⚠️ L/P比が正常値でも、ミトコンドリア病の約20%は血中乳酸値が正常範囲のまま診断が遅れています。

乳酸とピルビン酸は、エネルギー代謝の流れの中で表裏一体の関係にあります。ピルビン酸は解糖系の最終産物であり、正常なミトコンドリア機能があれば速やかにTCA回路へ流入してATP産生に使われます。しかし、ミトコンドリアの電子伝達系が障害されると、ピルビン酸はミトコンドリアに入れず、細胞質で乳酸脱水素酵素(LDH)によって乳酸へ変換される量が増加します。
関連)http://aki-chan.cocolog-nifty.com/myblog/2015/01/lp-4077.html
つまり、L/P比が上昇するということですね。
L/P比(乳酸/ピルビン酸比)は重量比ではなくモル比(mol/mol)で算出します。 乳酸とピルビン酸の分子量はほぼ等しいため実質的に重量比≒モル比ですが、代謝評価では分子数が本質であることを忘れてはいけません。健常者の血中L/P比は7〜20が正常範囲とされており、臨床的な異常判定ラインは20以上です。
関連)https://jsimd.net/documents/GuidelinesInClinicalGenetics/sentenseikounyusankessyousyoukougun.pdf
L/P比の真の意義は「ミトコンドリアの酸化還元状態の窓」という点にあります。細胞内のNADH/NAD⁺比が上昇すると、LDH反応の平衡がピルビン酸→乳酸方向にシフトするため、血中L/P比が上昇します。 ミトコンドリア呼吸鎖が障害されてNADHが酸化されにくくなると、まさにこの状態が起きます。言い換えれば、L/P比は細胞の「還元ストレス度」を血液1本で評価できる指標です。
関連)http://mito-green.club/blog/?m=20210621
| 指標 | 正常値 | 異常の目安 |
|---|---|---|
| 血清乳酸 | <2.1 mM(19 mg/dL) | 2.1 mM以上で高乳酸血症 |
| 髄液乳酸 | <1.8 mM(16 mg/dL) | 1.8 mM以上で異常 |
| L/P比(血清・髄液) | 7〜20 | 20以上でミトコンドリア呼吸鎖異常を示唆 |
参考:ミトコンドリア病の診断基準・バイオマーカーに関する詳細な解説
シスメックス プライマリケア:ミトコンドリア病の検査基準値と診断
ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)は複合体Ⅰ〜Ⅳから構成され、NADHを酸化しながらプロトン勾配を形成してATPを産生します。この経路が障害されると、NADHが蓄積してNADH/NAD⁺比が上昇します。 LDH反応の平衡定数が一定であることから、NADH/NAD⁺比の上昇は直接L/P比の上昇に直結します。これは「代謝障害によるピルビン酸蓄積よりも、NADH酸化障害によるNADH蓄積の方が影響が大きい」ためです。
関連)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2004/043041/200400431B/200400431B0008.pdf
呼吸鎖異常の場合、L/P比は20を超えることが多い。
一方で、ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)欠損症の場合はメカニズムが異なります。PDHCはピルビン酸をアセチルCoAに変換する酵素であり、これが欠損するとピルビン酸が細胞質に蓄積します。ピルビン酸が増えると、LDH反応によって乳酸も増えますが、両者がほぼ等比率で増加するためL/P比はほぼ正常〜低値を示します。 MSDマニュアルにも「酸化的リン酸化障害ではL/P比が上昇し、PDHC欠損症ではL/P比が正常を維持する」と明記されており、L/P比は両者を鑑別する上で本質的な情報を与えます。
この鑑別は治療方針に直結するため、臨床的に重要です。
参考:L/P比の生化学的根拠と計算式の詳細解説
あきちゃんの雑記帳:L/P比とNADH/NAD⁺比の関係(生化学的考察)
多くの医療従事者は「乳酸・L/P比が正常ならミトコンドリア病は除外できる」と考えがちです。これが現場での最大の落とし穴です。
実際、ミトコンドリア病の約20%の症例では血中乳酸値が正常範囲を示すことが報告されています。 仙台市立病院での症例報告では、乳酸/ピルビン酸比が18.2と基準値(20)をわずかに下回りながらも確定診断に至った例が記録されており、「数値ギリギリで除外判断した結果、診断が遅延する」リスクが実在します。
関連)https://hospital.city.sendai.jp/pdf/p041-045%2036.pdf
数値1つで除外するのは危険ということですね。
さらに、採血時の条件が数値に大きく影響します。食事・運動・泣き声・採血時の処置時間などによって乳酸値は容易に変動します。 安静・空腹状態で採血し、検体を速やかに除タンパク処理しないと、偽高値や偽低値が生じます。とくに小児では「泣いた直後の採血 → 乳酸偽高値」が起きやすく、L/P比の判断をゆがめます。
関連)https://jsimd.net/documents/GuidelinesInClinicalGenetics/sentenseikounyusankessyousyoukougun.pdf
東京都神経病院の解説でも「乳酸・ピルビン酸値が上がらないミトコンドリア病の患者さんも存在する」と明記されており、検査値だけに頼らない臨床判断の必要性が強調されています。
参考:ミトコンドリア病の診断プロセスと臨床症候の総合的解説
東京都神経病院:ミトコンドリア病の診断と検査
ミトコンドリア病は単一疾患ではなく、多様な病型の総称です。代表的な病型ごとにL/P比の示す意味と有用性が異なるため、病型を意識した解釈が求められます。
MELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作) は最も頻度の高い病型の一つです。原因の80%以上はmtDNA m.3243A>G変異であり、安静時から乳酸・ピルビン酸が上昇し、軽度運動後には過剰上昇を示します。 L/P比は典型例で20以上を示し、バイオマーカーとして有用です。
関連)https://grj.umin.jp/grj/melas.htm
これは使えそうです。
MERRF(ミオクローヌスてんかん・赤色ぼろ線維) は、約80%がmtDNA 8344番の点変異で生じます。 全身性のミオクローヌスてんかん・小脳性運動失調を特徴とし、L/P比上昇を伴うことが多いですが、筋生検でのragged red fiber(赤色ぼろ線維)確認が診断の柱となります。
関連)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2&pk=312
Leigh症候群(亜急性壊死性脳脊髄症) では、mtDNA 8993番・9176番・13513番変異や核遺伝子変異など多様な原因が存在します。 半数以上が1歳以内に発症し、L/P比は著明高値を示すことが多いですが、成人発症例もあり見落としに注意が必要です。
関連)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2&pk=312
| 病型 | 主な原因変異 | L/P比の傾向 | 特徴的所見 |
|---|---|---|---|
| MELAS | m.3243A>G(80%以上) | 上昇(≥20) | 脳卒中様発作、乳酸アシドーシス |
| MERRF | mt8344変異(約80%) | 上昇 | ミオクローヌスてんかん、RRF |
| Leigh症候群 | 多様(8993、核遺伝子等) | 著明上昇 | 脳幹・基底核の壊死性病変 |
| PDHC欠損症 | PDHA1遺伝子等 | 正常〜低値 | 高乳酸血症あり、L/P比は上昇しない |
| ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症 | PC遺伝子 | 正常維持 | 高アンモニア血症を合併しやすい |
参考:主要なミトコンドリア病の病型・遺伝子変異・診断に関する網羅的情報
難病情報センター準拠:MELAS診断基準と乳酸アシドーシスの評価
L/P比の測定値を正確に解釈するためには、測定前の条件管理から始める必要があります。先天性高乳酸血症症候群のガイドラインでは、健常児でも食前・食後でL/P比はほぼ不変であることが示されており、食事の影響は乳酸値より少ないとされています。 一方で、運動・啼泣・低酸素などの二次的要因は乳酸値を強く押し上げるため、これらを除外した状態での測定が基本です。
関連)https://jsimd.net/documents/GuidelinesInClinicalGenetics/sentenseikounyusankessyousyoukougun.pdf
前処理の徹底が条件です。
ミトコンドリア病の治療分野では、ピルビン酸ナトリウムの内服投与が注目されています。ピルビン酸ナトリウムはNADドナーとして機能し、枯渇しているNADを細胞内に補充することでミトコンドリア病による細胞死を防ぐ効果があることが示されています。 理論的には、L/P比高値=NADH過剰状態の是正手段として、NAD⁺を補充するアプローチが代謝改善に直結します。
実際の評価フローとして以下の手順が推奨されます。
関連)https://hospital.city.sendai.jp/pdf/p041-045%2036.pdf
臨床的に原因不明の高乳酸血症や、単一疾患で説明できない多臓器症状を持つ患者では、L/P比の測定とともにmtDNA変異スクリーニングを早期に検討することが診断遅延の回避につながります。
関連)https://hospital.city.sendai.jp/pdf/p041-045%2036.pdf
参考:先天性高乳酸血症症候群の診断基準・検査値評価の詳細ガイドライン
日本先天代謝異常学会:先天性高乳酸血症症候群の診断ガイドライン(PDF)
参考:ミトコンドリア病の診断学・L/P比の臨床的判断基準に関する専門的解説
厚生労働科学研究:ミトコンドリア病(狭義)診断学(PDF)
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