部門別の赤字を把握しながら、なぜか「外来部門」の縮小より「病棟の増床」で損失が拡大するケースがあります。
セグメント分析とは、財務書類の情報をもとに、施設・事業・部門といったより細かい単位(セグメント)で財務書類を作成し、コストや収益を分析する手法です 。民間企業の連結財務諸表で用いられるセグメント情報とは異なり、公会計のセグメント分析は、主に地方公共団体や公立病院など「公的主体」が対象になります 。soumu.go+1
医療機関の文脈では、手術部・外来・病棟・中央診療部門などを「セグメント」として設定し、それぞれの行政コスト計算書や貸借対照表を作成します 。部門ごとの損益がひと目でわかる状態を作ることが目的です。
参考)https://www.soumu.go.jp/main_content/000630959.pdf
公立病院や自治体病院では、全体の財務書類だけでは「どの部門が黒字でどの部門が赤字か」が見えません。つまり全体では黒字でも、特定部門が深刻な赤字を抱えているケースがあります。セグメント分析が必要な理由はここにあります。
総務省の研究会では、セグメント設定の単位として「施設」「事業」「組織」の3種類が例示されており、各団体の目的に応じて設定することが推奨されています 。設定単位の選択が分析精度を左右します。
自院の課題が「施設の老朽化コスト」なのか「診療科ごとの採算性」なのかによって、どのセグメント設定を選ぶかが変わります。まず目的を明確にしてから設定に進むことが基本です。
参考:総務省による施設別セグメント分析の考え方と作成手順
総務省「施設別セグメント分析の促進について」
セグメント分析で明らかになるのは、人件費・物件費・減価償却費といった費用だけではありません。固定資産台帳と連動することで、建物の資産価値や将来の更新コストまで把握できます 。これは従来の損益計算書では見えなかった情報です。
医療経済実態調査によれば、2024年度の病院の医業利益は100床当たりで「マイナス1億8044万円」と、前年度からさらに赤字が拡大しています 。経常収支でも一般病院は「マイナス3.7%」と悪化が止まりません 。赤字の規模は無視できません。
参考)2023→24年度にかけて病院経営はさらに悪化、医業「赤字」…
こうした全体数字の裏に、どの部門が損失を引っ張っているかを可視化するのがセグメント分析の役割です。熊本県宇城市の事例では、施設別のセグメント分析を行うことで、施設の適正配置や効率的・効果的な管理運営の検討が可能になったことが報告されています 。
セグメント分析で把握できる主な指標は以下のとおりです。
| 指標 | 内容 | 活用場面 |
|---|---|---|
| 行政コスト計算書(セグメント別) | 部門・施設ごとの費用と収益 | 赤字部門の特定 |
| 貸借対照表(セグメント別) | 資産・負債の部門別状況 | 資産の偏在把握 |
| 単位当たりコスト | 患者1人・床1床あたりのコスト | 施設間比較・効率化判断 |
| フルコスト情報 | 按分を含む全費用 | 診療報酬との乖離確認 |
特に「単位当たりコスト」の算出は、非財務情報(患者数・稼働率・貸出冊数など)との組み合わせで初めて意味を持ちます 。数字だけでなく、現場の実態と照らし合わせることが重要です。
参考)https://www.soumu.go.jp/main_content/000885121.pdf
セグメント分析で最も難しいのが、共通費をどのセグメントに「按分」するかという配賦基準の設定です。延床面積・職員数・収益比率など複数の基準があり、選び方によって各部門の損益が大きく変わります 。ここが実務のポイントです。
熊本大学病院では2000年から部門別損益計算を実施しており、原価の按分を「年次→月次→病院→部局→部門→診療科→入院→外来→月次→日次→診療科→患者」の順で段階的に行うシステムを構築しています 。段階的な按分が精度を高める鍵です。
医療機関でよくある配賦の落とし穴は以下の3点です。
DPC対象病院群の調査では、部門別損益計算を実施してその結果を部門長の業績評価に活用している病院医療法人群は、医業利益率に有意にプラスの効果があることが確認されています 。つまり、正確な配賦基準の設定が経営改善に直結します。
参考)https://www.jbaudit.go.jp/koryu/study/mag/pdf/j60d03.pdf
按分基準に迷った場合は、総務省が公表している「地方公会計の推進に関する研究会報告書」に具体的な作成例が掲載されているため、まず参照することをおすすめします。
参考:DPC病院の部門別損益管理と採算性の関係に関する研究
「部門別損益計算・管理と病院経営成果の関係」(会計検査研究)
総務省が推進する地方公会計の整備により、財務書類の作成自体は多くの自治体・公立病院で完了しつつあります。しかし実態として、財務書類の作成過程でセグメント単位の情報を紐づけていない団体が多数存在します 。書類はあっても分析に使えていない状態です。
この問題の原因は、予算科目と施設・部門情報が連動していないことにあります。決算後にセグメント別に情報を集計しようとすると、膨大な追加作業が発生し、翌年度の予算編成に間に合わないというジレンマが生じます 。時間的制約が普及の最大の壁です。
この障壁を乗り越えた熊本県宇城市の取り組みは参考になります。宇城市では以下のような仕組みを構築しました 。
この仕組みにより、決算後の追加集計作業を大幅に削減し、予算編成段階でセグメント別コストを比較できるようになりました 。これは使えそうです。
医療機関でも同様のアプローチが有効です。電子カルテや医事会計システムに診療科コードや施設コードを付与し、財務会計システムと連動させることで、リアルタイムのセグメント別損益管理が実現できます。既存システムとの連携確認が最初の一歩になります。
参考:公会計情報を活用した予算編成とセグメント分析の取組み詳細
ここが最も重要な視点です。セグメント分析の結果は、会計担当者や経営企画部門だけでなく、現場の医療従事者が活用することで初めて意味を持ちます。経営データは「経営者のもの」という思い込みが、改善スピードを遅らせています。
具体的には、診療科長・看護師長・部門責任者が「自部門の単位当たりコスト」と「稼働率」を月次で確認する体制を作ることが重要です。1床あたりの月次コストが30万円を超えている病棟と、20万円台に収まっている病棟では、スタッフ配置や在院日数の管理方法に明確な差があります。この差を可視化することが改善の出発点です。
医療従事者がセグメントデータを使って実践できる改善アクションは以下のとおりです。
四病院団体協議会の最終報告によれば、2024年度の経常赤字病院割合は65.6%に達しています 。赤字病院は珍しくありません。しかし部門別に見ると、黒字部門と赤字部門が同一病院内に混在していることがほとんどです。
セグメント分析を活用して黒字部門のリソースを最大化し、赤字部門の構造的原因(人員過多・稼働率低下・高コスト施設)を特定すれば、全体の経常収支を改善できる余地が生まれます。結論は「データを現場に届けること」です。
医療機関向けのセグメント別管理会計ツールや病院原価計算システムは複数のベンダーが提供しており、自院の電子カルテ・医事会計システムとの接続可否を確認することが導入の第一歩になります。まず接続可能なシステムをリスト化することをおすすめします。
参考:病院経営の財務分析指標と改善ポイントの解説
こやの会計事務所「病院経営の財務分析で使う指標と経営改善のためのポイント」
参考:医療機関の部門別損益計算・管理と経営成果の実証研究
会計検査院「公立DPC関連病院群における業務実績及び採算性の経年分析」