80歳の患者に40歳と同じMAC濃度でデスフルランを投与すると、過鎮静で目が覚めません。
MAC(Minimum Alveolar Concentration:最小肺胞濃度)とは、1気圧下において吸入麻酔薬が投与された患者の50%で皮膚切開時の体動を抑制するのに必要な肺胞内濃度のことを指します。デスフルランの成人MACは6%とされており、これはセボフルラン(1.71%)やイソフルラン(1.15%)と比較して効力が低い(つまり力価が低い)ことを示しています。
この「6%」という数字が使われる際に注意が必要です。実はこの標準MACは概ね40歳の成人を基準とした値であり、そのまますべての年齢層に当てはめることはできません。MACには明確な年齢依存性があり、加齢とともに低下することが古くから知られています。
1996年にMapleson氏が既存データのメタ分析を行い、年齢(1歳以上)に対してMACを片対数プロットすると、すべての吸入麻酔薬で線形かつ平行の関係が成立することを明らかにしました。これが基本です。
具体的な数字で見ると、75歳の患者では40歳と比べてMACが約20%減少するとされています。たとえば40代の患者であれば維持濃度5~6%が目安になるのに対し、75歳では約4%前後まで下がる計算になります。つまり「成人のMACは6%」という知識だけで臨床に臨むと、高齢患者に対して過剰投与になるリスクがあります。
さらに高齢者では年齢だけでなく、亜酸化窒素の併用によってもMACがさらに低下します。複合的な要因が重なる高齢患者には、一層の慎重な濃度調節が求められます。
参考:デスフルランのMAC年齢依存性に関する論文(Mapleson 1996年)の解説
年齢ごとに正確なMACを求める際は、Mapleson(1996年)が導出した以下の計算式が広く使われています。
$$\text{MAC}_{age} = \text{MAC}_{40} \times 10^{-0.00269 \times (age - 40)}$$
この式は、40歳のMACを基準として、年齢差に応じてMACが対数的に変化することを表しています。たとえば20歳なら40歳より高いMAC、80歳なら40歳より低いMACが計算できます。
実際の臨床ではこの計算式を暗算するのは現実的ではないため、簡易式が使われることもあります。デスフルランの維持濃度の推定式は次のように表されます。
$$\text{デスフルラン維持濃度(\%)} = 6 - \text{年齢} \times 0.04$$
これを使うと、25歳では約5%、50歳では約4%、75歳では約3%という目安になります。これは研究データとも照合されており、実測値(若年4.25%、中年3.58%、高齢2.75%)とも概ね一致する値が得られています。これは使えそうです。
0歳と100歳ではMACが約2:1もの差があることも示されており、年齢を無視した濃度設定がいかに危険かがわかります。
なお、これらはあくまでも「鎮静を目的とした標準的な維持濃度の目安」であり、オピオイドや笑気の併用状況、患者個人の状態によって適宜調整が必要です。各施設で年齢補正MACチャートを手元に置いておくことが、安全な麻酔管理の第一歩となります。
参考:年齢補正等MACチャートの解説(Nickalls & Mapleson 2003年)
現代の全身麻酔では、吸入麻酔薬の役割は主に「鎮静」です。鎮痛はオピオイドで、筋弛緩は筋弛緩薬でそれぞれ担うバランス麻酔が主流であるため、吸入麻酔薬をMAC(50%の患者が皮膚切開で体動しない濃度)全量で使う必要はありません。
そこで登場するのが「MAC-awake」という概念です。MAC-awakeとは、50%の患者が口頭指示に反応できなくなる濃度であり、デスフルランではその値は2.5%(約0.41MAC)とされています。MACの約1/3がMAC-awakeに相当することが多くの研究で示されています。
しかしMAC-awake濃度のままでは半数が覚醒してしまうリスクがあります。そのため実臨床では、MAC-awakeの約2倍にあたる0.7MACで維持することが推奨されています。このレベルなら約95%の患者が刺激されても覚醒せず、術中覚醒のリスクを大幅に下げられます。
「0.7MACで管理する」が基本です。
ここで重要なのが年齢補正との組み合わせです。60歳の患者にデスフルランを投与する場合、年齢補正MACを計算すると標準の6%より低い値になります。そこからさらに0.7を掛けることで、その患者に最適な維持濃度が導き出せます。年齢を無視して一律6%を目標に設定すると、高齢患者では不必要に高い濃度を投与し続けることになります。
脳波モニター(BISモニター)の研究では、BIS値を50以下に維持するためのデスフルラン濃度(MACBIS50)について、20~30歳で4.25%、31~65歳で3.58%、66~80歳では2.75%まで低下するとデータが示されています。これは前述の簡易計算式の推定値とよく一致しており、年齢補正の重要性を裏付けるものです。
参考:吸入麻酔濃度の年齢調整と0.7MAC管理の解説
吸入麻酔濃度は【年齢調整】0.7MACで維持する – note
加齢に伴うMAC低下は緩やかな直線的変化ではなく、年齢軸に対して対数的に変化します。80歳以上の超高齢患者では成人標準値と比べて明らかに低い濃度で十分な麻酔深度が得られることを強く意識しておく必要があります。
高齢者の特徴をいくつか整理すると次のようになります。
一方で小児の特性は対照的です。1歳前後の乳幼児ではMACが最も高く、成人よりも多くの吸入麻酔薬を必要とします。デスフルランの場合、新生児では乳児よりMACが低く、1歳から成人にかけては年齢とともにMACが低下していくという複雑なカーブを描きます。小児ならMAC設定は単純ではありません。
また、デスフルランは気道刺激性が強いという特性から、小児への導入には不向きとされており、一般的にセボフルランが選択されることが多いです。デスフルランが用いられる場合でも、必ず年齢に応じたMAC調整が必要になります。
臨床の現場では、年齢補正MACチャートを麻酔器の近くに掲示しておくことが実践的な対策です。数値を暗記するのが難しければ、前述の簡易式「維持濃度=6−年齢×0.04」を手元にメモしておくだけでも役立ちます。
参考:日本麻酔科学会による吸入麻酔薬ガイドライン(高齢者・小児への注意事項含む)
Ⅳ 吸入麻酔薬 – 日本麻酔科学会(2024年改訂版)
デスフルランをめぐる状況は、MACや年齢補正の議論とは別の次元でも大きく変化しています。その背景にあるのは環境問題です。
デスフルランの地球温暖化係数(GWP20)は、同じ吸入麻酔薬であるセボフルランの約10倍以上とされています。さらに、臨床で使用される実際の薬液量を考慮すると、同じ新鮮ガス流量で使用した場合にセボフルランの約27倍の温室効果をもたらすという試算もあります。厳しいところですね。
この問題を重く見たEUでは2026年1月からデスフルランの使用を禁止する方針を打ち出しました。英国のNHSでは2024年に全廃を完了しています。日本でも2025年10月から使用を完全に中止した医療機関が登場しており、今後その動きは広がっていく見込みです。
| 地域 | 対応状況 |
|---|---|
| EU | 2026年1月より使用禁止 |
| 英国(NHS) | 2024年に全廃完了 |
| 日本(一部施設) | 2025年10月より使用中止 |
デスフルランが使用できなくなる施設が増えれば、当然ながら麻酔管理はセボフルランやプロポフォールへのシフトが加速します。セボフルランにも年齢依存性があり(10歳加齢ごとにMACが7.2%低下)、年齢補正の考え方はどの吸入麻酔薬を使う場合でも共通して適用されます。つまり年齢補正MACの知識は今後も必須です。
デスフルランの廃止が進む現在だからこそ、各薬剤の特性と年齢補正の考え方を正確に把握しておくことが、患者安全と医療の質を守るうえで欠かせない基盤となります。
参考:デスフルランの使用中止と環境問題に関する病院からのお知らせ
麻酔科からのおしらせ ~揮発性吸入麻酔薬「デスフルラン」の使用中止~ – 岩井グループ