脚気は重度で慢性的なビタミンB1(チアミン)欠乏により発症する疾患です。ビタミンB1は炭水化物の代謝に不可欠な補酵素として機能し、エネルギー産生において重要な役割を果たします。現代における脚気の原因は多岐にわたりますが、主な要因として以下が挙げられます。
栄養摂取の問題
病態による吸収・代謝障害
ビタミンB1は水溶性ビタミンであり、体内での貯蔵量が限られているため、継続的な摂取が必要です。炭水化物の代謝過程でビタミンB1が消費されるため、糖質摂取量に比例して必要量が増加する点が臨床上重要です。
脚気の症状は病型により異なりますが、初期症状は共通して非特異的な全身症状から始まります。
共通する初期症状
乾性脚気の症状
乾性脚気は主に末梢神経障害を呈し、以下の神経症状が現れます。
湿性脚気の症状
湿性脚気では乾性脚気の症状に加えて、心血管系の症状が顕著に現れます。
重篤な合併症として脚気衝心があり、急激な心筋虚脱により突然死に至る可能性があるため、早期診断・治療が極めて重要です。
脚気の診断は臨床症状、検査所見、治療反応性を総合的に評価して行います。
血液検査
神経学的検査
心機能評価
治療的診断
ビタミンB1の投与により症状が改善することを確認する治療的診断も重要な判断材料となります。特に軽症例では血液検査だけでは診断困難な場合があるため、臨床症状と治療反応性を組み合わせた総合的な判断が必要です。
参考:日本内科学会における脚気診断の詳細な検査指針
https://www.naika.or.jp/jsim_wp/wp-content/uploads/2015/02/kakke.pdf
脚気の治療は原因であるビタミンB1欠乏の是正が基本となります。治療法は症状の重篤度と緊急性により選択されます。
急性期治療
重篤な症状や脚気衝心のリスクがある場合。
維持療法
症状が安定した後の維持治療。
食事療法
根本的な栄養改善のための食事指導。
予後と治療効果
適切な治療により多くの症状は改善しますが、末梢神経障害については回復に時間を要する場合があります。治療開始から数日以内に倦怠感や食欲不振は改善しますが、神経症状の完全回復には数ヶ月から数年を要することもあります。
脚気は日本の医学史において重要な位置を占める疾患であり、現代医療でも見落とされやすい疾患の一つです。
歴史的経緯
江戸時代に「江戸わずらい」として知られた脚気は、白米食の普及とともに都市部で流行しました。明治時代から大正時代にかけては結核と並ぶ二大国民病とされ、年間1-3万人が死亡していました。特に軍隊では白米中心の食事により多くの兵士が脚気を発症し、戦力低下の原因となりました。
現代における課題
現代日本では栄養状態の改善により脚気患者は激減しましたが、以下のような背景により散発的に発症が見られます。
診断上の注意点
現代の脚気診断における見落としリスクとして、以下の点が挙げられます。
特に昭和40-50年代の調査では、若年者の脚気発症が最も多く報告されており、現代でも食生活の乱れた若年成人での発症リスクが高いことが示唆されています。
医療従事者として、患者の食生活歴や既往歴を詳細に聴取し、非特異的な神経症状や心血管症状を呈する患者においては脚気の可能性を念頭に置いた診療が重要です。早期診断・治療により予後は良好であるため、適切な知識と診断技術の習得が求められます。
参考:厚生労働省による現代の栄養摂取基準とビタミンB1の推奨量
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html