治療が終わったあとも、心臓の副作用は10年以上たってから出ることがあります。
エピルビシンを含むEC療法(エピルビシン+シクロフォスファミド)を受けることになったとき、多くの方がまず「副作用はいつ、どんなふうに出るのか」を心配します。副作用の種類も多く、全部が同時に来るのではないかと不安を感じるのは自然なことです。しかし実際には、副作用ごとに出現しやすい時期はある程度決まっており、それを知っておくだけで、心の準備とケアの準備が整います。
EC療法は一般的に3週間を1コースとして繰り返します。1コースの中でも副作用の波には山があり、以下のように時期が分かれています。
| 出現時期 | 主な副作用 |
|---|---|
| 投与当日〜2日目 | 吐き気・嘔吐、尿の赤変、アレルギー反応(まれ) |
| 2〜4日目 | 口内炎(早期)、だるさ・倦怠感、血管痛 |
| 1週間目前後 | 白血球減少(感染リスク上昇)、口内炎、便秘・下痢 |
| 1〜2週間目 | 好中球が最低値に。発熱に最も注意が必要な時期 |
| 2〜3週間目 | 脱毛が目立ち始める、貧血(赤血球減少) |
| 3〜4週間目 | 血液数値が徐々に回復。次のコースへ向けて体力回復期 |
つまり「いつ、何の副作用が来やすいか」を週単位で知っておくことが基本です。
また、「副作用が出ることは薬が効いている証拠」とよく言われますが、これは医学的には正確ではありません。副作用の強さと抗腫瘍効果は必ずしも比例せず、副作用が出なかったからといって薬が効いていないわけでもありませんし、強く出たからといって必ず効果が高いわけでもありません。この誤解が、副作用を我慢しすぎる原因になりやすいので注意が必要です。
国立がん研究センター中央病院(乳腺科・腫瘍内科)による「CEF療法の手引き」では、副作用の種類と対処法が詳しく解説されています。
エピルビシンを含む抗がん剤の中でも、吐き気が出やすい部類に入ります。吐き気・嘔吐には大きく分けて3つのパターンがあります。これが意外と知られていない点です。
1つ目は「急性嘔吐」で、投与当日から24時間以内に現れます。2つ目は「遅発性嘔吐」で、投与終了後24時間〜7日目(特に2〜5日目)に起こります。3つ目は「予期性嘔吐」で、次の点滴を前にして気分が悪くなるパターンです。
多くの方が見落としがちなのが遅発性嘔吐です。「当日は大丈夫だったから吐き気は出ないのかも」と油断した2〜3日後にやってきます。これは要注意です。
現在は吐き気止め薬が大変発達しており、投与前日または当日からアプレピタント(商品名:イメンド)125mgを服用し、投与翌日から2日間は80mgを服用、さらにデキサメサゾン(デカドロン)を翌日から3日間飲むことで、遅発性嘔吐まで予防するプロトコルが標準化されています。
吐き気が出たときは「我慢する」ではなく、あらかじめ処方されている頓服(プリンペランなど)を早めに使うのが正解です。吐き気止めの使用に抵抗を感じる方もいますが、早めに使うほど症状が悪化しにくく、食事や水分がとりやすくなります。
なお、食事がとれない場合でも内服薬は少し多めの水で飲めばOKです。食事のために無理して食べる必要はありません。
吐き気で水分が一切取れない状態が続く場合は、我慢せず病院に連絡することが原則です。
骨髄抑制はエピルビシン治療における最も重要な副作用のひとつです。骨髄は血液細胞(白血球・赤血球・血小板)をつくる工場のような場所ですが、エピルビシンはがん細胞だけでなくこの工場にも影響を与えます。
好中球(白血球の一種)の数は、一般的に投与後1〜2週間で最も低い値(最低値=ナdir/ナジール)に達します。14日目前後が最も感染リスクの高い時期です。その後3〜4週間かけて徐々に回復していきます。
好中球が低い時期は免疫の盾が薄くなっている状態で、普通の人なら大したことのない細菌でも体の中で増殖してしまいます。38℃以上の発熱が続く場合は「発熱性好中球減少症(FN)」の可能性があり、これは感染が重症化している合図なので、すぐに病院に連絡することが必要です。
一方で、発熱さえなければ好中球が減っている期間でも過度に行動制限する必要はなく、買い物や散歩は基本的に問題ありません。手洗い・うがい・マスクの徹底が最も現実的な対策です。
また、白血球を増やす注射薬「ペグフィルグラスチム(ジーラスタ)」を投与後24時間以降に皮下注射することで、好中球減少期間を短縮し、感染リスクを大きく下げることができます。これは現在のEC療法では多くの施設で予防的に使用されています。
市販の風邪薬は、好中球が減少しているタイミング(投与後約7日以降)には控えることが推奨されています。解熱剤により熱が隠れてしまうと、抗菌薬を飲むタイミングが遅れる危険があるためです。投与後7日目を超えたら、発熱したらまず病院へ連絡が条件です。
脱毛は多くの患者さんにとって、精神的なダメージが大きい副作用のひとつです。エピルビシンは脱毛が起こりやすい薬で、ほとんどのケースで脱毛が生じると考えておく必要があります。
脱毛が始まる時期は、投与後2〜3週間ごろからです。はじめに頭皮がピリピリとした感覚やかゆみを感じ始め、その後抜け毛が加速します。頭髪だけでなく、眉毛・まつ毛・体毛・陰毛も同様に影響を受けることがあります。
脱毛は薬の効果の裏側として起きるものであり、現時点では完全に予防できる方法はありません。これは厳しいところですね。
ただし、回復のスケジュールははっきりしています。治療終了後2〜3ヶ月で再び髪が生え始め、3〜6ヶ月でかなり戻ってきます。治療前と毛質が違う(カールが強くなるなど)と感じる方もいますが、1〜2年ほどで元の髪質に近づいていく場合がほとんどです。
準備として、抜け毛が始まる前に髪を短くカットしておくと、抜けたときのショックが和らぎやすいです。ウィッグ(かつら)は医療用のものが充実しており、保険適用外ですが自治体によっては補助金制度があります。住んでいる市区町村の医療費助成制度を一度調べてみることをおすすめします。
頭皮のケアとしては、刺激の少ないシャンプーを使い、直射日光を避けるために帽子着用が推奨されています。脱毛中の頭皮は敏感になっているため、ゴシゴシ洗いは避けてやさしくケアするのが基本です。
脱毛の予防や緩和については、乳がん学会のガイドラインに最新情報が掲載されています。
日本乳癌学会 乳がんガイドライン – 抗がん薬の副作用とその予防法(Q48)
エピルビシンが含まれるアントラサイクリン系薬の副作用の中で、特に見落とされがちかつ深刻なのが「心毒性(心臓への影響)」です。意外ですね。
心毒性には3つの発現パターンがあります。
日本循環器学会の心エコー検査ガイダンスによると、アントラサイクリン系薬による心機能障害の約98%は投与後1年以内に発症し、平均して投与開始から3.5ヶ月で発症すると報告されています。しかし慢性型は最長で10年以上後に現れることもあり、「治療が終わったからもう安心」とはならないのが現実です。
エピルビシンの累積投与量は原則として900mg/m²が上限とされています。この上限を超えなくても心毒性が出るケースがあり、逆に1,000mg/m²以上でも心毒性が現れない例もあります。個人差が極めて大きいということです。
65歳を超える患者では、それ以下の患者よりも発症率が2倍以上高くなるという報告もあります。また、女性の方が男性よりも心機能障害が出やすい傾向があります。高血圧・糖尿病・腎不全などの基礎疾患があると、さらにリスクが高まります。
慢性心毒性の怖いところは、初期段階では自覚症状がほとんどないという点です。心臓の拡張機能から先に障害が始まり、その段階では心拍出量がほとんど変わらないため、息苦しさやむくみなどの症状が出た時点では、すでに心筋障害がかなり進行していることがあります。
だからこそ、治療中はもちろん、治療終了後も定期的に心エコー検査(特に心筋ストレイン測定)や血液中のトロポニン、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の測定を続けることが強く推奨されています。息苦しさ・動悸・足のむくみ・急な体重増加を感じた場合は、早めに主治医に相談することが心毒性の早期発見につながります。
アントラサイクリン系薬の心毒性メカニズムと心臓保護薬の研究については、以下の論文が詳しく解説しています。