本体を自前で買わなくても、1日5万円から世界最高峰の構造解析ができます。
クライオ電子顕微鏡の本体価格は、一般的に2億〜5億円以上の範囲に収まります。中外製薬が2021年に国内製薬企業として初めて自社導入した際のニュースでも、「装置本体だけで約2億5,000万円」と報じられました。これはA4コピー用紙が約1,000万枚買える金額で、研究費としては相当な規模です。
主要メーカーは2社に絞られます。世界シェアの大半を占めるのが米国のサーモフィッシャーサイエンティフィック社(Thermo Fisher Scientific)の「Titan Krios」シリーズと、日本の日本電子株式会社(JEOL)の「CRYO ARM」シリーズです。Titan Kriosは2000年代から世界のスタンダードとして広まり、全世界で200台以上が稼働しています。CRYO ARMは2017年の販売開始以来、冷陰極電界放出型電子銃(cold FEG)などの独自技術で差別化を図ってきました。
本体価格だけで終わらないところが、Cryo-EMの厄介な点です。装置を設置するためには、振動・磁場・温度変化に対応した専用の防振設備が必要です。さらに、液体窒素を定期的に供給するためのインフラ、専任オペレーターの人件費、年間保守費なども積み上がります。こうした周辺コストを含めると、総導入コストは本体価格の1.5〜2倍規模になることも珍しくありません。
つまり自前導入が基本ではありません。医療系研究機関の多くが、装置の購入ではなく「共用施設の利用」という形でアクセスしているのが実態です。
参考:中外製薬による国内初のクライオ電顕装置自社導入のプレスリリース(装置本体の価格・活用目的の詳細が掲載されています)
中外製薬株式会社 ニュースリリース「国内製薬企業で初めてクライオ電子顕微鏡装置を導入」
自前購入が難しい場合でも、国内の複数施設がCryo-EMを外部研究者に開放しています。施設ごとに料金体系が異なるため、用途と予算に合わせた選択が肝心です。
まず、筑波大学クライオ電子顕微鏡施設(2025年4月現在)の料金は以下の通りです。
| メニュー | 単位 | 研究機関向け | 企業向け(年10回以下) |
|---|---|---|---|
| CRYO ARM300II(単粒子解析) | 1日 | 50,000円 | 500,000円 |
| CRYO ARM200(単粒子解析) | 1日 | 50,000円 | 500,000円 |
| CRYO ARM200(microED) | 1日 | 6,000円 | 60,000円 |
| JEM1400(透過型電顕) | 1時間 | 2,500円 | 3,500円 |
| 凍結試料作製装置 | 1時間 | 2,000円 | 3,000円 |
研究機関と企業で最大10倍の差があります。年間11回以上利用する企業は20万円/日まで引き下げられるため、継続利用なら頻度も意識するのが原則です。
次に、理化学研究所の横浜クライオ電子顕微鏡施設(2025年4月改定)では「成果占有」か「成果非占有」かによって料金が変わります。
| メニュー | 単位 | 成果占有 | 成果非占有 |
|---|---|---|---|
| Krios G4(基本測定) | 1日 | 497,200円 | 347,600円 |
| Tecnai Arctica(基本測定) | 1日 | 110,000円 | 62,700円 |
| グリッド作製(オプション1) | 1回 | 66,000円 | 66,000円 |
Krios G4は世界最高水準の装置ですが、成果占有で約50万円/日という数字は高く感じるかもしれません。ただし「世界トップクラスの分解能で1日のデータ量が数TB」という処理効率を考えると、費用対効果の判断基準は変わってきます。意外ですね。
大阪大学・蛋白質研究所でも外部向けのクライオ電顕利用が可能で、国内研究機関(成果非占有)向けには1日あたり4万8,000円〜8万4,000円(技術支援の有無により異なる)という設定になっています。
参考:横浜クライオ電子顕微鏡施設(理化学研究所)の料金一覧(最新料金表が掲載されています)
横浜クライオ電子顕微鏡施設 – 利用料金表(理化学研究所)
コスト面で大きな意味を持つのが、AMED(日本医療研究開発機構)が推進する「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」です。これが使えるかどうかで、研究コストは大きく変わります。
BINDSは、アカデミア研究者が最先端装置を用いた構造解析支援を受けられる国の制度です。クライオ電子顕微鏡による単粒子解析だけでなく、X線結晶構造解析、NMR解析、化合物スクリーニングなどもカバーしています。重要な点は、アカデミア向けの利用では費用が大幅に軽減されるか、実質的に無償で支援が受けられるケースがあることです。
具体的には、東北大学・未来型医療創成センター(INGEM)では、CRYO ARM 300 II(日本電子製、300kVハイエンド機)を用いた構造解析支援をBINDS経由で提供しており、令和3年度の開始以降すでに30件超の支援実績があります。グリッド作製からデータ収集・解析まで一貫したサポートを受けられるため、技術的な習熟コストも省けます。
申請の入口はBINDSの「サポートBINDS(supportbinds.jp)」というワンストップ窓口です。支援コンサルティングを通じて、自分の研究課題に最適な施設や解析手法を選べる仕組みになっています。
日本全体では9施設19台のクライオ電子顕微鏡が共用体制で稼働している、というデータも確認されています。装置が高価だからといって、最初から「使えない」と判断するのは早計です。BINDSの活用から始めるのが鉄則です。
参考:BINDS(創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム)東北大学支援ユニットの技術概要(支援内容・実績・申請方法が掲載されています)
BINDS D8-6 タンパク質クライオ電子顕微鏡構造解析支援(東北大学)
装置利用料の見積もりだけで予算計画を立てると、後で痛い思いをします。Cryo-EMを用いた研究には、測定費用とは別の「データ解析コスト」が必ず発生するからです。
クライオ電子顕微鏡の1回の測定で得られるデータ量は、数百GBから数TB規模になります。これをRELION、cryoSPARC、crYOLOなどの解析ソフトウェアで処理するためには、GPUを搭載した高性能ワークステーションが必要です。
実際の導入例として、2024年に公開された事例では「予算220万円程度で単粒子解析用ワークステーションを構成したい」という要望に対し、以下の構成で参考価格224万8,000円(税込)の提案がなされています。
| パーツ | スペック |
|---|---|
| CPU | AMD Ryzen Threadripper PRO 7965WX(4.20GHz・24コア) |
| メモリ | 256GB ECC REG |
| ストレージ(M.2) | 4TB NVMe SSD(一時記憶用) |
| GPU | NVIDIA GeForce RTX 4090(24GB)×2枚 |
| HDD | 16TB(データ保管用) |
注意点として、RTX 4090を2枚搭載する場合は200V環境が必須になります。研究室の電源環境によっては別途工事費が発生するため、設置場所の確認が事前に必要です。
クラウド解析という選択肢もあります。AWS(Amazon Web Services)のParallel Computing Service(PCS)上でRELIONを動かすことで、ワークステーションを持たずにデータ解析が完結できるようになってきています。ある事例では「計算コスト2,400円」での解析が可能だったと報告されており、スポット利用であればクラウドが圧倒的に低コストなケースも出てきています。これは使えそうです。
参考:クライオ電子顕微鏡単粒子解析用ワークステーションの構成事例と参考価格(詳細スペックが掲載されています)
クライオ電子顕微鏡単粒子解析用ワークステーション 事例No.PC-11515(テグシス)
多くの研究者が利用料金の表面的な数字に目を奪われますが、実は「成果占有か成果非占有か」という契約形態の選択が、研究全体のコスト構造を根本的に変えます。これが意外と見落とされがちな視点です。
成果占有とは、取得したデータや解析結果を自組織が独占できる契約です。競合他社に知られたくない製薬企業の新規化合物スクリーニングや、特許出願前の構造データなどは、当然ながら占有が必要になります。一方、成果非占有は、解析結果を施設側と共有・公開することを前提としており、その分利用料が割安に設定されています。
理研横浜施設の例では、Krios G4の1日利用料金が成果占有49万7,200円に対し、非占有なら34万7,600円と、同じ装置・同じ時間でも約14万円の差があります。月に1回のペースで利用するだけで、年間で168万円近くの差になります。
アカデミア研究者の場合、論文公開を前提とした基礎研究であれば成果非占有を選ぶことで予算を節約しつつ、BINDS支援と組み合わせることでさらに費用を圧縮できます。非占有が条件です。
企業が産学連携として大学との共同研究契約を結んだ上で施設を利用する形も普及しています。この場合、施設によっては共同研究枠という別の料金体系が適用され、成果占有と成果非占有の中間的なコスト感で利用できることもあります。研究目的と知財戦略を整理してから申請する、それが予算の無駄を防ぐ近道です。
| 利用形態 | 主なメリット | 主な条件 |
|---|---|---|
| 成果占有 | データ・結果を独占できる | 高額(施設による) |
| 成果非占有 | 料金が割安 | 成果の共有・公開が前提 |
| BINDS経由(アカデミア) | 支援付きで大幅コスト削減 | アカデミア研究者が対象 |
| 共同研究契約 | 企業でも柔軟な条件設定が可能 | 施設ごとに条件が異なる |

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