鼠径ヘルニア 症状と治療方法の特徴や危険性について

鼠径ヘルニア(脱腸)の症状、診断方法、治療選択肢について医療従事者向けに詳しく解説。手術方法や合併症、術後管理まで網羅的に解説します。あなたの患者さんにはどのような治療法が最適でしょうか?

鼠径ヘルニアの症状と治療方法

鼠径ヘルニアの基本情報
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定義

鼠径ヘルニアは足の付け根(鼠径部)の筋肉に穴が開き、腸などの臓器が飛び出す状態

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発生率

男性の3人に1人が生涯で発症するとされる一般的な疾患

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特徴

自然治癒せず、放置すると嵌頓など重篤な合併症のリスクがある

鼠径ヘルニアとは何か:脱腸の基本知識

鼠径ヘルニアは、一般的に「脱腸」とも呼ばれ、足の付け根(鼠径部)の筋肉や筋膜に弱い部分(ヘルニア門)ができ、そこから腸管や腹膜などの腹腔内の組織が飛び出す病態です[2][8]。主に40代以上の男性に多く見られ、疫学データによると男性の3人に1人が生涯で一度は発症するとされています[2][4]。

 

鼠径ヘルニアは解剖学的に「内鼠径ヘルニア」と「外鼠径ヘルニア」に分類されます。内鼠径ヘルニアは腹膜の弱い部分から発生し、外鼠径ヘルニアは精索が通る鼠径管から発生します。女性よりも男性に多い理由は、男性特有の解剖学的構造(精索が通る鼠径管の存在)によるものです。

 

鼠径ヘルニアの主な原因は、加齢による筋肉や筋膜の弱化ですが、慢性的な咳、便秘、重い物の持ち上げなどによる腹圧の上昇、肥満、過去の腹部手術なども危険因子となります。特に長年の重労働や立ち仕事は腹圧が繰り返しかかるため、リスクを高める要因となります。

 

鼠径ヘルニアの読み方は「そけいへるにあ」です。「鼠径(そけい)」とは、「鼠径部(そけいぶ)」を指し、これは太ももの付け根の部分にあたります。一方、ヘルニアとは、体の構造の異常により、臓器が本来あるべき場所から突出してしまう状態のことを指します。

 

鼠径ヘルニアの典型的な症状と診断方法

鼠径ヘルニアの典型的な症状は、鼠径部(足の付け根)にピンポン球のような膨らみが現れることです[2][4][8]。この膨らみは立っている時や力を入れる時(咳、くしゃみ、重い物を持ち上げる時など)に大きくなり、横になったり力を抜いたりすると引っ込む特徴があります[2][7][8]。

 

その他の症状
・鼠径部の違和感や痛み(特に長時間立ち続けた後)
・内臓が引っ張られるような感覚
・下腹部の張り
・進行すると陰嚢まで膨らみが広がることもあります
診断は主に問診と視診、触診によって行われます。医師は患者に立った状態でいきむよう指示し、鼠径部の膨らみの有無を確認します。必要に応じて超音波検査やCT検査を追加し、ヘルニアの種類や大きさ、内容物を評価します。

 

診断時には「嵌頓(かんとん)」の有無の確認が重要です。嵌頓は脱出した腸管がヘルニア門に挟まれて戻らなくなった状態で、緊急処置が必要となります。

 

鼠径ヘルニアの手術治療:切開法と腹腔鏡法

鼠径ヘルニアの治療は手術以外に根治的な方法はありません[1][6][7][9]。薬物療法や運動療法は効果がなく、ヘルニアバンド(脱腸帯)は対処療法に過ぎず、長期使用は組織の硬化や癒着を引き起こし、後の手術を困難にする可能性があります[6]。

 

手術方法は大きく分けて「鼠径部切開法」と「腹腔鏡(内視鏡)手術」の2種類があります。

 

【鼠径部切開法】
・鼠径部を2〜7cm程度切開して行う手術です
・Marcy法:18歳以下の男女や出産予定のある30歳前後までの女性に適用
・Tension-free法:メッシュ(人工補強材)を使用して弱い筋膜を補強する方法で、つっぱり感が少なく再発率が低い
・その他にも、メッシュプラグ法、Lichtenstein法、Kugel法などがあります
腹腔鏡手術
・腹部に3か所ほど小さな穴を開け、カメラと手術器具を挿入して行う
・TAPP法:腹腔内から弱い筋膜をメッシュで補強する方法
・傷が小さく、痛みが少なく、早期社会復帰が可能
・両側の鼠径ヘルニアの同時手術や再発症例に有効
両術式にはそれぞれメリット・デメリットがあり、患者の年齢、性別、ヘルニアの種類、全身状態などを考慮して選択します。最近では、両方のメリットを取り入れたハイブリッド法(i-Hybrid法)も行われています。

 

鼠径ヘルニア放置の危険性:嵌頓とその合併症

鼠径ヘルニアを放置すると、最も危険な合併症である「嵌頓(かんとん)」のリスクが高まります[3][4][6]。嵌頓とは、脱出した腸管がヘルニア門に嵌まり込み、元に戻れなくなった状態を指します[3][4]。

 

嵌頓が起こると以下のような危険な状態に進行する可能性があります。
腸閉塞:腸の通過障害により、腹痛、嘔吐、腹部膨満などが起こる
・腸壊死:血流が途絶えることで腸管組織が壊死する
腹膜炎:壊死した腸から腸内容物が漏れ出し、腹腔内に炎症が広がる
敗血症:細菌が血流に入り込み、全身性の重篤な感染症を引き起こす
嵌頓は突然発生し、激しい痛みや吐き気、発熱などの症状を伴います。この状態になると緊急手術が必要となり、場合によっては腸管の一部切除が必要になることもあります。

 

統計的には全体の約5%の鼠径ヘルニア患者に嵌頓が起こるとされています。放置期間が長くなるほどそのリスクは高まります。また、ヘルニアが大きくなるほど手術の難易度も上がるため、早期の治療が推奨されています。

 

さらに、長期の放置により巨大なヘルニアに発展するケースもあり、このような場合は手術時の剥離範囲が広くなり、手術時間の延長や術後の痛みの管理が必要となり、入院治療が必要になることがあります。

 

鼠径ヘルニアの術後回復と再発予防のポイント

鼠径ヘルニア手術後の回復期間と注意点は、手術方法によって異なります。腹腔鏡手術は傷が小さく痛みが少ないため、通常1〜2週間程度で日常生活に復帰できますが、鼠径部切開法ではやや回復に時間がかかることがあります[5][6]。

 

【術後の注意事項】
・創部の清潔保持:感染予防のため、医師の指示に従って適切な創部ケアを行う
・適度な活動制限:通常2〜4週間は重い物(5kg以上)の持ち上げを避ける
・適切な排便コントロール:便秘による腹圧上昇を防ぐため、水分・食物繊維摂取と適度な運動を心がける
・術後疼痛管理:医師の処方に従い、適切な鎮痛薬の使用
再発予防のためのポイントとしては、ヘルニアの発生・再発リスクを高める要因を避けることが重要です。具体的には以下の点に注意します。
・適正体重の維持:肥満は腹圧を上昇させるため、適正体重を維持する
・腹部筋力の強化:適度な運動で腹筋を鍛え、腹壁の支持力を高める
・慢性咳嗽の管理:喫煙や慢性閉塞性肺疾患などによる慢性的な咳は腹圧を上昇させるため、原因疾患の適切な管理が必要
・便秘の予防:食生活の改善や適切な水分摂取で便秘を防ぐ
・重量物挙上時の正しい姿勢:必要に応じて腹部ベルトの使用や腹圧をかけ過ぎない姿勢の工夫
術後の定期検診も重要で、再発の早期発見には医師による適切な診察が有効です。再発率は術式によって異なりますが、一般的にメッシュを使用する場合は1〜3%程度とされています。特に現代の手術方法であるTension-free法は、従来の方法と比較して再発率が大きく減少しています。

 

両側性の鼠径ヘルニアの場合、通常の鼠径部切開法では両側に傷ができるため身体的負担が大きく、日帰り手術で両側を同時に治療することは難しい場合があります。この点で腹腔鏡手術は、小さな傷から両側を同時に治療できるという利点があります。