺がん組織で48種の代謝物が健常者と比較して有意に変動することが判明し、血清内の代謝物パターンから肺がんの進行度を診断できる可能性が示されています 。また、質量分析計(MS)と核磁気共鳴装置(NMR)を組み合わせたメタボローム解析により、疾患バイオマーカーの探索や薬剤副作用の予測が可能になっています 。
参考)https://www.med.kobe-u.ac.jp/metabo/kenkyu.html
個別化医療への応用では、メタボローム解析が個人の表現型の違いを比較的よく反映するため、疾患発症や治療効果を評価するバイオマーカーとしての有効性が注目され、ファーマコメタボロミクスへの応用が進んでいます 。
参考)https://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/43118
マルチオミクス解析は、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどの生物のさまざまな分子レベルでの情報を統合的に解析する手法で、生命現象を包括的に理解するシステムズバイオロジーの基盤技術となっています 。この統合アプローチにより、従来の単独解析では見えない複雑な生物学的ネットワークの理解が可能になります。
参考)https://www.rhelixa.com/knowledgebase/fundamentals_omics_analysis/
肺腺がん研究では、マルチオミクス解析により分子メカニズムが解明され、これまで有効な治療薬がなかった肺腺がんの創薬に向けた研究への貢献が期待されています 。また、細胞は多階層のオミクス情報ネットワークにより制御される複雑なシステムであることが明らかになり、代謝アダプテーションの制御機構の解明が進んでいます 。
参考)https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/0913/index.html
希少疾患への応用では、ゲノムワイド関連解析(GWAS)とトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)を融合したTRESORシステムにより、284疾患のゲノム情報とトランスクリプトーム情報の横断解析が実現し、新たな治療法の提案につながっています 。
参考)https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/04/ai-103.html
トランスクリプトーム解析技術は、従来の診断方法では判別が困難な疾患の分子レベルでの診断法開発に革新をもたらしています 。敗血症や熱傷などの急性病態では、各病態で特徴的な遺伝子発現パターンを示すことが判明し、判別分析により病態を100%判別できる精度を達成しています 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K09164/
シングルセル空間トランスクリプトーム解析基盤技術の発展により、組織内の細胞レベルでの遺伝子発現の空間的分布を解析できるようになり、疾患の病態解明に新たな視点をもたらしています 。この技術は6つの国立高度専門医療研究センター(NC)で共同利用されており、各NCが対象とする疾患の病態解明に活用されています 。
参考)https://www.japanhealth.jp/project/research/2024/post_44.html
また、深層学習技術を活用した空間的な遺伝子発現量の予測手法(DeepSpaCE)により、組織切片上の場所ごとの遺伝子発現量を高解像度で測定・予測することが可能になり、がん研究をはじめとした様々な分野への応用が期待されています 。このような技術革新により、組織学や病理学の専門知識を持たない研究者でも、遺伝子アノテーションを介して組織切片画像を詳細に解釈できるようになっています。
参考)https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00159.html