3種混合ワクチン(DPT:ジフテリア・百日咳・破傷風)の日本における導入は段階的に進められてきました。日本での予防接種の歴史を紐解くと、まず1949年(昭和24年)にジフテリアトキソイドの予防接種が単独で開始されました。その後、1958年(昭和33年)には百日咳を加えた二種混合ワクチン(DP)が導入され、さらに1964年(昭和39年)からは一部の自治体で三種混合ワクチン(DPT)の接種が始まりました。
この時期は日本の公衆衛生政策が大きく発展した時代であり、感染症対策の重要性が認識されていました。特に小児の感染症予防において、個別のワクチンよりも混合ワクチンを用いることで、接種回数の削減や効率的な免疫獲得が可能になるという利点から、3種混合ワクチンの導入が進められました。
日本の予防接種制度は、予防接種法に基づいて実施されており、当初は集団接種が主流でしたが、徐々に個別接種への移行が進みました。3種混合ワクチンの導入は、この予防接種システムの近代化における重要な一歩でした。
現在でも3種混合ワクチンは重要な位置づけを持っていますが、その役割は時代と共に変化しています。特に四種混合ワクチン(DPT-IPV)や五種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)の導入により、乳幼児期の基礎接種としての役割から、特定の年齢層における追加接種という新たな役割へとシフトしてきています。
3種混合ワクチン(DPT)の標準的な接種スケジュールは、初回接種3回と追加接種1回の合計4回で構成されています。初回接種は20日以上(標準的には3〜8週)の間隔をあけて3回実施し、追加接種は初回接種終了後6ヶ月以上(標準的には12〜18ヶ月)あけて1回接種します。
具体的な接種時期としては、初回接種は生後2ヶ月から1歳未満の間に開始することが推奨されています。そして追加接種については、初回接種の3回目終了後、6ヶ月以上あけて、1歳を超えてから早期に接種することが日本小児科学会から推奨されています。
接種間隔の詳細は以下の通りです。
注意点として、7歳6ヶ月以降に接種する場合は定期接種の対象外となり、全額自己負担の任意接種となります。また、最近では四種混合ワクチン(DPT-IPV)や五種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)が主流となっていますが、これらの接種スケジュールも基本的には3種混合と同様の間隔で行われます。
3種混合ワクチンの接種により、ジフテリア、百日咳、破傷風という3つの重要な感染症に対する免疫を効率的に獲得することができます。これらの疾患はいずれも重篤な合併症をもたらす可能性があるため、推奨されるスケジュールに従った接種が重要です。
近年、3種混合ワクチン(DPT)の位置づけには大きな変化がありました。従来は乳幼児期の基礎接種として使用されていましたが、現在は四種混合ワクチン(DPT-IPV)や五種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)が基礎接種の主流となり、3種混合ワクチンは特定の年齢層における追加接種という新たな役割を担うようになっています。
特筆すべき変更点として、日本小児科学会は2018年8月1日付けで、以下の任意追加接種を推奨するようになりました。
この推奨の背景には、四種混合ワクチンを4回接種完了しても、4〜7歳では百日咳に罹患しないレベルの抗体価保有率が40%以下に低下することが判明したという事実があります。また、実際の臨床現場では小学生を中心に百日咳と診断される子どもが増加していることも影響しています。
特に11〜13歳での三種混合ワクチン追加接種については、従来の二種混合(DT)接種よりもジフテリアトキソイドの量が多くなるため、アレルギー反応のリスクが懸念されていました。しかし、2014年の臨床試験(11〜13歳のDT定期接種対象者に対してDTを222例、三種混合を223例に接種)では、副反応の発生率に有意差が認められず、三種混合接種群でのアレルギー反応も特に増加しなかったことが確認されています。
このような任意接種への変更は、特に以下のような場合に重要性が高いとされています。
任意接種であるため自費(7,700円)となりますが、公衆衛生上の観点からは、特に上記のようなリスク要因がある場合には積極的な検討が推奨されています。
3種混合ワクチン(DPT)接種後に見られる副反応は、一般的なものから稀な重篤なものまで様々です。医療従事者として患者やその家族に適切な情報提供をするためには、これらの副反応とその頻度について正確な知識を持つことが重要です。
一般的な副反応
3種混合ワクチン接種後に見られる一般的な副反応は以下の通りです。
副反応 | 症状 | 発現時期 | 持続期間 |
---|---|---|---|
局所反応 | 腫れ、痛み、発赤 | 接種直後〜数時間後 | 1〜3日 |
発熱 | 37.5度以上の発熱 | 6〜24時間後 | 24〜48時間 |
全身倦怠感 | だるさ、ぐったり | 接種当日〜翌日 | 1〜2日 |
これらの症状は、ワクチンが体内で適切な免疫反応を引き起こしている証拠でもあり、通常は経過観察のみで自然に回復します。保護者に対しては、これらは予測される反応であり、通常は心配する必要がないことを説明することが重要です。
重篤な副反応
非常に稀ではありますが、以下のような重篤な副反応が報告されています。
重篤な副反応 | 発生頻度 | 症状 | 発現時期 |
---|---|---|---|
アナフィラキシー | 100万回接種に1回未満 | 呼吸困難、蕁麻疹、血圧低下 | 接種直後〜数時間以内 |
脳症 | 100万回接種に0.1〜0.3回 | 意識障害、けいれん | 接種後数日以内 |
持続的な激しい泣き声 | やや稀 | 3時間以上の異常な泣き声 | 接種後数時間以内 |
これらの重篤な副反応は非常に稀ですが、発生した場合には速やかな医療的介入が必要です。特にアナフィラキシーショックは緊急対応が必要であり、医療機関では常に対応準備を整えておく必要があります。
安全性の評価
3種混合ワクチンは長年にわたり使用されてきた実績があり、そのリスク・ベネフィット比は十分に検討されています。ジフテリア、百日咳、破傷風という重篤な感染症の予防という利益は、副反応のリスクを大幅に上回ると評価されています。
また、ワクチン接種によって得られる集団免疫は、個人だけでなく社会全体を感染症から守る役割も果たしています。特に百日咳は近年、学童期の子どもを中心に患者数が増加傾向にあるため、適切な時期の追加接種が重要視されています。
予防接種の世界は常に進化しており、より効果的かつ効率的なワクチン開発が進んでいます。3種混合ワクチン(DPT)は長い歴史を持ちますが、その役割は新しい混合ワクチンの登場により変化し続けています。
5種混合ワクチンの登場
2023年3月に5種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)が製造販売承認を取得し、2024年4月1日からは定期接種となりました。これは従来の4種混合ワクチン(DPT-IPV)にヒブ(インフルエンザ菌b型)を加えたものです。
この5種混合ワクチンの導入により、接種回数の削減や医療機関への訪問回数の減少など、保護者の負担軽減や医療リソースの効率的な活用が期待されています。令和6年(2024年)2月以降に生まれた方は、原則として五種混合ワクチンを接種することになっています。
3種混合ワクチンの新たな役割
このような状況の中、3種混合ワクチン(DPT)は以下のような新たな役割を担うようになっています。
特に百日咳の抗体価は年齢とともに低下することが知られており、四種混合ワクチンを4回接種完了しても、4〜7歳での抗体価保有率は40%以下にまで低下します。このため、学童期における百日咳の流行防止や、重症化しやすい乳児への感染予防のためには、適切なタイミングでの3種混合ワクチン追加接種が重要となっています。
今後の課題と展望
予防接種政策における今後の課題としては、以下のような点が挙げられます。
また、日本独自のワクチンスケジュールと海外のスケジュールとの整合性も検討課題となっています。グローバル化が進む中、国際的に共通したワクチン政策の重要性も高まっています。
このように、3種混合ワクチンは単独での役割から、より包括的なワクチン戦略の一部としての役割へと変化しつつあります。医療従事者としては、これらの変化に常に注意を払い、最新の知見と推奨に基づいた適切な情報提供と接種指導を行うことが求められています。
日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの最新情報はこちらで確認できます
将来的には、より多くの疾患に対応した混合ワクチンの開発や、投与経路の改良(経鼻ワクチンなど)、より長期の免疫持続性を持つワクチンの開発なども期待されています。3種混合ワクチンの歴史は、今後も予防接種の発展とともに新たな章が加えられていくでしょう。