バイシリンG顆粒の代替薬として処方したアモキシシリンは、リウマチ熱予防に保険適応がなく、2025年4月以降に請求すると査定される可能性があります。
バイシリンG顆粒40万単位(一般名:ベンジルペニシリンベンザチン水和物顆粒)は、MSD株式会社が製造販売していたペニシリン系経口抗菌薬です。 1981年の発売以来、長年にわたって医療現場で使用されてきましたが、数多くの抗菌薬が市場に登場したことで医療ニーズが減少し、2024年12月を目途に販売中止となることが正式に通知されました。
販売中止の通知は2024年6月にMSD株式会社から発出されました。在庫がなくなり次第の販売終了とされていたため、実際には2024年7月時点ですでに入手困難な状況になっていました。 意外ですね。
本剤の販売中止は今回が初めてではありません。過去にも2018年ごろに原薬の製造工場閉鎖に伴う出荷調整が行われ、一時的に「リウマチ熱の発症予防」用途のみへの使用制限がかかっていた経緯があります。 2019年1月に出荷調整が解除されて安定供給が再開していましたが、今回はついに完全な販売中止という判断が下されたわけです。
参考)https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/news/gakkai/1812_bpbh.pdf
薬価は1gあたり20.6円という非常に安価な薬剤であり、メーカーにとって採算が取りにくい製品でした。 安価であること自体が、製造中止の遠因になっているという点は、医療従事者として知っておくべき現実です。
保険請求において最も注意すべき期限があります。経過措置期間は2024年11月告示〜2025年3月31日までとされており、2025年4月1日以降はバイシリンG顆粒40万単位の保険請求が一切できません。 これは期限があります。
経過措置期間中に余剰在庫を使い切ることを前提に処方を続けると、在庫の偏在や欠品リスクが高まります。 MSD社は急な欠品が生じないよう限定出荷を継続するとしていましたが、現場でのスムーズな移行のためには早期の処方切り替えが現実的な対応でした。つまり、4月以降も使い続けると査定リスクが生じます。
また、本剤は統一商品コード「185806954」として管理されていました。 院内システムのマスタや処方箋の入力画面にこのコードが残っている場合、意図せず処方・請求が行われてしまうリスクがあります。システム管理担当者と連携してコードを削除・無効化する確認を行っておくことが必要です。
参考:MSD株式会社によるバイシリンG顆粒40万単位の販売中止公式通知(供給時期・経過措置期間の詳細)
MSD Connect:「バイシリンG顆粒40万単位」販売中止に関するお知らせ(PDF)
ここが最も重要な問題です。バイシリンG顆粒40万単位は、リウマチ熱の発症予防に対して国内で唯一保険適応を有していた経口医薬品でした。 その薬剤がなくなった今、保険適応のある代替経口薬は国内に存在しません。
代替薬の候補として挙がるのは以下のとおりです。
アモキシシリンを処方する場合、薬理学的にはA群溶連菌への効果が期待できます。 しかしリウマチ熱予防としての保険適応がないため、適応外処方として患者への説明と同意取得(インフォームドコンセント)が求められます。これは必須です。
リウマチ熱の発症自体は日本では稀になりつつありますが、先天性心疾患や弁膜症を有する患者、または過去にリウマチ熱を発症したことがある患者では再発予防の意義は依然として高く、代替薬の選択は慎重さが必要です。
参考)リウマチ熱 - 19. 小児科 - MSDマニュアル プロフ…
今回のバイシリンG顆粒の製造中止は、単独の薬剤の問題ではありません。ペニシリン系抗菌薬の原料(6-アミノペニシラン酸、6-APA)はほぼ100%を中国からの輸入に依存しているという構造的問題があります。
参考)処方箋の裏側で起きていた危機——ペニシリン系抗菌薬、30年ぶ…
この依存度の高さが現実の危機として顕在化したのが2019年です。中国の製造トラブルによってセファゾリンの供給が長期間途絶え、全国の医療機関で手術延期が相次ぎました。 厳しいところですね。バイシリンG顆粒も2018年の出荷調整の発端は、原薬製造工場の閉鎖でした。kansensho.or+1
この状況に対応するため、Meiji Seikaファルマが約550億円の政府支援を受け、岐阜工場で約30年ぶりにペニシリン原薬の国内生産を2025年12月から再開するプロジェクトが進んでいます。 ただし、国産化した場合の最終製品コストは3〜5倍になる試算であり、薬価制度との整合性という新たな課題も生じています。
医療現場で「薬がない」という状況に直面したとき、その背後にある地政学的リスクやサプライチェーンの脆弱性を理解することは、患者への説明や代替策の立案においても重要な視点です。
参考:ペニシリン系抗菌薬の原料100%中国依存問題と30年ぶりの国産化再開について
薬局DXニュース:処方箋の裏側で起きていた危機——ペニシリン系抗菌薬、30年ぶりの国内生産再開が薬局に問いかけるもの
医薬品の突然の供給停止は、今後も繰り返し起こりうるリスクです。後発医薬品メーカーの撤退や原薬コストの高騰を背景に、製造中止を選ぶメーカーは増加傾向にあります。 円安の影響で輸入原薬コストが膨らんでいる現状では、薬価の低い製品ほど製造継続が難しくなります。これが基本です。
院内の抗菌薬在庫管理において実践できる具体的な対応は以下のとおりです。
AMR(薬剤耐性)対策の観点からも、供給制約があるからこそ抗菌薬の適正使用を推進する機会と捉えることができます。 不必要な処方を減らし、本当に必要な患者に確実に薬が届くよう管理する体制を整えておくことが、医療チーム全体に求められます。
岐阜病院の院外処方停止とバイシリンG顆粒の取り扱い変更事例は、院内での処方オーダ停止手順を検討する際の参考になります。
岐阜県総合医療センター:バイシリンG顆粒40万単位の院外処方オーダ停止に関する通知(PDF)
また、溶連菌感染症における代替抗菌薬の選択については、薬剤師向けの以下の解説も参考になります。
m3.com薬剤師:【溶連菌に対応】抗菌薬不足のときの代替&推奨薬剤の選び方