突然ですが、販売中止後も約3割の患者が同等の鎮痛効果を得られていないまま他剤へ切り替えられています。
イーフェンバッカル錠(一般名:フェンタニルクエン酸塩)は、がん性疼痛における突出痛(breakthrough pain)の管理に使用されてきたオピオイド系鎮痛薬です。バッカル(口腔粘膜)投与という特殊な剤形が特徴で、飲み込まずに上臼歯と頬の間に挟んで溶かすという独自の使用方法でした。
販売元のアステラス製薬は、需要の低下と製造上の採算性を理由として、国内での販売終了を発表しました。これは市場全体の動向というよりも、同剤固有の問題です。つまり、安全性・有効性の問題で中止されたわけではありません。
医療現場にとっては突然の変更でした。特に緩和ケア病棟やホスピスでは、すでに同剤で疼痛コントロールが安定していた患者を抱えており、切り替えに際して慎重な対応が必要とされました。
在庫がなくなる前に代替薬へ切り替える必要があるため、処方医・薬剤師・看護師が連携した迅速な対応が求められます。準備が条件です。
代替薬の筆頭として挙げられるのが、アブストラル舌下錠(一般名:フェンタニルクエン酸塩)です。同じフェンタニルを有効成分とし、舌下投与という類似した投与経路を持つため、切り替えの際に薬理学的な親和性が高いとされています。
アブストラル舌下錠の特徴を整理すると、以下のとおりです。
もう一つの選択肢として、イーフェン同様のフェンタニル製剤であるアクター(フェントス)テープも存在しますが、これは定時鎮痛薬に分類されるため、突出痛への頓用使用には適しません。用途が異なるということですね。
モルヒネ速放製剤(オプソ内服液やモルヒネ塩酸塩錠)も代替候補に入りますが、効果発現が遅く、フェンタニルバッカル錠を選んでいた理由(速効性・経口投与困難など)が満たされない場合があります。患者の状態を個別に評価することが原則です。
切り替えで最も慎重を要するのが、用量換算(dose conversion)です。イーフェンバッカルとアブストラル舌下錠は同一成分ですが、バイオアベイラビリティ(生体内利用率)が異なります。
イーフェンバッカルのバイオアベイラビリティは約65%、アブストラル舌下錠は約54%とされており、単純に「同じμg数に変えればよい」とはなりません。これは見落としやすいポイントです。
日本緩和医療学会のガイドラインでは、オピオイド切り替え時に10〜30%の用量調整(通常は減量方向)を推奨しています。ただし突出痛治療薬の場合は定時薬と異なる考え方が必要で、患者の現在の突出痛の強度・頻度を再評価した上で開始用量を決定します。
切り替え手順の基本フローは以下のとおりです。
なお、麻薬処方箋の変更手続きも必要です。麻薬施用者免許を持つ医師が新たに処方箋を発行し、薬局・病棟での麻薬管理簿の記録も適切に行う必要があります。記録漏れは法的リスクになります。
緩和ケア・ホスピス病棟では、患者が長期間にわたって同一製剤で疼痛コントロールに慣れているケースが多くあります。製剤変更は患者の不安を高め、心理的な痛みの増強につながることも報告されています。
実際、剤形が変わることで「薬が変わった=効かなくなるのでは」という恐怖を訴える患者は少なくありません。意外ですね。だからこそ、薬剤師や看護師による丁寧な説明介入が鍵となります。
患者説明で押さえるべきポイントは以下のとおりです。
また、在宅緩和ケアでは訪問看護師が切り替え後の初回使用に立ち会うことが理想です。特に高齢患者や認知機能が低下した患者では、舌下錠を誤って噛んだり飲み込んだりするリスクがあるため、使い方の指導を複数回実施することが推奨されます。これが基本です。
病院薬剤師の立場からは、院内採用薬リストの更新と、切り替え対象患者のリストアップを速やかに行うことが求められます。緩和ケアチームと薬剤部が情報を共有する体制が整っていれば、移行はスムーズに進みます。
今回の販売中止は、突出痛管理の「薬剤一本足打法」のリスクを改めて浮き彫りにしました。一つの製剤に依存した疼痛管理は、供給停止や製造中止のたびに現場を混乱させます。
現在の突出痛治療薬(ROO:Rapid Onset Opioid)として国内で使用可能な主な選択肢を整理します。
| 製品名 | 一般名 | 投与経路 | 効果発現の目安 |
|---|---|---|---|
| アブストラル舌下錠 | フェンタニルクエン酸塩 | 舌下 | 約15〜30分 |
| オプソ内服液 | モルヒネ塩酸塩 | 経口 | 約30〜60分 |
| モルヒネ塩酸塩注射液 | モルヒネ塩酸塩 | 皮下・静脈内 | 約5〜15分 |
| ヒドロモルフォン速放錠(ナルサス等) | ヒドロモルフォン塩酸塩 | 経口 | 約30〜60分 |
速効性を重視するなら注射剤が最も確実ですが、在宅・外来環境では患者自身が管理できる経口・舌下製剤が現実的です。患者の生活環境と介護力を考慮した選択が条件です。
緩和ケアの質を一定に保つためには、製品の供給状況にかかわらず複数の選択肢を平時から院内・在宅チームで共有しておくことが重要です。イーフェンバッカルの販売中止は、そのような体制構築を再考する契機と捉えることができます。これは使えそうです。
今後も製薬企業の経営判断や後発品問題の影響で、採用薬が突然変わる事態は起こりえます。日本緩和医療学会や各病院の緩和ケアチームが発信する最新情報を定期的に確認する習慣を持つことが、医療従事者として患者を守る最善策となるでしょう。
参考:日本緩和医療学会によるオピオイド鎮痛薬の使用に関するガイドライン(がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン)
日本緩和医療学会 がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版(オピオイドの切り替え・換算に関する推奨を含む)
参考:アブストラル舌下錠の添付文書・インタビューフォーム(用量換算・使用方法の確認に有用)
医薬品医療機器総合機構(PMDA)アブストラル舌下錠 添付文書