ドラッグ・ラグは、海外で使用されている医薬品が日本で承認され利用できるようになるまでの時間の差を指します 。この問題は医療従事者と患者の双方に深刻な影響を与えており、特に生命を脅かすような疾患において治療薬の選択肢が限られる場合、副作用が強い従来治療を継続せざるを得ない状況が生じています 。
参考)https://www.salesforce.com/jp/blog/jp-drag-rug/
医薬産業政策研究所の調査によると、2022年末時点で国内未承認の医薬品は143品目に上り、そのうち60.1%(86品目)が国内での開発も未着手という深刻な状況です 。特にがんや希少疾患においては、ドラッグ・ラグが患者の予後や生活の質に直接影響を与える重大な問題となっています 。
海外では標準的に使用されている革新的な治療薬が日本で使用できない場合、医療従事者は限られた治療選択肢の中で患者ケアを行わなければならず、これは医療の質の低下につながる可能性があります 。
参考)https://www.38-8931.com/pharma-labo/carrer/skill/druglag_news.php
ドラッグ・ラグは医療経済の観点からも重大な問題を引き起こしています 。効果的で副作用の少ない新薬が使用できない状況では、既存の治療法への依存度が高まり、費用対効果の観点から医療経済的な負担が増加します 。
従来の医薬品は薬価が低くても、得られる治療効果が限定的であるため、薬剤コストに見合う経済的利益が得られないケースが多く見られます 。その結果、再入院や治療期間の延長などによる医療費の増大が懸念されています 。
また、有効な治療を受けるために海外での治療を選択する患者の場合、莫大な医療費に加えて渡航費や時間的コストが発生し、経済的格差による医療アクセスの不平等が拡大するリスクも指摘されています 。これは医療従事者にとっても、患者の経済状況によって提供できる治療選択肢が制限される倫理的なジレンマを生み出しています。
新薬の開発・導入の遅れは、医療従事者が最新の治療法を習得する機会を失わせ、医療技術全体の進歩を妨げる要因となります 。これにより、日本の医療技術や医療教育が海外諸国に比べて後れを取る懸念があります 。
医療従事者にとって、新しい治療法や医薬品に関する知識の更新は継続的な専門性向上において重要な要素です 。しかし、ドラッグ・ラグにより最新の医薬品情報へのアクセスが制限されると、基礎研究から臨床応用、医療現場での技術革新まで、医療発展の全領域にわたって遅延が生じる可能性があります 。
新薬が利用可能になった際も、医療従事者は限られた時間内で新しい治療法を習得し、適切な服薬指導や安全性管理を行う必要があります 。ドラッグ・ラグの解消は、医療従事者の継続的な専門能力開発においても重要な意味を持っています。
ドラッグ・ラグは主に「開発ラグ」と「審査ラグ」の2つの要因によって引き起こされています 。開発ラグは海外での治験開始から日本国内での治験開始までの時間差を指し、審査ラグは新薬の審査プロセスにかかる期間の差を意味します 。
PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の分析によると、令和4年度の開発ラグは0.4年、審査ラグは0年という結果が示されており、近年は審査期間の短縮が大幅に進んでいることが明らかになっています 。しかし、国内未承認薬の60.1%が開発未着手という状況は、企業の日本市場への参入意欲の低下を示唆しています 。
医薬産業政策研究所の調査では、2022年のドラッグ・ラグ期間の中央値は16.4ヶ月まで短縮されており、改善傾向が確認されています 。しかし、2020年末時点では欧米新有効成分含有医薬品の72%程度が国内で未承認という課題も残されています 。
参考)https://www.jpma.or.jp/opir/news/070/05.html
ドラッグ・ラグ解消に向けて、PMDAでは審査員の大幅な増員と審査体制の強化を実施してきました 。2004年には審査部門の人員が154名でしたが、2009年には350名まで増員され、その結果、米国とのドラッグ・ラグは30ヶ月(2004年)から24ヶ月(2009年)に短縮されました 。
参考)https://www.jpma.or.jp/about_medicine/guide/med_qa/q39.html
2015年に導入された先駆け審査指定制度では、画期性のある医薬品や生命に重大な影響がある疾患の新薬について、通常12ヶ月の審査期間を6ヶ月に短縮することを目指しています 。この制度には優先相談、事前評価の充実、優先審査、審査パートナー制度、製造販売後の安全対策充実という5つの柱が設けられています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001392872.pdf
PMDAは2012年から2022年まで世界最速レベルの審査期間を維持しており、審査ラグの解消において大きな成果を上げています 。医療従事者にとって、これらの制度改革により革新的な治療薬へのアクセスが改善されることは、患者ケアの質向上に直結する重要な進展です。