ピアサポートは、「ピア(peer)」という英語で「仲間」や「対等者」「同僚」を意味する言葉に由来しています。精神障害や疾患など、共通する困難な経験や悩みを抱える人どうしが体験を共有したり、情報を交換し支え合う活動を指します。
医療・支援の現場では、ピアサポートは以下のような形で実施されています。
ピアサポートの最大の特徴は、同じような経験をしている人だからこそ共感できる部分があり、専門家には難しい「感覚的な理解」ができる点にあります。厚生労働省では、ピアサポートを「自ら障害や疾病の経験を持ち、その経験を生かしながら、他の障害や疾病のある障害者のための支援を行うもの」と定義しています。
近年では、ピアサポートの質を確保するために、「精神障がい者ピアサポート専門員養成研修」などの研修制度も整備されてきており、その専門性が認められるようになっています。
精神疾患を持つ人のリカバリー(回復)過程においてピアサポートが果たす役割は大きく、以下のような効果が報告されています。
1. 心理的効果
2. リカバリーへの貢献
精神障害をもつ人のリカバリーにおいて、ピアサポートは「他者との出会いによって固有の人生を生きること」という意味を持ちます。研究によれば、ピアサポートは以下のような変化をもたらします。
これらの効果は、厚生労働省の調査でも「利用者と同じ目線で相談・助言等を行うことで、利用者本人の自立に向けた意欲向上、地域生活を続ける上での不安解消などに効果が高い」と評価されています。
ピアサポーターは単なる「経験者」ではなく、その経験を専門性に高めた支援者として認識されつつあります。2021年4月からは障害福祉サービス等の報酬改定により、ピアサポートの専門性が評価され、報酬のポイントが算定されるようになりました。
ピアサポーターの主な役割。
ピアスタッフの仕事内容は多岐にわたり、働く場所によって異なります。他のスタッフと同じ業務を行うケースもあれば、ピア・カウンセリングや電話相談など当事者同士の特性を活かした業務に特化する場合もあります。
「精神障がい者ピアサポート専門員養成研修」は、基礎研修(2日間)・専門研修(2日間)・フォローアップ研修(2日間)の計6日間で構成され、修了するとピアサポート専門員としての認定を受けることができます。この研修制度の整備により、ピアサポートの質の確保と専門性の向上が図られています。
ピアサポートには多くの利点がある一方で、いくつかの課題や留意点も存在します。
1. ピアサポーター自身への影響
2. サポートの質と限界
3. システム上の課題
これらの課題に対処するためには、以下のような対策が重要です。
厚生労働省の「障害者ピアサポート研修テキスト」では、ピアサポート活動の課題と対策について詳しく解説されています
ピアサポートの効果については、現場での経験的な評価は高いものの、科学的な効果検証については発展途上の段階にあります。コクランレビュー(医療の介入効果に関する系統的レビュー)では、統合失調症などの重篤な精神疾患に対するピアサポートの効果について以下のように報告しています。
検証されている効果。
まだ十分に検証されていない効果。
このレビューでは「非常に限られたデータしか利用できず、データの信頼性や質もとても低かったため、現時点ではピアサポートの効果を支持したり否定したりすることはできない」と結論づけています。
一方、日本での研究では、ピアサポート活動が継続されることによって以下のようなプロセスが生まれることが報告されています。
こうした質的研究の蓄積と並行して、今後は無作為化比較試験(RCT)などによる定量的な効果検証も進めていくことが、ピアサポートの有効性を科学的に確立するために重要となります。
国立精神・神経医療研究センターのサイトでは、ピアサポートの科学的根拠について詳しく解説されています
医療専門職とピアサポーターが協働することで、より包括的で効果的な精神医療・支援が実現できる可能性があります。両者の強みを活かした協働の未来像を考えてみましょう。
1. 相互補完的な支援モデルの構築
医療専門職は科学的知識と技術を提供し、ピアサポーターは経験に基づく共感と理解を提供するという、それぞれの強みを活かした支援モデルが広がっていくでしょう。この相互補完によって、より全人的なケアが可能になります。
2. 教育・研修における協働
医療専門職の養成課程においても、ピアサポーターが講師として参加し、当事者視点を伝える機会が増えていくことが予想されます。これにより、将来の医療従事者がより当事者中心のケアを学ぶことができるようになります。
3. 研究開発における当事者参画
新しい治療法や支援プログラムの開発過程から当事者が参画する「共同創造(co-production)」の考え方が広がっています。ピアサポーターはその架け橋となり、より実効性の高いケアシステムを構築する一翼を担うようになるでしょう。
4. デジタルヘルスとピアサポートの融合
オンラインプラットフォームやアプリケーションを活用したピアサポートサービスが拡大し、特に若年層や遠隔地の人々へのアクセシビリティが向上することが期待されます。
5. 社会的処方箋としてのピアサポート
医療機関から地域資源へのつなぎとして、ピアサポートグループへの紹介が「社会的処方箋」として制度化される可能性があります。これにより、医療だけでは解決できない社会的孤立などの課題にも対応できるようになります。
医療専門職にとって重要なのは、ピアサポートを「代替医療」ではなく「補完的な支援リソース」として理解し、適切に連携する姿勢です。それぞれの専門性を尊重しつつ、当事者中心のケアを実現するためのパートナーシップを構築することが求められています。
精神障害をもつ人のリカバリーにおけるピアサポートの意味についての研究では、専門職とピアサポートの相補的な関係について詳しく論じられています