アンチセンス核酸は「副作用が少ない夢の薬」と思っていませんか?実は髄腔内投与後に重度の下肢麻痺が起きた患者報告が複数あり、安全性の課題は今も解決途中です。
薬と聞いて多くの人がイメージするのは、錠剤や注射で投与される「低分子化合物」でしょう。あるいは近年よく耳にするようになった抗体医薬品かもしれません。アンチセンス核酸治療薬(ASO:Antisense Oligonucleotide)は、これらとは根本的に異なる「第三の創薬」として位置付けられています。
低分子薬の主な標的は「タンパク質」です。つまり、すでに作られてしまった問題のあるタンパク質に結合して働きを止めるアプローチです。一方、ASOはその一段階手前、タンパク質の設計図にあたるmRNA(メッセンジャーRNA)に直接結合します。設計図の段階で動きを止めることで、有害なタンパク質がそもそも作られない状態を作り出します。これは「工場の設計図を封印する」ようなイメージです。
| 種類 | 標的 | 分子量目安 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| 低分子薬 | タンパク質 | 500以下 | 経口投与可能・既存疾患向け多数 |
| 抗体医薬 | 細胞外タンパク質 | 約15万 | 高特異性・製造コスト高 |
| アンチセンス核酸(ASO) | mRNA・pre-mRNA | 約6,000〜10,000 | 遺伝子レベルで作用・細胞内に入れる |
抗体医薬は分子量が約15万と大きいため、細胞の中に入ることができません。それに対し、ASOは分子量が約6,000〜10,000(東京タワーの高さを1億nmと例えるなら、ASOは数十nmの超小型分子)ほどの「中分子」に位置づけられ、細胞膜を通過して細胞内の標的に作用できます。これが鍵です。
つまりASOは、これまで「難攻不落」とされてきた細胞内の遺伝子関連標的にアプローチできる点で、他の医薬品モダリティとは一線を画しています。標的が明確な場合、遺伝子配列情報さえあれば数ヶ月単位でASOを設計できるという点も大きな魅力です。従来の低分子創薬では数年かかる薬の設計が、核酸医薬では格段に短縮されます。これは使えそうです。
参考:核酸医薬の種類・メカニズムの解説(神戸医療産業都市推進機構)
https://www.fbri-kobe.org/kbic/citizen/glossary/term01.html
ASOの作用機序は、大きく2つのタイプに分けられます。これは承認薬を理解するうえで非常に重要なポイントです。
① RNaseH依存型(遺伝子発現の抑制)
ASOが標的のmRNAに結合すると、細胞内に存在するRNaseHという酵素がその二本鎖構造を認識し、mRNAを切断・分解します。ASOそのものは分解されずに残り、繰り返し働くことができます。これが「触媒的」に機能するため、少ない量でも高い薬効が期待できます。遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシスの治療薬「イノテルセン」や、ALSのトフェルセン(クアルソディ)がこのタイプに該当します。
② スプライシング制御型(mRNAの読み方を修正)
遺伝子が正常に機能するためには、pre-mRNAが「スプライシング」という過程を経て成熟mRNAになる必要があります。特定の遺伝子疾患では、このスプライシングに異常があることで必要なタンパク質が作られなかったり、異常なタンパク質が産生されたりします。スプライシング制御型ASOはpre-mRNAに結合し、スプライシングのパターンを修正することで正常なタンパク質の産生を回復させます。
脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬として2017年に日本で承認された「スピンラザ(ヌシネルセン)」はこのタイプの代表例です。SMAはSMN1遺伝子の変異によりSMNタンパク質が不足する疾患ですが、スピンラザはSMN2遺伝子のスプライシングを修正してSMNタンパク質の産生量を増やします。スプライシング制御が原則です。
この2タイプの違いは「問題のあるタンパク質を止める」のか「不足しているタンパク質を増やす」のか、という発想の違いでもあります。意外ですね。
参考:アンチセンス核酸の化学修飾と承認薬の解説(med-seeker.com)
https://med-seeker.com/2022/04/17/antisense_chem_rnaseh_approval/
ASOは理論的には優れた薬の概念を持っていますが、体内に入るとすぐに課題に直面します。人間の体には、外来の核酸を分解する「ヌクレアーゼ」という酵素が多数備わっているからです。これは生体防御の仕組みであり、ASOは自然のままでは数分〜数時間で分解されてしまいます。生体内での安定性が条件です。
この問題を解決するために開発されたのが「化学修飾」の技術です。世代ごとの進化をまとめると以下のようになります。
現在主流なのは、ASOの両端(ウイング部)に第2世代修飾を入れ、中央(ギャップ部)にPS修飾のみを残す「ギャップマー型」という設計です。中央部でRNaseHによる切断機能を保ちつつ、ウイングで安定性と標的親和性を高めるという「ハイブリッド設計」です。まさにASOならではの精巧な分子設計です。
この技術の積み重ねにより、今では多くのASOが週1回〜月1回の投与で十分な効果を発揮できるようになっています。たとえばスピンラザは、維持投与として4ヶ月に1回の髄腔内注射で継続的な効果が得られます。
参考:アンチセンス核酸の化学修飾・世代別解説(国立医薬品食品衛生研究所)
https://www.nihs.go.jp/mtgt/section2/2019-PMDR,50,1,12-22.pdf
アンチセンス核酸の理論が最初に発表されたのは1970年代のことですが、世界初の承認薬が登場したのは1998年です。CMV性網膜炎(AIDS患者)向けの「ビトラベン(ホミビルセン)」がそれで、当時は画期的な薬として注目を浴びました。現在は販売中止になっていますが、20年以上前にこれほど先進的な薬が存在したことは驚きです。
その後、承認ペースは長らく緩やかでしたが、2016年以降から急加速しています。2023年11月時点で世界16品目以上の核酸医薬品が承認を受けており、そのうちASOが最多を占めます。日本でも7品目が流通中です。
| 商品名(一般名) | 対象疾患 |
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