HAQスコアが高いほど健康状態が良いと思っているなら、実はあなたは逆に職場での過労リスクを見落としている可能性があります。
HAQ(Healthcare Access and Quality)インデックスとは、予防可能な疾患による死亡率をもとに、各国の医療アクセスと医療の質を0〜100のスコアで数値化した国際指標です。2024年版はGlobal Burden of Disease(GBD)研究グループがまとめたデータを基盤としており、世界204か国・地域を比較対象としています。
スコアの算出には32種類の「治療可能な疾患」による死亡率が用いられます。たとえば、虫垂炎・子宮頸がん・結核など、適切な医療介入があれば死亡を防げると考えられる疾患群が指標となります。これが基本です。
つまり、スコアが高い国ほど「防げるはずの死亡が少ない=医療が機能している」と評価されるわけです。数値だけを見ると単純に見えますが、その裏には診断精度・薬剤アクセス・医療人材の配置など複数の要素が絡み合っています。
医療従事者にとって重要なのは、このスコアが「医療資源の量」ではなく「医療の結果の質」を測る指標だという点です。病院数や医師数が多くてもスコアが低い国・地域が存在するのはそのためです。意外ですね。
2024年のデータでは、日本のHAQスコアは96.6前後と報告されており、世界トップクラスの水準を維持しています。ただし、都市部と地方の格差・診療科ごとのアクセス差は依然として課題として残っています。
2024年時点の最新GBDデータに基づくと、日本は204か国中で上位5位以内に常に位置しており、アイスランド・ノルウェー・スイスといった北欧・西欧諸国と並ぶ高スコアを維持しています。スコアにして96〜97台は、東アジアの中でも突出した数値です。
一方で、サブサハラアフリカ地域の多くの国ではスコアが20〜40台にとどまっており、日本との差は実に50ポイント以上に上ります。東京ドーム1個分の医療資源と東京ドーム5個分の医療資源の差、といったイメージに近い隔たりです。
この格差は何を意味するでしょうか? 日本の医療従事者が「当たり前」と感じている診断機器・薬剤・ガイドラインが、世界では特権的なリソースであるという現実です。
アジア内でも差は顕著で、韓国・シンガポール・台湾は90台後半ですが、カンボジアやミャンマーは50〜60台前後にとどまっています。国際医療支援・途上国研修プログラムに関わる医療従事者にとって、この数字は活動の優先度を判断する重要な根拠になります。
また注目すべきは、高所得国の中でも米国が日本より低いスコア(90前後)に位置している点です。医療費の高さとアクセスの良さは必ずしも比例しないということですね。
IHME(健康指標評価研究所):GBD2019のHAQインデックスデータベース(各国スコアの確認に有用)
HAQインデックスは学術論文の数字だけではありません。現場レベルでも活用できる場面が複数あります。これは使えそうです。
まず、院内の質改善(QI:Quality Improvement)活動への応用です。HAQが評価対象とする「治療可能な死亡」の疾患リストは、院内の質指標の見直しにそのまま利用できます。たとえば、虫垂炎の死亡率・急性心筋梗塞の院内死亡率・肺炎による死亡率は、いずれもHAQの算出基礎となっている疾患です。
これらの疾患で院内死亡が発生した場合、「HAQの観点では防げた可能性がある死亡」として振り返り検討(M&Mカンファレンス等)の対象にすることができます。つまり国際指標を院内品質管理のレンズとして使えるということです。
次に、政策・行政への提言です。都道府県別・二次医療圏別のHAQ類似指標(予防可能死亡率)を用いた地域格差の可視化は、厚生労働省や各都道府県の医療計画にも活用されています。自院が属する地域の医療アクセス水準を把握する際に参照できます。
また、医療従事者の教育・研修においても活用場面があります。新人オリエンテーションや卒後研修で「なぜ私たちの仕事が世界的にも重要か」を示す根拠として、HAQスコアを用いたグローバル比較は非常に説得力を持ちます。
厚生労働省:医療計画に関する情報(地域医療の質評価・計画立案の参考に)
医療従事者がHAQスコアを扱う際に陥りやすい誤読が3つあります。厳しいところですね。
1つ目は「高スコア=すべての医療が優れている」という思い込みです。
HAQはあくまで「治療可能な疾患による死亡率」の低さを測っています。そのため、緩和ケアの質・患者体験・待機時間・精神科医療の充実度などは一切スコアに反映されません。日本は全体スコアこそ高水準ですが、精神科医療や在宅ケアへのアクセス格差は依然として課題とされています。
2つ目は「スコアの変化=医療の改善または悪化」と単純解釈することです。
スコアは人口構成・疾病構造・死因統計の精度にも左右されます。高齢化が進む国では分母となる死亡数が変化するため、医療の質が変わらなくてもスコアが変動する場合があります。スコアの変化だけで医療政策の成否を語るのは注意が必要です。
3つ目は「国レベルのスコアで自院を評価すること」です。
日本全体のHAQスコアが高くても、自分が働く病院・地域が同水準とは限りません。地方の中小病院や離島・へき地医療では、国平均を大きく下回るアクセス環境が存在します。
これらの誤読を防ぐには、HAQスコアを単独で使うのではなく、DALY(障害調整生存年数)・UHC(ユニバーサルヘルスカバレッジ)サービスカバレッジ指数など複数の指標と組み合わせて判断することが原則です。
WHO:UHCサービスカバレッジ指数のデータページ(HAQと組み合わせた比較に活用可能)
これは多くのHAQ関連記事には載っていない視点です。知ってると得する情報です。
HAQが測る「治療可能な疾患による死亡率」は、裏を返せば「予防・早期介入がどれだけ機能しているか」の指標でもあります。この考え方を院内の「医療従事者自身の健康管理」に転用することができます。
たとえば、あなたの病院でHAQ算出対象疾患(高血圧・虚血性心疾患・糖尿病など)を抱える医療従事者の割合を把握し、定期健診データと照合することで、職種別・部署別の健康リスクを可視化することが可能です。
実際、日本看護協会の2023年調査では、看護師の約57%が「睡眠の質が低い」と回答し、約31%が高血圧またはその予備軍と報告されています。これはHAQ評価対象疾患群に直接関わるデータです。
つまり、HAQの「防げる死亡」という概念は、患者だけでなく医療従事者自身にも適用できるということです。
職場全体のHAQ的視点による健康底上げを目指すなら、まず産業医・看護管理者と連携して「治療可能疾患の有病率データ」を定期的に収集・共有する体制を作ることが第一歩です。特別なシステムは不要で、既存の定期健診データを活用するだけで始められます。
この取り組みは、離職率の低下・医療事故リスクの軽減・チーム全体のパフォーマンス向上にも波及効果があると考えられています。医療の質は患者だけでなく、提供者の健康状態にも依存しているということですね。
日本看護協会:看護職の労働安全衛生に関するデータ・取り組み(医療従事者の健康管理の根拠として有用)