フィブリノゲン製剤の投与前に血中フィブリノゲン値を測定している施設は、全体のわずか26%しか使用していない事実を知ると、止血管理の現状が一変します。
2021年、フィブリノゲン製剤の心臓血管外科手術への適応拡大は「公知申請に該当する」と厚生労働省に判断されました。 これは心臓血管外科領域における止血困難症例への対応強化を目的とした、大きな政策転換です。jstage.jst.go+1
公知申請とは、すでに海外で承認・使用されている事実が医学的に明らかな場合に、国内でも簡易な手続きで適応拡大を認める仕組みです。 つまり、新たな治験なしに承認が得られる可能性があるということですね。
参考)医療関係者ですか?「はい」「いいえ」|(JB)日本血液製剤機…
ただし、日本心臓血管外科学会が「医療現場で適正使用可能」と判断した後に別途通知を受ける形となるため、自動的に適応拡大されるわけではありません。 手続きのフローを正確に把握しておくことが重要です。
適応拡大の対象となる主な手術は、大動脈手術(胸部・胸腹部)が50%、心臓再手術が24%を占めます。 これは出血量が多く、凝固障害が生じやすいリスクの高い術式です。
| 対象手術 | 割合 | 特徴 |
|---|---|---|
| 大動脈手術(胸部・胸腹部) | 50% | 体外循環・低体温使用で凝固障害リスク大 |
| 心臓再手術 | 24% | 癒着・出血傾向により止血困難になりやすい |
| その他心臓手術 | 26% | 弁膜症・冠動脈手術など |
参考:心臓血管外科手術における使用実態調査(日本心臓血管外科学会・J-STAGE掲載)
心臓血管外科でフィブリノゲン製剤を使用する際、何を「投与のサイン」とするか——これが現場での判断を左右します。
実態調査によると、投与トリガーとして「血中フィブリノゲン値 <150 mg/dL」が30%、「<100 mg/dL」が20%、「出血傾向」が40%という分散した状況が明らかになっています。 つまり、施設ごとに基準がバラバラということですね。
血中フィブリノゲンの止血可能限界値は、従来は100 mg/dLとされていました。 しかし近年では150 mg/dLを下回った段階で対応すべきとする見解が主流になっています。 知らずに古い基準で管理していると、止血開始が遅れるリスクがあります。
参考)フィブリノゲン製剤 | 一般社団法人 日本血栓止血学会 用語…
フィブリノゲンは凝固反応系の「最終原料」です。 他の凝固因子が十分に存在していても、フィブリノゲンが不足すれば安定したフィブリン血栓が形成できません。さらに血小板数が正常でも、フィブリノゲンが低下していれば血小板凝集が機能しないという点は見落とされやすいです。 これは意外ですね。
術中のフィブリノゲン値測定は、調査対象施設の77%で実施されています。 測定を行っている施設は適切なトリガーで投与判断ができる一方、残り23%は出血傾向のみを頼りに判断しているケースもあり、過少投与・過剰投与の両リスクを抱えます。
参考:フィブリノゲン製剤の薬理・投与基準について(日本血栓止血学会用語集)
日本血栓止血学会 用語集:フィブリノゲン製剤
フィブリノゲン製剤とFFP(新鮮凍結血漿)は、どちらもフィブリノゲンを補充できますが、その「濃度」と「即効性」には大きな差があります。
フィブリノゲン製剤のフィブリノゲン含有濃度は、FFPの10〜12倍(約2 g/dL)です。 体重1 kgあたり50 mgを投与すると、血中フィブリノゲン値が約100 mg/dL上昇することが期待されます。 これは使えそうです。
FFPはフィブリノゲン濃度が低いため、高度に低下した血中値を迅速に回復させることが難しいとされています。 たとえば血中フィブリノゲン値が50 mg/dLまで低下した場合、FFPで100 mg/dL以上に引き上げようとすると、大量輸血が必要となり、循環過負荷のリスクが生じます。
一方、フィブリノゲン製剤なら少量(3〜6 g程度)の投与で目標値に到達しやすいです。 心臓血管外科という「体液管理が精密さを要する領域」では、この違いは臨床上の大きなアドバンテージになります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000242962.pdf
ただし、フィブリノゲン製剤は血漿由来の血液製剤であり、ウイルス感染リスクがゼロではありません。 製造工程でウイルス除去膜ろ過・80℃72時間の加熱処理が行われていますが、ヒトパルボウイルスB19等の完全不活化は困難とされています。 リスクゼロではない点を忘れずに確認が必要です。
| 比較項目 | フィブリノゲン製剤 | FFP |
|---|---|---|
| フィブリノゲン濃度 | 約2 g/dL(高濃度) | 約2 mg/mL(低濃度) |
| 投与量 | 少量(3〜6 g) | 大量が必要 |
| 即効性 | 高い | 低い |
| 循環過負荷リスク | 低い | 高い |
| ウイルス不活化 | 加熱処理あり(B19等は難) | 照射処理のみ |
止血を目的とした製剤だからこそ、投与によって「血が固まりすぎる」リスクも見逃せません。
フィブリノゲン製剤の重大な副作用として、血栓塞栓症があります。 心臓血管外科の患者は、術後に深部静脈血栓や肺塞栓を起こしやすい状態にあるため、フィブリノゲン値の過剰補充には特に注意が必要です。
明らかな血栓症・心筋梗塞の既往がある患者への投与は禁忌とされています。 禁忌が原則です。また、アナフィラキシーショックの既往がある患者にも使用してはなりません。
投与中に蕁麻疹・発疹・血圧低下・呼吸困難・発熱などが出現した場合は、直ちに投与を中止し、適切な処置をとる必要があります。 これらは投与開始直後から起こりえるため、点滴開始後しばらくは患者の状態を注意深く観察することが基本です。
溶解時の注意点も重要です。添付の溶解液は35〜37℃に温めてから使用しますが、37℃を超えて加温するとフィブリノゲンが変性する可能性があります。 「少し熱めでもいいか」という判断が製剤を無効化するリスクにつながります。溶解後は輸血セットを使用して速やかに投与することも定められています。
参考:フィブリノゲン製剤の添付文書・禁忌・副作用情報(PMDA)
PMDA:フィブリノゲン製剤の公知申請資料(心臓血管外科手術・産科)
日本心臓血管外科学会が551施設を対象に行った実態調査では、フィブリノゲン製剤を実際に使用していたのは375施設中わずか98施設(26%)でした。 4施設に1施設しか使っていないということですね。
使用施設が少ない理由の一つが、適応上の制約です。 調査時点(2021年12月)では正式な適応拡大が完了しておらず、「適応外使用」として慎重姿勢をとる施設が多かったと考えられます。
一方でクリオプレシピテートの院内調整が可能な施設は39施設(10%)に留まっており、フィブリノゲン補充の手段が限られている現状も浮かび上がっています。 クリオプレシピテートは院内調製が必要で、設備・人員の確保が難しい施設では現実的な選択肢になりにくいです。
適応拡大が正式に通知された後、年間使用症例は最大4,860〜5,000例に達すると予測されています。 東京ドームで例えるなら、約5,000試合分の観客席数に近い規模の患者が毎年この製剤の恩恵を受けうるということです。使用機会の拡大に備えた施設体制の整備が今後の課題です。
2025年以降は厚生労働省の薬事審議会でも正式な適応拡大の方向性が確認されており、臨床現場での本格導入が加速する見通しです。 今のうちに投与プロトコルの整備や、チームでの情報共有を進めておくことが、スムーズな運用につながります。komei.or+1
参考:適応拡大に向けた行政・学会の動き(日本血液製剤機構)
日本血液製剤機構(JBスクエア):フィブリノゲン製剤の適正使用と適応拡大に関する厚生労働省通知