
ワクチン接種済みの犬の尿に直接触れた医療従事者が、レプトスピラ症を発症したケースが報告されています。
レプトスピラ症(Leptospirosis)は、スピロヘータ目レプトスピラ科に属するグラム陰性らせん状細菌 *Leptospira interrogans sensu lato* を病原体とする人獣共通感染症です。 世界中に分布し、日本でも梅雨から夏にかけての発生が知られています。
参考)犬のレプトスピラ症ってどんな病気?梅雨・夏の感染リスクとワク…
感染経路は主に汚染された水・土壌を介した皮膚・粘膜からの侵入です。犬はネズミや野生動物の尿で汚染された水たまりや湿地と接触することで感染します。感染した犬は無症状のまま腎臓に保菌し、尿中へ継続的に排菌するケースがあります。これが医療従事者を含む人への感染リスクに直結します。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 病原体 | Leptospira interrogans sensu lato(200以上の血清型) |
| 主な感染経路 | 汚染水・土壌から皮膚・粘膜への侵入、感染動物の尿との接触 |
| 保菌宿主 | ネズミ、犬、ウシ、ブタ、野生動物など |
| 日本での届出区分 | 家畜伝染病予防法における届出伝染病 |
| 感染リスクが高い季節 | 梅雨〜夏(6〜9月) |
潜伏期間は通常2〜30日で、発熱・頭痛・筋肉痛から始まり、重症例では黄疸・腎不全・肺出血(Weil病)へ進行します。 臨床症状が非常に多様かつ非特異的なため、一般的な感染症と見分けがつきにくい点が診断を困難にしています。これは重要なポイントです。
現在日本で使用される犬の混合ワクチンには、6種・8種・9種・10種が存在します。 医療従事者が把握すべき最重要事項は、6種混合ワクチンにはレプトスピラ成分が一切含まれていないという事実です。
| ワクチン種類 | レプトスピラ対応血清型数 | 主なカバー株 |
|---|---|---|
| 6種混合 | ❌ 含まれない | — |
| 8種混合 | ✅ 2型 | カニコーラ・イクテロヘモラジー |
| 9種混合 | ✅ 3型 | カニコーラ・イクテロヘモラジー+1型 |
| 10種混合 | ✅ 4型(最多) | カニコーラ・イクテロヘモラジー・グリッポチフォーサ・ポモナなど |
各血清型に対するワクチンの交差防御はほぼ期待できません。 つまり、カニコーラ型のワクチンを接種した犬でも、ヘブドマディス型への曝露があれば感染します。これが基本です。
参考)犬のレプトスピラ感染症 – てくてく動物病院
さらに注意すべき点として、日本で犬の感染報告が多いヘブドマディス型やオーストラリス型に対応するワクチンは市販されていません。 すなわち、いかなるワクチンを接種していても、地域の流行株によっては完全な予防は保証されないということです。
動物病院での選択基準は、地域の感染状況・犬の生活環境(アウトドア活動の頻度、野生動物との接触機会など)に応じて決定されます。 医療従事者として動物飼育者の患者から問診する際、使用ワクチンの種類と接種歴の確認が鑑別診断の重要なステップになります。
参考)犬のレプトスピラ感染症 – てくてく動物病院
レプトスピラワクチンには、他のコアワクチン(ジステンパー・パルボウイルスなど)と大きく異なる特性があります。免疫持続期間が約1年と短く、免疫記憶も比較的弱いのです。
一般的なコアワクチンは3年以上の免疫持続が確認されており、近年は接種間隔の延長が議論されています。しかしレプトスピラワクチンは毎年の接種が原則です。 毎年の接種が必須です。
参考)https://so-amc.com/column/1404/
また、初回接種時には1回では十分な免疫が形成されません。 初回は1ヶ月間隔を置いてレプトスピラワクチンを単独または混合で2回接種するプロトコルが推奨されています。 飼い主への説明不足によって初回2回接種が省略されるケースは珍しくなく、実際に「接種済み」と申告された犬でも十分な免疫を持っていない可能性があります。
医療従事者として覚えておきたいのは、患者の犬が「混合ワクチンを毎年接種している」と述べても、それが6種混合なのか10種混合なのかによって、レプトスピラ曝露リスクの評価が全く異なるという点です。問診時の具体的確認が臨床的判断を左右します。意外な盲点ですね。
レプトスピラワクチンの免疫特性と血清型の詳細解説(あすなろ動物病院)
多くの医療従事者が「ワクチン接種済みの犬からは感染しない」と誤解しています。これは危険な思い込みです。
WSAVAガイドライン2024年版(2026年1月更新)でも確認されているように、適切なワクチン接種は腎臓へのレプトスピラ定着と尿中排菌を"劇的に減少"させますが、ゼロにするものではありません。 特に以下の状況では、接種済みの犬でも感染リスク源となり得ます。
参考)https://www.aaha.org/resources/2022-aaha-canine-vaccination-guidelines/leptospirosis/
日本全国47都道府県の801頭を対象とした調査では、ワクチン未接種の犬のうち16.9%がレプトスピラ抗体陽性であることが確認されています。 これは国内での無症状感染・保菌の現状を示す重要なデータです(はがきの横幅ほどの小さな数値に見えますが、1クリニックで年間100頭診察すれば17頭近くが保菌候補ということになります)。
参考)Nationwide survey of leptospir…
医療現場では、動物病院スタッフ・農場関係者・ペットショップ従業員など、犬に頻繁に接触する職業を持つ患者の問診において、犬の接種ワクチン種類・最終接種日・最近の尿接触状況を確認することが推奨されます。素手での犬の排泄物処理後の傷や粘膜接触が、感染経路として否定できません。
感染が疑われる症例では、暗視野顕微鏡検査・PCR検査・顕微鏡的凝集試験(MAT)が診断に用いられます。 抗菌薬感受性は高く、ドキシサイクリン・ペニシリンGが標準的な治療選択肢です。
参考)Nationwide survey of leptospir…
犬のレプトスピラ症と対応(大阪府獣医師会):感染管理と届出の手続き詳細
多くの獣医療・医療の現場記事では触れられていない視点があります。「飼い主が動物病院で10種混合を選ぶかどうか」という選択が、医療従事者の感染リスク管理に直接影響するという連鎖です。
10種混合ワクチンは国内で最も多くの血清型をカバーし、動物病院によっては8種から10種への切り替えを積極的に推奨し始めています。 一部のクリニックではすでに標準プロトコルとして10種混合を採用しています。これは使えそうです。
参考)Announcement Regarding the Com…
しかし課題もあります。
医療従事者として患者指導の観点から提案できることは、犬を飼育している患者への問診に「ワクチン種類の確認」を組み込むことです。「ペットに混合ワクチンを打っています」という回答だけでは情報として不十分であり、6種か10種かで感染リスク評価が変わります。
また、特に水害・洪水後の地域では土壌・水中のレプトスピラ濃度が急上昇することが知られています。 災害後に犬を連れて被災地へ立ち入った飼い主が高リスク群となり得ることも、医療従事者として認識しておくべき臨床知識です。ワクチン接種の有無にかかわらず、泥水への曝露後は発熱症状に注意するよう患者へ伝えることが重要です。
参考)https://www.osakafuju.or.jp/knowledge/file/doc_saigai181012.pdf
WSAVAワクチネーションガイドライン2024年版の解説(最新のワクチン接種推奨の考え方)
犬のレプトスピラ症の疫学と予防に関する査読済み論文(PubMed)
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