創薬ターゲット枯渇が招く新薬開発の危機と突破口

創薬ターゲット枯渇が医療現場と患者に与えるリアルな影響

「治験中の候補化合物の97%以上は承認に至らず、あなたが処方する新薬の選択肢は今後10年で激減するかもしれません。」


この記事の3つのポイント
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枯渇の実態

現在の承認済み創薬ターゲットは約500種類。ヒトのタンパク質約2万種類のうちわずか2.5%しか活用されておらず、シンプルなターゲットは開発し尽くされた。

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深刻化する開発コスト

新薬1剤あたりの研究開発費は年々増加し、現在は数千億円規模に達している。成功確率は2000年代初頭の1/3,000前後から、2015年以降は1/22,000台にまで低下した。

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突破口となる新技術

AI(AlphaFold等)、PDD(フェノティピックドラッグディスカバリー)、PROTAC(タンパク質分解誘導)など、枯渇問題を回避する創薬手法が急速に実用化されつつある。


創薬ターゲット枯渇とは何か──低分子医薬品が直面する根本的な限界

「創薬ターゲットの枯渇」とは、医薬品が作用するタンパク質・受容体・酵素などの標的分子(ターゲット)のうち、低分子化合物で狙いやすいものが出尽くしてしまった状態を指します。わかりやすく言えば、「薬が働きかける鍵穴がほぼ埋まってしまっている」状況です。


現在、承認を受けた低分子医薬品が作用するターゲットは約500種類と推定されています。一方、ヒトゲノム解析が進んだことで、体内に存在するタンパク質は約2万種類あることが明らかになっています。つまり使われているのは全体の2.5%にすぎません。数字だけ見れば「まだ97.5%が残っている」と思われるかもしれません。しかし現実はそう単純ではないのです。


残りの97.5%の多くは、「undruggable(創薬困難)」と呼ばれる標的です。平らな表面しか持たないタンパク質や、構造が動的に変化するタンパク質など、低分子化合物が結合する「ポケット(活性部位)」を形成しにくいものが大多数を占めます。結合部位がなければ、従来の低分子薬ではアプローチそのものができません。


標的の変化はもう一方向からも起きています。高血圧や高コレステロールなど、明確な標的タンパク質があり、かつ患者数も多い領域は既に複数の薬が存在します。治療満足度が高く、アンメットメディカルニーズが小さいため、製薬企業が新たに参入する経済的メリットが乏しい状態です。


つまり、創薬ターゲット枯渇が基本です。


  • ✅ 「狙いやすくて」「患者数が多い」ターゲットは既に薬が存在する
  • ✅ 残るターゲットは「構造的に難しい」「希少疾患」など対応困難なものが大半
  • ✅ そのためシンプルな既存手法では新薬の種(シーズ)が出にくい


この構造的な袋小路こそが、製薬業界全体の研究開発生産性低下の根本にある問題です。医療従事者にとっても、将来の治療選択肢に影響する切実な問題といえます。


参考リンク(創薬ターゲット枯渇の構造的背景について、日本薬学会の専門家解説)。
変わる創薬、変わらない創薬 ─ Axcelead Drug Discovery Partners 池浦義典氏 | 日本薬学会


創薬ターゲット枯渇が新薬開発コストと成功率に与える数字の衝撃

「枯渇が深刻化している」という表現は抽象的に聞こえますが、数字で見ると話が変わります。野村證券が2025年にまとめたレポート「創薬の100年史と近未来」によれば、2000年代初頭(2000〜2004年)における新薬開発の成功確率(前臨床試験開始から承認まで)は約1/3,213でした。これが2015〜2019年には約1/22,749に落ち込んでいます。確率で言えばざっくり7分の1以下です。


同時に、大手製薬企業(上位7〜10社の平均値)の研究開発費率は、1994年頃の10%台前半から2022年には24%超まで上昇しています。売上の4分の1以上を研究開発に費やしても成功確率は激減しているわけです。これは使えます。


さらに、薬価の観点も重要です。日本では2021年4月に史上初の「薬価毎年改定」が始まりました。対象品目は収載医薬品の69%に相当し、医療費削減効果は4,300億円超とされています。収益が圧縮される一方で開発費は増大──製薬企業が創薬への投資余力を失うサイクルが強まっています。


では、なぜそんなに成功率が下がったのでしょうか?


シンプルなターゲットが使い尽くされた結果、今日の製薬企業が取り組むのはアルツハイマー病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)、突発性肺線維症など、いずれも「病態が複雑で治療薬貢献度がまだ低い領域」に集中しています。これらは標的が多数絡み合う「多因子疾患」であり、単一のターゲットを叩くだけでは効果が出にくい領域です。


厳しいところですね。


医療従事者として知っておくべき重要な背景は「創薬の難易度が上がった分、開発コストは増え、その分が薬価にも反映されやすい」という構造です。高額医療の増加は、病院の処方行動や保険診療の範囲にも直結します。患者への説明や薬剤選択の根拠として、この枯渇問題の理解は臨床にも間接的に影響します。


参考リンク(新薬開発成功確率の低下と研究開発費増加の実数データを含む報告書)。
創薬の100年史と近未来 ─ 日本の創薬力低下と低分子医薬の勝ち筋 | 野村證券フロンティア・リサーチ部(2025)


創薬ターゲット枯渇を打ち破るPDDと新モダリティの台頭

枯渇問題への対応策として近年注目されているのが、「フェノティピックドラッグディスカバリー(PDD)」です。Axcelead Drug Discovery Partners(Axcelead DDP)のCSO・伊井雅幸氏によると、現在同社のスクリーニング業務の約20%をPDDが占めており、製薬企業全体での活用が広がっています。


PDDとはどういうことでしょうか?


従来主流だった「ターゲットベーススクリーニング(TDD)」は、まずターゲット分子を特定し、そこへ結合する化合物を探すアプローチです。これに対しPDDは「ターゲットを決めずに、iPS細胞やスフェロイドで病態を再現した細胞全体の変化を観察する」手法です。要するに標的が不明な状態でも探索できます。


PDDから生まれた承認薬はすでにあります。脊髄性筋萎縮症(SMA)治療薬「エブリスディ(一般名:リスジプラム)」はRNAスプライシングモジュレーター、抗がん剤「レブラミド(一般名:レナリドミド)」はタンパク質分解誘導薬として知られており、いずれも従来のTDDでは発見が困難だったユニークな作用機序を持ちます。


加えて近年、PROTACに代表される「標的タンパク質分解誘導(TPD)」技術も大きな注目を集めています。PROTACとは「Proteolysis Targeting Chimera」の略称で、細胞内のユビキチン・プロテアソームシステムを利用して疾患原因タンパク質を分解・除去する二機能性低分子化合物です。


従来の薬が「タンパク質の機能を阻害する(蓋をする)」とすれば、PROTACは「タンパク質そのものを消し去る(壊す)」イメージです。undruggableな標的にも作用できる可能性があり、阻害剤では対処できなかった耐性変異タンパク質へのアプローチとして臨床試験が進んでいます。


つまり枯渇問題は、モダリティの多様化で出口が見えています。


アプローチ 特徴 代表例
PDD(表現型創薬) ターゲット不要でスクリーニング可能 エブリスディ、レブラミド




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