食品添加物にも使われるプロピレングリコールのSDSを「どうせ安全だから」と読み飛ばすと、労働安全衛生法違反で50万円以下の罰金対象になります。
SDS(Safety Data Sheet:安全データシート)は、化学物質を安全に取り扱うために必要な情報を体系的にまとめた文書です。GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に基づき、国際規格であるISO 11014に準拠して作成されます。日本では労働安全衛生法第57条の2および化学物質排出把握管理促進法(PRTR法)の規定により、特定の化学物質については交付が義務付けられています。
SDSは必ず16の項目で構成されています。これが基本です。
各項目の内容を以下に示します。
| 項目番号 | 項目名 | 記載内容の概要 |
|---|---|---|
| 1 | 化学品及び会社情報 | 製品名、製造者・供給者の情報、緊急連絡先 |
| 2 | 危険有害性の要約 | GHS分類、絵表示、注意書き |
| 3 | 組成及び成分情報 | 化学物質名、CAS番号、濃度 |
| 4 | 応急措置 | 吸入・皮膚・眼・経口の場合の処置 |
| 5 | 火災時の措置 | 消火剤、消火方法、特殊な危険有害性 |
| 6 | 漏出時の措置 | 人体・環境への予防措置、回収・清浄化方法 |
| 7 | 取り扱い及び保管上の注意 | 安全な取り扱い方法、保管条件 |
| 8 | ばく露防止及び保護措置 | 管理濃度、許容濃度、保護具の種類 |
| 9 | 物理的及び化学的性質 | 外観、臭い、沸点、引火点、溶解性など |
| 10 | 安定性及び反応性 | 安定性、避けるべき条件、危険な分解生成物 |
| 11 | 有害性情報 | 急性毒性、皮膚・眼刺激性、発がん性など |
| 12 | 環境影響情報 | 生態毒性、残留性・分解性、生体蓄積性 |
| 13 | 廃棄上の注意 | 廃棄方法、容器の廃棄 |
| 14 | 輸送上の注意 | 国連番号、品名、ハザードクラス |
| 15 | 適用法令 | 国内・国際規制の一覧 |
| 16 | その他の情報 | 作成日、改訂日、参考文献 |
プロピレングリコール(CAS番号:57-55-6)のSDSを読む際、特に重要なのは第2項(危険有害性の要約)と第8項(ばく露防止及び保護措置)です。「食品にも使われているから安全」という認識は半分正解ですが、業務上の大量取り扱いでは話が変わります。
プロピレングリコールは急性毒性区分には該当しないものの、第2項のGHS分類では「眼に対する刺激性:区分2A」に分類されているケースが一般的です。つまり眼への注意は必須です。
参考リンク先はプロピレングリコールのGHS分類・国内規制情報を確認できます(厚生労働省 職場のあんぜんサイト)。
厚生労働省 職場のあんぜんサイト:プロピレングリコール GHS-SDS情報
SDSの第9項「物理的及び化学的性質」には、プロピレングリコールの具体的なデータが記載されています。現場での取り扱いに直結する数値を正確に把握しておくことが、リスク低減の第一歩です。
主な物理化学的性質は以下の通りです。
蒸気圧が非常に低い点は重要です。常温での揮発がほとんど起きないということですね。そのため、屋外作業や常温での小分け作業では、吸入ばく露のリスクは比較的低いとされています。
ただし、加熱工程を伴う場合は状況が一変します。100℃以上に加熱すると蒸気が発生し始め、高濃度環境での作業では呼吸器への刺激を引き起こす可能性があります。SDSの第8項では、加熱作業時の局所排気装置の設置が推奨されているケースが多く見られます。
第11項「有害性情報」では、ラットを使った経口急性毒性試験においてLD50が約20,000 mg/kg以上(体重1kgあたり20g以上で死亡する量)という高い値を示しています。これは食塩(LD50:約3,000 mg/kg)の約6.7倍の安全域に相当します。これは意外ですね。
一方で、眼刺激性試験ではウサギへの適用でわずかな刺激性が認められており、前述の通りGHS区分2Aに該当します。「安全な物質だから保護具は不要」という判断は、この観点から誤りです。
万が一の際に迅速に動けるかどうかは、事前にSDSの第4項と第6項を読み込んでいるかどうかで大きく変わります。現場でパニックになってからSDSを探し始めても遅いです。
第4項:応急措置の要点
第6項:漏出時の措置の要点
漏出が発生した場合の対応ステップは明確です。
プロピレングリコールは水への溶解性が非常に高い物質です。そのため、河川・地下水への流出時は広範囲に拡散しやすいという点に注意が必要です。環境への流出量が多い場合は、地方自治体の環境部門や消防署への通報も検討する必要があります。
第13項「廃棄上の注意」では、廃液は産業廃棄物として適切な許可を持つ廃棄物処理業者に委託することが明記されています。排水基準をクリアできない濃度のまま下水に流すことは、水質汚濁防止法に抵触するケースがあります。廃棄方法は法令確認が条件です。
SDSの第8項「ばく露防止及び保護措置」は、現場の安全担当者にとって最も実務直結する項目のひとつです。ここに記載されている管理濃度・許容濃度と推奨保護具の情報は、リスクアセスメントの根拠資料として法的に活用が求められます。
プロピレングリコールの管理濃度・許容濃度に関しては、現時点で日本産業衛生学会および米国ACGIH(TLV)ともに吸入ミストとしてのTWA基準値が設定されています。ACGIHの2023年版TLVでは、プロピレングリコールミストのTWA(8時間時間加重平均値)は10 mg/m³とされています。これは東京ドームの内部空間(約124万m³)に置き換えると、約12.4kgの蒸発量に相当するイメージです。
推奨される保護具(PPE)の種類
法的リスクアセスメントの義務について
2023年4月の労働安全衛生規則改正により、化学物質のリスクアセスメントの対象物質が従来の674物質から約2,900物質へと一気に拡大されました。プロピレングリコールもこの対象物質に含まれています。
リスクアセスメントが義務です。
事業者はSDS情報を基に「ばく露の程度」「有害性の程度」を評価し、必要な措置を講じることが求められます。この手続きを怠った場合、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金が課される可能性があります。書面でのリスクアセスメント記録の保管(3年以上)も必要です。
リスクアセスメントを効率的に実施するためのツールとして、厚生労働省が無償提供している「CREATE-SIMPLE(クリエイト・シンプル)」があります。SDSの情報を入力するだけでリスクレベルを自動評価できるため、小規模事業場でも取り組みやすいです。これは使えそうです。
厚生労働省:化学物質のリスクアセスメント実施支援ツール「CREATE-SIMPLE」について
SDSの第14項(輸送上の注意)、第7項(保管上の注意)、第13項(廃棄上の注意)は、第2項や第8項に比べて軽視されがちですが、物流・在庫管理・廃棄処理に携わる担当者には重要な内容が詰まっています。見落とすと損をします。
第14項:輸送上の注意
プロピレングリコールは、主要な国際輸送規制における分類は以下の通りです。
引火点が99℃という数値は重要なポイントです。「低引火点ではないから安全」と思いがちですが、消防法の第4類危険物(第3石油類:引火点70℃以上200℃未満)の分類条件を満たすため、指定数量以上の輸送・保管には規制が伴います。
第7項:保管上の注意
第13項:廃棄上の注意
廃棄時には、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)および水質汚濁防止法が適用されます。プロピレングリコール廃液は「廃油」ではなく、通常「廃アルコール」または「廃酸・廃アルカリを含む廃液」として分類されるケースが多く、産業廃棄物として許可業者への委託が基本です。廃棄は委託が原則です。
下水道への排出については、事業場の下水道管理者(自治体)への事前確認が必要です。COD(化学的酸素要求量)への影響が大きい物質のため、排水基準の確認を怠ると水質汚濁防止法違反になるケースがあります。
環境省:水質汚濁防止法に基づく排水規制について(参考:排水基準確認)
現場でプロピレングリコールを扱う際、混同されやすい類似物質が2つあります。それがポリエチレングリコール(PEG)とエチレングリコール(EG)です。名称が似ているため、SDSを誤って参照してしまうリスクがあります。これは危険ですね。
3物質の有害性・規制の主な違い
| 項目 | プロピレングリコール(PG) | エチレングリコール(EG) | ポリエチレングリコール(PEG) |
|---|---|---|---|
| CAS番号 | 57-55-6 | 107-21-1 | 25322-68-3(代表例) |
| 経口LD50(ラット) | 約20,000 mg/kg以上 | 約4,700 mg/kg | 一般に非常に低毒性 |
| 腎毒性 | ほぼなし | あり(シュウ酸カルシウム結石) | なし(高分子量品) |
| 食品添加物指定 | あり(日本・米国FDA) | なし | 一部あり |
| 消防法分類 | 第4類・第3石油類 | 第4類・第3石油類 | 物質による |
| GHS眼刺激性 | 区分2A(軽度) | 区分2A(軽度) | 通常区分なし |
最も注意が必要なのはエチレングリコールとの混同です。エチレングリコールは腎臓への毒性が強く、誤飲・大量ばく露時にシュウ酸カルシウム結晶が腎尿細管に沈着して腎不全を引き起こす可能性があります。「プロピレングリコールと同じように扱って大丈夫だろう」という思い込みは、深刻な事故につながりかねません。
不凍液・クーラント製品は成分がエチレングリコールのものが多く、外観がよく似ています。製品容器のラベルとSDSの第3項「組成及び成分情報」でCAS番号を必ず確認する習慣が重要です。CAS番号の確認が条件です。
また、プロピレングリコールには光学異性体(D体とL体)があります。食品・医薬品・化粧品グレードで使用されるのは主に「ラセミ体(DL体)」ですが、一部のSDSでは純度・グレードによって記載が異なることがあります。工業グレードと食品グレードでは不純物の含有量が異なるため、用途に応じたグレードのSDSを使用することが重要です。グレードの確認は必須です。
SDSは製品ごとに内容が異なる可能性があることを忘れないでください。同じプロピレングリコールでも、メーカーやグレードが変わればSDSの記載内容(特に第2項・第8項・第15項)が変わることがあります。複数のSDSを使い回すことは、誤情報に基づいた管理につながるリスクがあります。
厚生労働省 職場のあんぜんサイト:エチレングリコールのGHS-SDS情報(プロピレングリコールとの比較参照用)