外傷性肩関節脱臼の症状と治療方法
外傷性肩関節脱臼の特徴
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高い再発率
特に20歳以下の若年者では初回脱臼後の再発率が80%に達します
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段階的治療
整復、固定、リハビリテーションの適切な実施が重要です
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適切なリハビリ
期間に応じた段階的なリハビリが再発予防に不可欠です
外傷性肩関節脱臼の解剖学的特徴と発生メカニズム
肩関節は人体の中で最も可動域が大きい関節です。この高い可動性は、その解剖学的構造に由来しています。肩関節は上腕骨頭と肩甲骨の関節窩によって形成されていますが、関節窩は浅く、上腕骨頭の約30%しか収容できない構造となっています。そのため、関節の安定性は関節包、関節唇、靭帯などの軟部組織に大きく依存しています。
肩関節の構造的特徴として、以下の点が外傷性脱臼と密接に関連しています。
- 関節窩が浅く、骨による支持が少ない
- 関節包が比較的緩い
- 前方部分の支持組織が弱い(特に前下方)
- 広範囲な可動域を持つ
外傷性肩関節脱臼は、主に外転(腕を上に上げること)、外旋(外側にひねること)、伸展(後ろに伸ばすこと)の複合動作で発生します。この肢位で外力が加わると、上腕骨頭が関節窩の外に押し出されます。特に前方脱臼は全体の95%以上を占め、後方脱臼は比較的まれです。
脱臼の発生原因は主に以下のケースが多いです。
- ラグビー、アメフト、柔道などのコンタクトスポーツでの接触
- スキーやスノーボードでの転倒
- 日常生活での転倒や交通事故
- 手を上げた状態で後ろ向きに力が加わった場合
脱臼の際には、以下の組織が損傷することが多くなっています。
- バンカート損傷:関節唇(関節窩の縁にある繊維軟骨)の剥離
- ヒルサックス損傷:上腕骨頭の後外側部分の圧迫骨折
- 関節包や靭帯の伸張または断裂
- 腱板損傷(特に中高年の患者)
- 神経または血管損傷(特に腋窩神経)
脱臼のメカニズムを理解することは、適切な整復法の選択と再発予防のための治療計画立案に不可欠です。特に若年層(20歳以下)では初回脱臼後の再発率が80%に達するため、初期の適切な管理が極めて重要です。
外傷性肩関節脱臼の症状と診断方法
外傷性肩関節脱臼は、典型的な臨床症状と身体所見を呈します。患者の適切な評価と診断は、効果的な治療計画を立てる上で不可欠です。
主な症状
- 急性の激痛と「ガクッ」という音
- 肩の変形(前方脱臼では肩の前方部分の膨隆と後方の陥凹)
- 肩関節の可動域制限
- 脱臼側の肘を健側の手で支える特徴的な姿勢
- 肩の不安定感
- 上肢の感覚異常や血行障害(神経血管損傷の場合)
患者は多くの場合、激痛を感じたと訴えます。肩関節の動きは著しく制限され、特定の方向への動きで強い不安感や痛みを感じることが特徴です。また脱臼時に神経損傷が起こって肩にしびれを伴うこともあります。
診断方法
診断は主に以下の手順で行われます。
- 問診:受傷機転(いつ、どのような状況で、どのような動きで発生したか)を詳細に聴取します。スポーツ外傷の場合は競技種目や動作も重要な情報となります。
- 視診・触診:肩の変形、腫脹、圧痛部位、可動域を評価します。
- 不安定性テスト。
- Apprehension test(不安感テスト):肩を90度外転位で徐々に外旋させた際の不安感の有無を評価
- Load and shift test:上腕骨頭の前後方向への移動度を評価
- Sulcus sign:腕を下方に牽引した際に肩峰下に生じる陥凹の評価
- 画像診断。
- X線検査:脱臼の方向と合併骨折の有無を評価
- CT検査:骨性病変(ヒルサックス損傷、関節窩の骨欠損など)の詳細評価
- MRI検査:軟部組織損傷(バンカート損傷、関節包・靭帯損傷、腱板損傷)の評価
- 関節造影:必要に応じて関節内構造の詳細評価
特に初回脱臼時には、合併損傷の評価が重要です。中高年患者では腱板損傷の合併が多く、若年患者では関節唇損傷や関節窩の骨欠損が問題となります。これらの合併症は治療方針や予後に大きく影響するため、詳細な評価が必要です。
診断においては、反復性脱臼の既往や家族歴、関節弛緩性の有無も確認することが重要です。また、非外傷性の多方向性肩関節不安定症や習慣性肩関節脱臼との鑑別も必要となります。
外傷性肩関節脱臼の整復法と初期治療
外傷性肩関節脱臼の治療は、まず脱臼した関節を元の位置に戻す「整復」から始まります。早期の整復は痛みの軽減と続発症の予防に重要です。時間が経過すると元に戻りにくくなるため、大至急で整形外科を受診することが望ましいでしょう。
整復法の種類
整復法には様々な手技がありますが、患者の状態や脱臼の種類によって適切な方法を選択します。主な整復法は以下の通りです。
- 外旋法
- 患者を仰臥位にし、肘を90度に屈曲
- ゆっくりと腕を外旋させていく(通常70~110度で整復)
- 痛みで一時停止し、筋肉を弛緩させながら実施
- 5~10分かけてゆっくり行うことがポイント
- カニンガムテクニック
- 患者を座位にし、医師も患者の前に座る
- 患者の同側の手を医師の肩に置く
- 肘部を支えながら、上腕二頭筋、三角筋、僧帽筋をマッサージして筋弛緩を促す
- リラックスさせ、肩甲骨を内側に寄せるよう指導
- 肩甲骨操作法(Scapular Manipulation)
- 立位または腹臥位で実施
- 肩峰を下方に押しながら、肩甲骨の下角を内側に押す
- 助手が手首を把持して牽引を加える
- 牽引・対牽引法
- 患者を仰臥位または座位にし、上肢に徐々に牽引を加える
- 腋窩に対牽引を加えることで整復を促す
- 腕を挙上して引っ張る方法や、うつ伏せに寝て重りを腕にぶら下げる方法など
整復時の注意点として、以下が挙げられます。
- 患者の筋緊張が強いと整復が困難になるため、十分な鎮痛・鎮静を考慮
- 鎮痛薬、局所麻酔による関節内注射、神経ブロック、全身麻酔(鎮静)などの併用を検討
- 無理な力を加えると骨折やさらなる軟部組織損傷を引き起こす可能性がある
- 整復後は必ずX線検査で位置を確認する
- 高齢者では腱板断裂の合併に注意
初期治療と固定
整復後の初期治療は以下のステップで進めます。
- 固定:整復後は関節包や靭帯の修復を促すために適切な固定が必要です
- 通常3週間程度の固定期間が推奨される
- 20歳以下の若年者では再発率が高いため、より慎重な固定が必要
- 固定方法には三角巾、包帯、専用装具などがある
- 疼痛管理。
- 合併症の評価と管理。
- 神経損傷(特に腋窩神経)の評価と経過観察
- 骨折がある場合の適切な管理
- 腱板損傷の評価と治療計画
初期治療において重要なのは、固定期間を遵守することです。固定が不十分であると再発率が高まります。特に若年者では初回脱臼後の反復性脱臼への移行率が50~90%と高いため、適切な固定と経過観察が重要です。
また、患者に対して脱臼の再発リスクと適切なリハビリテーションの重要性について十分な説明を行うことも、治療成功のカギとなります。固定の重要性を説明しても様々な事情で固定を拒否されることもありますが、その場合の再発リスク上昇についても丁寧に説明すべきでしょう。
外傷性肩関節脱臼後のリハビリテーション段階と手法
外傷性肩関節脱臼後のリハビリテーションは、再発予防と機能回復のために極めて重要です。リハビリテーションは病期に応じて段階的に進めていくことが必要で、一般的に以下の3つの段階に分けられます。
第1段階:炎症期(受傷後0-3週)
この時期は修復部位の保護と炎症のコントロールが主な目的となります。