上腕骨顆上骨折は、主に3歳から8歳の小児に発生する肘関節外傷で、小児の肘関節周囲骨折の75%を占める最も頻度の高い骨折です。この骨折が小児に圧倒的に多い理由は、解剖学的特徴と受傷機転の両方に関連しています。
解剖学的要因
小児の上腕骨顆上部は成人と比較して以下の特徴があります。
これらの解剖学的特徴により、強い外力が加わった際に顆上部で骨折が生じやすくなります。
受傷機転の詳細
上腕骨顆上骨折の95%以上は「FOOSH(Fallen On OutStretched Hand)」と呼ばれる受傷機転で発生します。具体的な状況は以下の通りです。
分類による受傷機転の違い
上腕骨顆上骨折は骨折の方向により以下に分類されます。
伸展型骨折(95%)
肘関節伸展位で手を着いて転倒し、前方への屈曲力が作用して発生。遠位骨片が後上方に転位するのが特徴。
屈曲型骨折(5%)
肘関節屈曲位で肘を着いて転倒し、過度の屈曲力が作用して発生。比較的稀で、神経血管損傷のリスクが高い。
成人での上腕骨顆上骨折は、交通事故、高所からの転落、近年増加しているスノーボード中の転倒、高齢者では骨粗鬆症に伴う軽微な外傷でも発生することがあります。
上腕骨顆上骨折の初期症状は、骨折の重症度により段階的に現れます。医療従事者は以下の症状を系統的に評価し、重篤な合併症の早期発見に努める必要があります。
基本的な骨折症状
上腕骨顆上骨折の典型的な初期症状は以下の通りです。
特徴的な臨床サイン
パッカーサイン
骨折片が上腕筋を貫通して皮下組織に引っかかり、皮膚に凹みが生じる特徴的なサインです。このサインが認められる場合、骨折の転位が大きく、手術適応となることが多いです。
Hüter三角の変化
正常では肘頭、上腕骨外上顆、内上顆が形成する三角形が保たれていますが、顆上骨折では肘頭が後方に転位してこの関係が崩れます。
重篤な合併症の初期症状
上腕骨顆上骨折では以下の重篤な合併症の初期症状に特に注意が必要です。
神経障害の初期症状。
血管障害の初期症状。
これらの症状は受傷直後から数時間以内に現れることが多く、早急な対応が必要です。特に血管障害が疑われる場合は、フォルクマン拘縮の予防のため緊急手術が必要となります。
上腕骨顆上骨折の診断は、病歴聴取、身体所見、画像診断を組み合わせて行います。特に小児では類似疾患との鑑別が重要であり、適切な診断プロセスが治療方針の決定に直結します。
病歴聴取のポイント
診断において重要な病歴情報は以下の通りです。
身体所見の系統的評価
視診
触診
画像診断
単純X線撮影
上腕骨顆上骨折の診断において最も重要な検査です。以下の撮影法が必要です。
重要な画像所見
鑑別診断
小児の肘外傷では以下の疾患との鑑別が重要です。
肘内障
上腕骨外顆骨折
肘関節脱臼
超音波検査は、軽症例や骨化中心の評価が困難な幼児例で補助診断として有用です。
上腕骨顆上骨折は適切な初期治療が行われない場合、生涯にわたって機能障害をもたらす重篤な合併症を併発する可能性があります。医療従事者はこれらの合併症を理解し、予防と早期発見に努める必要があります。
急性期合併症
神経損傷
上腕骨顆上骨折に伴う神経損傷の頻度は12-16%と報告されており、以下の神経が損傷されやすいです。
神経損傷の多くは一時的なものですが、完全断裂例では外科的修復が必要となることがあります。
血管損傷
上腕動脈の損傷は1-2%の頻度で発生し、以下の所見で疑います。
血管損傷が疑われる場合は、6-8時間以内の血行再建術が必要です。
慢性期合併症
フォルクマン拘縮
前腕筋群の阻血性壊死により生じる最も重篤な合併症で、以下の段階で進行します。
変形治癒による後遺症
内反肘(cubitus varus)
最も頻度の高い合併症で、以下の要因で発生します。
外反肘(cubitus valgus)
内側の成長障害や不適切な整復により発生し、遅発性尺骨神経麻痺の原因となることがあります。
骨化性筋炎
過度の手術操作や不適切な理学療法により前腕筋群に異所性骨化が生じ、肘関節の可動域制限をきたします。
合併症予防のための重要ポイント
合併症予防には以下の点が重要です。
特に血管障害が疑われる症例では、コンパートメント症候群の進行を防ぐため、緊急の外科的介入が必要となることを認識しておく必要があります。
上腕骨顆上骨折の予防は、医療従事者が地域の小児安全対策において果たすべき重要な役割です。単なる外傷治療にとどまらず、予防医学的視点からのアプローチが長期的な小児の健康維持に寄与します。
環境整備による予防策
遊具の安全管理
医療従事者は地域の教育機関や保護者に対し、以下の安全対策を指導する必要があります。
家庭環境での予防
発達段階に応じた運動指導
年齢別の注意点
3-5歳(保育園・幼稚園期)
6-8歳(小学校低学年期)
運動発達促進による予防効果
医療従事者は以下の運動発達促進プログラムを推奨できます。
保護者・教育者への啓発活動
効果的な啓発内容
受傷機転の理解促進
早期受診の重要性
地域連携による包括的予防
多職種連携システム
疫学データの活用
再発防止のための長期フォロー
上腕骨顆上骨折の既往がある小児に対しては、以下の点での継続的指導が重要です。
医療従事者による積極的な予防活動は、単一症例の治療以上に、地域全体の小児の安全と健康に大きく貢献することができます。予防医学的視点を持った継続的な取り組みが、上腕骨顆上骨折の発生率低下と重篤な合併症の予防につながると考えられます。
日本整形外科学会による上腕骨顆上骨折の詳細な解説
https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/supracondylar_fracture.html
日本整形外傷学会による小児上腕骨顆上骨折の専門的解説
https://www.jsfr.jp/ippan/condition/ip30.html