テニス肘の初期症状は非常に軽微で見過ごされがちですが、医療従事者として正確な見極めが重要です。初期段階では、肘の外側に軽い違和感を感じる程度から始まり、次第に手を使う動作で痛みが出現するようになります。
初期症状の特徴的なパターン:
特に注目すべきは、手首を手の甲側に反らせる動作(背屈)で痛みが増強される点です。この痛みは、手首を反らす際に働く筋肉が炎症を起こしている外側上顆に付着していることが原因となっています。
診察時には、中指を抵抗に逆らって持ち上げる動作でテーブルの上に置いた手で痛みを確認できます。筋肉の緊張ははっきりと感じられ、炎症が起こっていると、影響を受けた部位の皮膚が腫れたり赤くなったりすることがあります。
初期症状の見極めにおいて重要なのは、患者の職業や日常動作の確認です。パソコンの普及により、従来の調理師や主婦以外にも、デスクワーカーでの発症が増加しています。手首を固定したまま外側にそらす動作が頻繁に行われることが主要な原因となっています。
テニス肘の発症メカニズムを理解することは、適切な治療方針の決定に不可欠です。病態や原因については完全には解明されていませんが、主に短橈側手根伸筋の起始部が肘外側で障害されて生じると考えられています。
主要な発症要因:
短橈側手根伸筋は手首(手関節)を伸ばす働きをしており、この筋肉が過度な負荷を受けることで炎症が生じます。特に40~50歳台の中高年に多く見られるのは、加齢による筋力の衰えと相乗効果で発症することが要因です。
興味深いことに、テニス開始後の発症パターンには特徴があります。初心者の発症率は約4%と低いものの、テニス開始後5年以内で28.2%、20年以上のベテランプレーヤーでは21.7%と高くなります。これは技術向上に伴い、コントロールやスピンを意識した複雑な動作が増えることで、むしろ肘への負担が増大するためと考えられています。
職業性の要因として、重い荷物を運ぶ運搬業、料理人、大工などの手首をよく使う職種での発生が報告されています。近年ではパソコン作業による発症も増加しており、マウス操作やキーボード入力での反復動作が主要な原因となっています。
テニス肘の治療として行われるステロイド注射が原因となって後外側回旋不安定症を引き起こすケースもあり、治療選択には慎重な判断が必要です。
テニス肘の症状進行を正確に把握することは、適切な治療介入のタイミングを決定する上で極めて重要です。症状は徐々に進行することが多く、3つの段階に分類できます。
第I度(初期段階):
第II度(中期段階):
第III度(重症段階):
重症化の兆候として特に注意すべきは、夜間痛の出現です。重症化すると、肘の外側が腫れたり熱を持ったりし、手首や肘を動かすと痛みを感じて日常生活にも支障が出るようになります。さらに放置すると、腱が断裂する可能性もあり、手術が必要になることがあります。
復帰までの期間についても症状の程度により大きく差があります。プロやコーチレベルでは約6週間、アマチュアレベルでは約11.3週間で復帰していますが、テニスを続ける限り完治しない症例も存在し、プロ・コーチ群では36%、アマチュア群で6%が症状を残したままプレーを継続しています。
握力測定では、健側と比較して明らかな低下が認められ、ペットボトルの蓋を開けにくい、パソコン作業でキーボードを打ちづらいといった具体的な機能障害が現れます。
テニス肘の診断において、類似症状を呈する他の疾患との鑑別は非常に重要です。肘の外側が痛くなる病気として、テニス肘以外にも複数の疾患が存在し、適切な鑑別診断なしには治療効果が期待できません。
主要な鑑別疾患:
後外側回旋不安定症:
テニス肘では上から物を掴んで持ち上げる際の痛みが典型的ですが、靭帯損傷では買い物袋を持つ時のように手のひらを上に向けて物を持ち上げる時に痛みます。また椅子から手をついて立ち上がる時などに、関節がずれる・不安定な感じを訴える患者もいます。
橈骨神経管/後骨間神経症候群:
肘の外側には橈骨神経が通っており、神経の刺激で肘の外側が痛くなることがあります。しびれや筋力麻痺が発生することは少なく、テニス肘との区別が難しい病気ですが、テニス肘よりやや離れた場所に痛みが出現します。
滑膜ひだ症候群:
上腕骨と橈骨の間にある滑膜ひだが使いすぎやケガなどで炎症を起こすと分厚くなり、痛みや引っかかり感を出すことがあります。関節のクッションの役割をする構造の炎症による症状です。
内反肘:
子供の時の肘の骨折が原因で成長に伴い肘が変形し、スポーツや仕事がきっかけとなって痛みが出現する場合があります。見た目の変形を伴うことが多く、放置すると靭帯も緩んで手術が必要となることもあります。
鑑別診断には詳細な病歴聴取と理学所見の評価が不可欠です。特に圧痛点の位置、痛みが誘発される動作の違い、関節の安定性などを慎重に評価する必要があります。
医療従事者として、テニス肘の予防指導と早期対応は患者の長期的な機能維持において極めて重要な役割を果たします。特に中高年患者における予防的アプローチは、重症化を防ぐ上で不可欠です。
効果的な予防戦略:
ストレッチング指導:
筋肉や腱をほぐすことで肘の可動域が広がり、外側上顆にかかるストレスを軽減できます。手首のストレッチでは、腕を下に向けて伸ばし、肘を外側に回して手のひらを後ろ側に向け、手首を手のひら側に曲げる方法が効果的です。
職業指導とエルゴノミクス:
パソコン作業者には、手首を固定したまま外側にそらす動作を避ける指導が重要です。マウスの位置調整、キーボードの高さ設定、定期的な休憩の取り方などの具体的な指導を行います。
スポーツ指導:
テニス愛好家には、正しいフォームの習得、適切なラケット選択、スイートスポットでの打球を指導します。バックハンドストロークは両手打ちを推奨し、ラケットは自分の体力や技量に合ったものを選択するよう助言します。
早期対応のポイント:
症状の第I度段階での早期介入が重要で、この段階では保存療法で十分な効果が期待できます。安静指導、ストレッチング、必要に応じた消炎鎮痛剤の使用が基本となります。
患者教育の重要性:
テニス肘は慢性化しやすい疾患であることを患者に十分説明し、長期的な管理の必要性を理解してもらうことが重要です。症状が改善したからといって急激に活動レベルを上げることの危険性についても指導します。
医療従事者として、単に症状の治療だけでなく、患者のライフスタイル全体を考慮した包括的なアプローチが求められます。特に職業性の要因が強い場合は、職場環境の改善についても具体的な提案を行う必要があります。