ジアルジア症は、ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)の感染によって引き起こされる下痢性疾患で、世界各地でみられる代表的な原虫感染症です。米国では寄生虫による腸管感染症の中で最も多いものとされ、日本においても海外渡航者下痢症の主要な原因の一つとして重要な位置を占めています。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/diseases/sa/giardia/010/giardia.html
病原体であるランブル鞭毛虫は、感染性の高いシスト(嚢子)と呼ばれる外殻を形成する特性を持っています。このシストは外部環境において極めて強い抵抗性を示し、湖や河川などの淡水で長期間生存可能です。特に重要な点は、通常の塩素消毒では死滅しないという特徴で、これが水道水を介した集団感染の原因となることがあります。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E5%AF%84%E7%94%9F%E8%99%AB%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87-%E8%85%B8%E7%AE%A1%E5%86%85%E5%AF%84%E7%94%9F%E5%8E%9F%E8%99%AB%E3%81%A8%E5%BE%AE%E8%83%9E%E5%AD%90%E8%99%AB/%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2%E7%97%87
ジアルジア症の感染経路は典型的な糞口感染であり、感染者や感染動物の糞便中に排出されたシストで汚染された手指、食物、水を介して経口感染します。感染経路は大きく以下の4つのカテゴリーに分類されます。
参考)https://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/kansen/topics/tp020918.htm
食品媒介感染
氷や生野菜などを介した食品媒介感染は、特に途上国において重要な感染経路です。シストは60℃数分以上の加熱で死滅するため、十分な加熱処理が行われていない食品が感染源となります。生水の摂取も同様に高いリスクを伴います。
参考)https://www.kansensho.or.jp/ref/d27.html
水系感染
汚染された上水道による水系感染は、自治体の上水システムのろ過が不十分であった場合に発生する大規模な集団感染の原因となります。プールや湖での水泳中に汚染された水を飲み込むことでも感染が起こります。
参考)https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/name07.html
直接接触感染
託児所で過ごす小児間での感染や、口と肛門を接触させる性行為による感染が報告されています。大便が口に触れる可能性の高い性行為は特に高リスクとされています。
人獣共通感染
ジアルジアは動物から人に感染する可能性のある人獣共通感染症とされており、犬から人へのジアルジア感染の可能性を示唆する研究も報告されています。野生動物の体内でも生息できるため、自然環境での感染リスクも存在します。
参考)https://www.fpc-pet.co.jp/dog/disease/204
ジアルジア症の感染力を理解するためには、シストの環境での生存性を把握することが重要です。シストは湿った状態で非常に強い抵抗力を示し、適度の湿度があれば比較的長期間生存可能です。
シストの耐性特性として、塩素消毒に対する抵抗性が特筆されます。水道水の標準的な塩素消毒レベルでは死滅しないため、水道水への汚染が問題となることがあります。一方で、乾燥や50℃以上の加熱には弱いという弱点もあります。
シストから栄養型(トロフォゾイト)への変化は感染プロセスの重要な段階です。感染したシストは胃を通過後に速やかに脱シストして栄養型となり、消化管上皮に付着します。その後、消化管上皮で分裂し(無性生殖)、再度シストとなって糞便中に排泄されるという感染サイクルを形成します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/09/dl/s0904-4e5.pdf
感染に必要なシスト数は比較的少なく、10個程度のシストでも感染が成立するとされています。この低い感染閾値が、ジアルジア症の高い感染力を説明する要因の一つです。
ジアルジア症は世界的に分布する感染症ですが、特定の地域や集団で発生頻度が高いことが知られています。疫学的な特徴を理解することは、感染リスクの評価と予防対策の立案において重要です。
地理的分布
世界中に広く分布しますが、衛生状態の悪い地域で多発する傾向があります。南アジア、東南アジア、北アフリカ、カリブ海、南アメリカなどの低所得国への渡航が感染のリスクファクターとされており、これらの地域では10歳以下の小児のほぼ全員に感染しているとの報告もあります。
国内の発生状況
日本国内では2018年まで年間70件程度が報告されていましたが、2019年以降は30件前後に減少しています。輸入感染症としての側面が強い一方で、国内感染例も存在することが報告されています。
高リスク集団
以下の集団で特に感染リスクが高いとされています。
季節性パターン
海外旅行者下痢症の一疾患として、夏季の海外渡航増加に伴って報告数が増える傾向があります。また、水系感染の場合は梅雨から夏季にかけて発生リスクが高まります。
医療従事者として患者や家族への適切な予防指導を行うことは、ジアルジア症の拡大防止において重要な役割を果たします。予防接種や予防薬が存在しないため、行動による予防が主体となります。
飲食物の安全性確保
安全ではない生水の摂取を避けることが最も重要な予防策です。特に海外渡航者に対しては、水道水であっても煮沸または適切な浄水処理を行った水の使用を推奨する必要があります。氷の使用についても、その製造過程が不明な場合は避けるよう指導します。
生野菜や加熱不十分な食品の摂取リスクについても十分な説明が必要です。60℃数分以上の加熱でシストは死滅するため、十分な加熱処理の重要性を強調します。
個人衛生管理
手洗いの徹底は基本的かつ効果的な予防策です。特に食事前、動物との接触後、排便後の手洗いを確実に実行するよう指導します。アルコール系手指消毒剤よりも石鹸を用いた物理的洗浄がより効果的とされています。
リスク行動の回避
大便が口に触れる可能性のある性行為を避けること、水泳時に水を飲まないよう注意することなど、具体的なリスク回避行動について説明します。
環境管理
託児所や介護施設などの集団生活施設では、感染者の早期発見と適切な隔離、環境の消毒が重要です。通常の塩素消毒では不十分なため、物理的な清拭と十分な乾燥を組み合わせた環境管理が必要です。
患者教育における注意点
感染者に対しては、症状改善後も一定期間シストの排出が続く可能性があることを説明し、適切な衛生管理の継続を指導します。また、家族内感染を防ぐための具体的な対策についても詳しく説明する必要があります。