ソラネズマブを打ち続けても、脳内アミロイドは実はほとんど減っていなかった。
ソラネズマブ(solanezumab)はイーライリリー社が開発した抗アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体で、可溶性Aβ単量体の中央ドメインに選択的に結合する設計でした。 「アミロイドカスケード仮説」に基づき、脳内Aβを除去することで認知機能低下を防ぐことが期待されていました。 business.nikkei(https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00129/050100109/)
開発の核心はEXPEDITION試験シリーズです。EXPEDITION1・2では軽度〜中等度AD患者を対象に試験が行われましたが、有意な認知機能改善は得られませんでした。 その後、軽度ADに絞り込んだ第Ⅲ相試験「EXPEDITION3」が実施されましたが、2016年11月にADAS-Cog14(アルツハイマー病評価尺度認知下位尺度)で測定した主要評価項目を達成できなかったことが発表されました。 pubmed.ncbi.nlm.nih(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30376649/)
つまり3度の大規模試験すべてで有効性が示せなかった、ということです。
重要な技術的問題として、ソラネズマブは可溶性Aβ単量体に結合するため、脳内アミロイド斑(不溶性Aβ凝集体)の除去にほとんど寄与しなかったと考えられています。 ARIA(アミロイド関連画像異常)の発生率が0%と副作用プロファイルは良好でしたが、それは薬が脳内のアミロイドに十分作用していなかった裏返しでもあった可能性があります。 安全性が高くても、有効性がなければ承認は得られません。これが原則です。 hokuto(https://hokuto.app/post/kKLCrjSpdKZiBBXJzSWp)
CareNet:solanezumab、前臨床期アルツハイマー病の進行を遅延せず(NEJM報告)
EXPEDITION試験の失敗後もイーライリリーは開発を継続し、「症状が出る前の段階(プレクリニカル期)ならば有効ではないか」という新しい仮説を立てました。 これがA4試験(Anti-Amyloid Treatment in Asymptomatic Alzheimer's Disease)です。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20210325-02.html)
A4試験は、認知機能は正常範囲内(MMSEスコア25〜30点)だが脳内アミロイドPETで蓄積が確認された65〜85歳の被験者約1,150名を対象に実施されました。 4週ごとに4.5年間(240週間)静脈内投与するという、医療資源の面でも非常に大規模な試験です。日本でも東京大学医学部附属病院などが参加する国際多施設共同試験でした。 jrct.mhlw.go(https://jrct.mhlw.go.jp/latest-detail/jRCT2080223287)
大規模な試験です。しかし結果は残念でした。
2023年、A4試験の結果がNEJMで発表され、プラセボ群と比較してソラネズマブ投与群の認知機能低下遅延は認められなかったことが明らかになりました。 専門家の間では、「EXPEDITION試験の不良結果が出た段階でソラネズマブの開発は終了すべきだった」という見解も示されています。 A4試験の実施根拠自体が疑問視されるという、厳しい評価です。 carenet(https://www.carenet.com/news/journal/carenet/56886)
健常高齢者の約2割がプレクリニカル期ADに該当するとされており、 この人口は医療従事者にとって潜在的な介入対象として依然重要です。しかしソラネズマブはその標的にアプローチできる分子設計ではなかった、という結論になります。これが条件です。 u-tokyo.ac(https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/redirect_02529.html)
東京大学:健常高齢者の2割を占める「前臨床期アルツハイマー病」に関する研究報告
ソラネズマブをはじめ、バピネウズマブ、ベルベセスタット(BACE阻害薬)など、多数のアミロイドβ標的薬が相次いで開発中止となりました。 この一連の失敗は「アミロイドカスケード仮説そのものが間違っているのではないか」という根本的な疑問を研究者に突きつけました。 answers.and-pro(https://answers.and-pro.jp/pharmanews/13866/)
意外ですね。しかし仮説は否定されませんでした。
結論として現在主流の見解は、「アミロイドβ仮説は正しいが、標的の選び方と介入タイミングが誤っていた」という方向にシフトしています。 ソラネズマブが結合する「可溶性Aβ単量体」は生物学的に活性が低く、神経毒性の主体は可溶性オリゴマーやプロトフィブリルであると現在は理解されています。これが基本です。 business.nikkei(https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00129/050100109/)
この知見が後に、プロトフィブリルを標的とするレカネマブの設計に活かされました。 レカネマブ(レケンビ®)は2023年末から日本でも保険適用となり、18ヶ月投与で全般臨床症状の悪化を27%抑制するというデータが示されています。 ソラネズマブの「失敗」がレカネマブの「成功」への道を切り開いたと言えます。 tsurukamekai(https://tsurukamekai.jp/blog/20250107.html)
| 薬剤名 | 標的Aβ分子 | ARIA-E発現率 | 主な試験結果 |
|---|---|---|---|
| ソラネズマブ | 可溶性Aβ単量体 | 0% | EXPEDITION3・A4試験で主要評価項目未達、開発中止 |
| レカネマブ | 可溶性Aβプロトフィブリル | 約12.6% | Clarity AD試験で認知機能低下を27%抑制、日本で2023年承認 |
| ドナネマブ | 不溶性アミロイド斑(N3pG-Aβ) | 約24% | TRAILBLAZER-ALZ 2試験で認知機能低下を35%抑制 |
HOKUTO:抗アミロイドβ抗体薬の開発と治験結果(佐藤謙一郎先生)—各薬剤のARIA発現率と臨床成績の整理に有用
ソラネズマブの長年にわたる開発失敗の歴史は、現場の医療従事者にいくつかの具体的な示唆を与えています。まず「アミロイド除去の確認なしに認知機能改善を期待するのは危険」という点です。 ソラネズマブはARIAが出ないほどアミロイドに作用できていなかった可能性があり、バイオマーカーで薬理作用を確認することの重要性が浮き彫りになりました。これは使えそうです。 pubmed.ncbi.nlm.nih(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30376649/)
次に、介入タイミングの問題です。A4試験はプレクリニカル期への早期介入という着眼点は正しかったものの、薬剤の分子設計が目標に追いついていませんでした。 逆説的に言えば、正しいタイミングに正しい薬剤が使えれば、有意な効果が出うる、ということです。 carenet(https://www.carenet.com/news/journal/carenet/56886)
現在、アミロイドPETや血液バイオマーカー(血漿Aβ42/40比、p-tau217など)を用いたプレクリニカル期ADの早期同定技術が急速に進歩しています。 これらのバイオマーカーを活用することで、レカネマブやドナネマブの適切な患者選択が可能になります。バイオマーカーは必須です。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20210325-02.html)
医療従事者にとっての実践的なアクションは1つです。認知機能正常範囲の患者でも、家族歴・年齢・主観的認知機能低下(SCD)の訴えがあれば、専門医への早期紹介と血液バイオマーカー検査の検討を視野に入れることです。ソラネズマブの失敗が示した最大の教訓は、「症状が出てからでは遅い」という認識の共有にあります。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20210325-02.html)
ソラネズマブが辿れなかった道を、レカネマブ(レケンビ®)とドナネマブ(ケサンラ®)が歩んでいます。 日本では2023年末から両剤が保険適用となり、認知症専門医の間で急速に普及しつつあります。 sysmex-medical-meets-technology(https://www.sysmex-medical-meets-technology.com/_ct/17801024)
厳しいところですね。しかし課題も多くあります。
レカネマブは2週に1回・1時間の点滴、ドナネマブは4週に1回・30分の点滴と投与方法に違いがあります。 重要なのは、どちらの薬剤もARIA(アミロイド関連画像異常)のモニタリングが必要であり、重篤な場合は治療中止の判断が求められる点です。 ソラネズマブにはなかった管理コストが現場に発生することを、医療従事者は理解しておく必要があります。 gunma-ninchi.dept.med.gunma-u.ac(https://gunma-ninchi.dept.med.gunma-u.ac.jp/lecanemab)
また、ドナネマブは投与開始後12ヶ月時点のアミロイドPET結果によっては投与を終了する設計になっており、 治療目標の達成をバイオマーカーで客観的に評価する「ゴール型治療」の概念が導入されています。これはソラネズマブ時代にはなかった発想です。アミロイド除去の確認が条件です。 gunma-ninchi.dept.med.gunma-u.ac(https://gunma-ninchi.dept.med.gunma-u.ac.jp/lecanemab)
現場でARIA関連の副作用対応に備えるためには、MRI撮影体制の整備と判読できる放射線科・神経内科との連携が実務上の課題になります。レカネマブ治療施設の整備状況については東大などの専門機関の最新情報を参照するとよいでしょう。 sysmex-medical-meets-technology(https://www.sysmex-medical-meets-technology.com/_ct/17801024)
バイオジェン:レカネマブ(レケンビ®)の長期継続治療効果に関する最新臨床データ(2025年12月)
群馬大学医学部附属病院 認知症疾患医療センター:レカネマブ・ドナネマブの違いとARIA対応の詳細解説