医療現場におけるトレーサビリティとは、医薬品や医療機器、医療材料の製造から廃棄までのライフサイクル全体を追跡できる仕組みを指します。この概念は英語の「trace(追跡する)」と「ability(能力)」を組み合わせた造語で、「追跡可能性」を意味しています。
参考)https://blog.rflocus.com/medical-and-traceability/
医療従事者にとってのトレーサビリティは、「いつ、どこで、誰が、何を使ったか」という4つの要素を正確に記録・管理することで実現されます。従来の目視確認による管理から、ICT技術を活用したデジタル管理への転換により、より安全で効率的な医療提供が可能になります。
参考)https://www.mcpc-jp.org/award2020/pdf/2020_02.pdf
現在の医療現場では、注射薬トレーサビリティ、輸血トレーサビリティ、手術器械トレーサビリティ、内視鏡トレーサビリティなど、多様な領域でシステムが導入されており、医療の質と安全性の向上に貢献しています。
トレーサビリティシステムの導入は、医療安全の大幅な向上をもたらします。最も重要な効果は、ヒューマンエラーの防止です。従来の看護師によるダブルチェック体制に加えて、GS1バーコードやRFIDを活用した自動認証システムにより、薬剤の取り違えや投与ミスを防ぐことができます。
東京科学大学病院では、RFIDタグを活用した医療材料管理により、どのロット番号の製品がどの患者にいつ使用されたかを正確に記録し、患者ごとの安全確保を実現しています。このシステムにより、医療材料の不良品やリコールが発生した場合でも、迅速かつ的確に対象製品の特定と回収が可能となります。
参考)https://www.tmd.ac.jp/med/supp/trace.html
市立伊丹病院の事例では、注射薬、輸血、病理組織、医療機器など幅広い領域でトレーサビリティを導入し、複雑なインスリン投薬条件も安全に管理できています。これらの取り組みにより、医療事故のリスクを大幅に削減し、患者満足度の向上にも寄与しています。
医療機関でのトレーサビリティシステム導入は、段階的かつ体系的なアプローチが必要です。まず現状分析と目標設定を行い、現在の製品管理システムの課題を特定し、経営陣の承認と支援を得ることが重要です。
参考)https://yakuji-navi.com/blogs/traceability
導入の第一段階では、システム設計が核心となります。医療機関のニーズに応じて、バーコードやRFIDなどの識別技術を選択し、既存の電子カルテシステムとの連携を考慮した設計を行います。多くの医療機関では、導入責任者(プロジェクトマネージャー)を任命し、役割分担と責任範囲を明確にしています。
参考)https://cmii.jihs.go.jp/med_traceablity/materials/R2-3_barcode_RFID_installation_procedure.pdf
実装段階では、段階的な導入が推奨されます。例えば、注射薬から開始し、徐々に輸血、手術器械、医療材料へと対象を拡大する方法が効果的です。スタッフの教育訓練も並行して実施し、新しいワークフローに慣れるまでのサポート体制を整備することが成功の鍵となります。
医療現場でのトレーサビリティ導入には、いくつかの課題が存在します。最も大きな課題は導入コストの高さです。単純な3点認証システムでも高額な費用がかかるため、多くの医療機関では段階的な導入や、公立病院での電子カルテシステムの共通化などによるコスト削減を検討しています。
技術的な課題としては、内服薬のトレーサビリティ確保があります。注射薬と異なり、内服薬では調剤包装単位(患者使用単位の1錠ずつ)でのGS1バーコード貼付が必要ですが、現在のシート単位のバーコードシステムでは限界があります。この問題を解決するため、製薬メーカーと医療機関の連携による新しい標準化が進められています。
運用面では、スタッフの習熟度向上と継続的な教育が重要な課題です。システム導入初期には業務効率が一時的に低下することがあるため、十分な研修期間と段階的な導入スケジュールを設定し、現場スタッフの負担を最小限に抑える工夫が必要です。
参考)https://www.medicalbear.com/%E3%80%8C%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E2%80%95%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%80%8D%E5%B0%8E%E5%85%A5%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
医療トレーサビリティの分野では、AI、IoT、ブロックチェーンなどの新技術の導入が進展しています。これらの技術により、従来のバーコードやRFIDシステムを超えた、より高度な追跡管理が可能になります。
岡山大学病院では、端末トレーサビリティソリューション「AX SecurityController」を導入し、病院ネットワークに接続するすべての端末の正確な管理を実現しています。このシステムにより、プリンタを含む医療機器の台数把握、接続情報の自動収集、端末移動時の自動追従機能が実装され、経費削減と業務効率化を同時に達成しています。
参考)https://md.reserva.be/dx-knowledge/traceability-system/
将来的には、リアルタイムでの在庫管理、予測分析による需要予測、サプライチェーン全体の最適化など、より包括的なシステムへの発展が期待されています。医療機器トレーサビリティデータバンクの構築により、医療機器の開発・改良支援、医療資源最適化、病院経営最適化支援が実現されることで、日本の医療システム全体のデジタル変革が加速されると予想されます。
参考)https://www.gs1jp.org/assets/img/pdf/%E6%B5%81%E9%80%9A%E3%81%A8%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0176%E5%8F%B7_%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%9B%BD%E9%9A%9B.pdf