関節リウマチ(RA)におけるシトルリン化は、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ(PAD)によって蛋白質中のアルギニン残基がシトルリン残基に変換される翻訳後修飾反応です。この反応により、プラス電荷を持つアルギニンが中性電荷のシトルリンに変化し、蛋白質の折りたたみ構造の展開や分子内相互作用の喪失が生じます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/ce53b1523cf6016a21a41c62fd3e8e68c23562b1
PAD酵素ファミリーのうち、PAD4がRAにおいて特に重要な役割を果たしています。PAD4は関節滑膜組織に高発現しており、炎症環境下でカルシウムイオン依存的に活性化されます。興味深いことに、PAD自身も自己シトルリン化を受けることが報告されており、この反応がPADの機能にどのような影響を与えるかが現在研究されています。
参考)https://www.jikeir.website/research/basic/
具体的にシトルリン化される蛋白質として、フィラグリン、ビメンチン、フィブリン、フィブリノゲン、αエノラーゼ、コラーゲンIIなどが同定されています。これらのシトルリン化蛋白質は新たなエピトープを形成し、自己免疫反応の標的となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC130012/
抗シトルリン化蛋白抗体(ACPA)の産生は、RAの病態形成における重要な現象です。体内で慢性的にシトルリン化蛋白が生じる代表的な原因として、歯周病と喫煙があります。
参考)https://www.ryumachi-jp.com/general/casebook/ccp-acpa/
歯周病菌(Porphyromonas gingivalis)はPAD酵素を産生し、周囲の組織を破壊する際にシトルリン化蛋白を生成します。また、タバコの煙によっても気管支や肺の組織でPADが誘導され、シトルリン化蛋白が生じます。これらの環境因子により慢性的にシトルリン化蛋白が生成されると、特定の遺伝的素因を持つ個体において抗CCP抗体などのACPAが産生されます。
参考)https://www.tsukiji-irc.jp/common-symptoms/suspicion-of-rheumatism/ccp-antibody/
興味深いことに、ACPAはRA発症10年以上前から検出され得ることが報告されており、ACPA陽性者は5年以内にRAを発症することが多いことが知られています。これにより、ACPAの陽転化はRA発症に関与する重要な予測因子として注目されています。
関節内の滑膜は本来シトルリン化蛋白を含まないが、ケガや感染症をきっかけにシトルリン化が生じることがあります。体内に存在するACPAが、滑膜に生じたシトルリン化蛋白に結合すると、自己免疫反応が開始されます。
いったん滑膜に炎症が生じると、その炎症が周囲の蛋白質にさらなるシトルリン化を促進し、炎症が広がっていく悪循環に陥ります。この過程では、好中球細胞外トラップ(NETs)も重要な役割を果たしており、シトルリン化ペプチドを含むNETsが滑膜線維芽細胞を活性化し、病態を増悪させることが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5479641/
RAの代表的なケモカインであるENA-78/CXCL5、MIP-1α/CCL3、MCP-1/CCL2もシトルリン化を受け、その機能が変化することが明らかになっています。特に、シトルリン化ENA-78/CXCL5は、本来の好中球遊走機能に加えて単球遊走能を獲得し、炎症の性質を変化させることが示されています。
抗CCP抗体検査は現在の関節リウマチ診断において中核的な役割を果たしており、感度60-80%、特異度90-95%以上を示します。早期関節リウマチでは感度は低下するものの、高い特異度を維持することから、早期診断において極めて有用です。
近年では、より特異的なシトルリン化蛋白を標的とした新しい診断マーカーの開発が進んでいます。筑波大学の研究グループは、シトルリン化inter-α-trypsin inhibitor heavy chain 4を新規バイオマーカーとして同定し、これが病状に応じて変動することを報告しました。
参考)https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/180413matsumoto-5.pdf
プロテオミクス技術を用いた包括的解析により、関節液中のシトルリン化フィブリノーゲン、シトルリン化フィブロネクチン、シトルリン化ビメンチンの同定も可能となっています。これらの技術革新により、従来のWestern Blot法や免疫染色では困難であった網羅的なシトルリン化蛋白の検索が実現されています。
参考)https://www.ompu.ac.jp/education/g_med/doctor/degree/results/result/H20/o1066.pdf
PAD4活性阻害剤の開発は、関節リウマチの根本的な治療薬として期待されています。PAD4の構造生物学的解析により、カルシウム結合部位や活性中心の詳細な構造が明らかになり、分子標的薬の設計が可能となっています。
参考)https://user.spring8.or.jp/sp8info/?p=2650
現在、リボソームのシトルリン化が翻訳機能に与える影響についても研究が進められており、**インターロイキン6(IL-6)**をはじめとするサイトカイン産生における新たな制御機構の解明が期待されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K16346/
神経免疫連関の観点からも、シトルリン化が中枢神経系に与える影響が注目されています。Prokineticinという血管新生因子がRA病態に関与し、サーカディアンリズムや疼痛閾値の調整に影響することが報告されており、RAにおける不眠や抑うつ症状の病態解明にも繋がる可能性があります。
また、強い炎症反応が関節軟骨特異的シトルリン化抗原の発現に必要であることが明らかになっており、軽微な炎症では十分なシトルリン化が生じないことから、治療介入のタイミングや強度を決定する上で重要な知見となっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7429155/
関節リウマチ診断マーカーとしてのPAD4定量化技術の開発により、早期診断や疾患活動性の評価がより精密に行えるようになることが期待されます。これらの技術革新により、シトルリン化を標的とした個別化医療の実現が期待されています。
参考)https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_51_4_314.pdf
日本リウマチ学会による抗CCP抗体の臨床的意義と診断における重要性について
東京慈恵会医科大学リウマチ・膠原病内科によるシトルリン化蛋白研究の最新成果
PAD4の構造生物学的解析と治療薬開発への応用に関する研究成果