空打ちを「とりあえず2単位」で済ませていると、U-300製剤では確認が不十分になり、投与誤差で患者の血糖コントロールが崩れるリスクがあります。
「空打ちは2単位」という認識は、インスリン製剤全般に通用するわけではありません。これが一般的に知られていない落とし穴です。
インスリングラルギンU-100製剤(ランタス®ソロスター)では、メーカー推奨の空打ちは2単位です。 これは、細い針先からインスリンが確実に噴出しているかを肉眼で確認するために必要な最低量とされています。1単位では噴出量が微小すぎて目視確認が難しいケースがあるためです。 med.skk-net(https://med.skk-net.com/useful/med/dm/item/dm-no3.pdf)
一方、インスリングラルギンU-300製剤(ランタスXR®ソロスター)は、3単位での空打ちが推奨されています。 理由はU-300が300単位/mLという3倍濃縮製剤であり、1単位あたりの液量がU-100の3分の1(約0.0033 mL)と非常に少ないためです。2単位では針先からの噴出量が極めて微量となり、目視での確認が不十分になるおそれがあります。 kirishima-mc(https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/04/4499a6ae2ca9952d3a70c63d74443d8b.pdf)
つまり製剤の種類で空打ち単位が変わります。
| 製剤名 | 濃度 | 推奨空打ち単位 | 1本あたりの総単位 |
|---|---|---|---|
| ランタス®ソロスター(U-100) | 100単位/mL | 2単位 | 300単位 |
| ランタスXR®ソロスター(U-300) | 300単位/mL | 3単位(2単位でも可とするメーカー見解もあり) | 450単位 |
| インスリングラルギンBS注ミリオペン「リリー」(U-100相当) | 100単位/mL | 2単位 | 300単位 |
note(https://note.com/pazumaru/n/n03324e12ae8f)
ランタスXRの空打ちについてメーカー(サノフィ)の公式取扱説明書も参照するとよいでしょう。
サノフィ公式:ランタスXR注ソロスター 取扱説明書(空打ち手順・単位の根拠)
空打ちは「毎回注射の前」に実施するのが原則です。 一度のセッション内で使い回すのは手技として推奨されません。 pro.campus(https://pro.campus.sanofi/dam/Portal/EMR-JP/products/lantus-xr/index/PDF/MAT-JP-2008091-20-10-2021.pdf)
ペン型注入器(ソロスター等)での標準的な手順は以下の通りです。 kobe-kishida-clinic(https://kobe-kishida-clinic.com/diabetes/insulin-air-shot-units-procedure/)
medical.lilly(https://medical.lilly.com/jp/answers/71740)
針先から液が出ることを確認できれば完了です。 medical.lilly(https://medical.lilly.com/jp/answers/71739)
重要な注意点として、「空打ちで取り除けない小さな気泡が残っていても投与量には影響しない」ことが確認されています。 微小気泡を完全に取り除こうとして何度もたたいたり、必要以上に空打ちを繰り返す必要はありません。 medical.lilly(https://medical.lilly.com/jp/answers/71738)
空打ちを省略することの臨床的なリスクは、単なる「手順の抜け」ではありません。深刻です。
ペン型注入器では、針を取り付けた直後や新しいカートリッジに交換した直後は、ゴムピストン(ガスケット)が密着するまでピストン棒が移動しません。そのため、初回の注射では設定した単位よりも少ないインスリンしか実際には射出されない現象が起きます。 これは空打ちで事前にピストン棒を密着させることで初めて防げます。 medical.lilly(https://medical.lilly.com/jp/answers/71739)
また、針先が詰まっているケースも実臨床では起こります。その場合、空打ちを省くと投与時に「押し込んだのに打てていない」という事態が発生します。設定単位が0になっているのに気づかないまま注射を終えてしまうリスクがあります。これは危険です。
結果として、血糖値が想定外に高い状態が続き、「インスリン量が不足しているのではないか」という判断に誤って至るケースがあります。実際には空打ち省略による投与量不足であっても、不必要にインスリン増量が検討されてしまう可能性があります。空打ちは手間ではなく安全確認の要です。
参考:インスリングラルギンBS(バイオ後続品)の空打ちに関するメーカーFAQも確認しておくと指導に役立ちます。
日本イーライリリー公式FAQ:インスリングラルギンBS注ミリオペン「リリー」の空打ちの薬液の出方について(医療関係者向け)
「空打ちはもったいない」と感じる患者は少なくありません。この疑問には数字で答えることが、医療従事者の指導力を高めます。
ランタスXR®1本(450単位)の薬価は約1,910円(2026年時点)です。1回あたりの空打ちで3単位を消費すると、1回あたり約12.7円のインスリンが廃棄されることになります。 これをコーヒー1杯に例えれば、30回分の空打ちでコンビニコーヒー1杯分(120円)程度の費用が発生します。 note(https://note.com/pazumaru/n/n03324e12ae8f)
ただし逆算すると、450単位のランタスXRを1日1回30単位で使用した場合、純粋な投与分は30単位×15日=450単位ですが、1日3単位の空打ちロスを加えると実際には(30+3)×約13.6日で消費されます。1本あたり約1〜2日分の差が生じます。処方日数の計算に影響するため、薬剤師・医師が処方本数の目安を患者に伝える際は空打ち分の消費を加味することが重要です。 hoyukai.or(https://www.hoyukai.or.jp/class/files/193.pdf)
この情報を知っているかどうかで処方本数の説明精度が変わります。
| 製剤 | 1回空打ち単位 | 1回あたりコスト | 月間(30回)の損失 |
|---|---|---|---|
| ランタス(U-100) | 2単位 | 約4.2円 | 約126円 |
| ランタスXR(U-300) | 3単位 | 約12.7円 | 約381円 |
note(https://note.com/pazumaru/n/n03324e12ae8f)
患者に「もったいない」と言われたときは「その12円で針の詰まりを早期発見し、1回分の注射ミスを防げる保険料です」と説明すると納得を得やすいです。
空打ちは「液が出たかどうか」の確認が目的ですが、その「確認できた」という判断基準が患者ごとにばらつきがちであることは、あまり指摘されない盲点です。
また、自己注射を始めたばかりの患者は、「空打ちしたつもりが投与量ダイヤルを動かしていなかった」という手技ミスも起こります。空打ちの前にダイヤルが正しい単位(U-100:2単位、U-300:3単位)に設定されているかを確認してからボタンを押す流れを、指導時に反復練習させることが重要です。
確認できたことを毎回記録する習慣も、長期的な血糖管理の安定につながります。
参考として、三和化学研究所のDMトピックスでは空打ちの根拠と2単位の理由が医療者向けにわかりやすくまとめられています。
三和化学研究所 DMトピックスVol.3:インスリン空打ちが2単位である根拠と手技指導の要点