傍糸球体細胞(juxtaglomerular cell)と顆粒細胞(granular cell)は、腎臓における同一の細胞を指す異なる名称です。この細胞は糸球体に入る輸入細動脈の内壁に位置し、酵素レニンを合成・貯蔵・分泌する特殊な細胞として知られています。
参考)傍糸球体細胞 - Wikipedia
組織学的には、適切に染色されたスライド標本において、この細胞は粒状の細胞質によって特徴づけられます。この顆粒状の外観こそが「顆粒細胞」という名称の由来となっており、細胞質内に含まれるレニン顆粒が観察されることから、この呼び名が使われています。一方、「傍糸球体細胞」という名称は、この細胞が糸球体のそば(傍)に位置することに基づいています。
参考)傍糸球体細胞顆粒の染色 (臨床検査 15巻5号)
医学文献や教科書では両方の用語が使用されますが、「傍糸球体細胞」は位置関係を重視した解剖学的名称であり、「顆粒細胞」は細胞の形態学的特徴を強調した組織学的名称と理解できます。臨床現場や学術論文では、「傍糸球体細胞」という用語がより一般的に用いられる傾向があります。
参考)腎臓の機能とレニン-アンジオテンシン系
傍糸球体細胞は、輸入細動脈の平滑筋細胞が上皮様に分化した特殊な細胞です。組織学的には特化した平滑筋細胞と考えられており、糸球体血管極の輸入細動脈壁に存在しています。
参考)https://jsn.or.jp/journal/document/43_7/572-579.pdf
この細胞は傍糸球体装置(juxtaglomerular apparatus, JGA)の重要な構成要素の一つです。傍糸球体装置には以下の細胞群が含まれます:
参考)傍糸球体装置 - Wikipedia
輸入細動脈は典型的な細動脈で、内皮細胞の外側を平滑筋繊維が輪状に取り巻いていますが、平滑筋細胞の一部が傍糸球体細胞に変化します。この位置は糸球体の入口という戦略的な場所であり、糸球体の血圧を直接感知できる位置にあります。
参考)https://db.kobegakuin.ac.jp/kaibo/his_pp/15/15.pdf
傍糸球体細胞の最も重要な機能は、レニンの合成・貯蔵・分泌です。細胞質内に存在する特徴的な顆粒は、実はレニンを含む分泌顆粒であり、これが「顆粒細胞」という名称の根拠となっています。
参考)傍糸球体細胞顆粒の染色法(カラーグラフ参照) (臨床検査 1…
レニンは蛋白分解酵素で、血漿中のアンジオテンシノーゲンを特異的に分解してアンジオテンシンⅠ(AI)を生成します。アンジオテンシンⅠは血管内皮細胞、特に肺の内皮細胞が持つ変換酵素(ACE)によって速やかにアンジオテンシンⅡ(AII)に変換されます。
参考)腎臓のはなし2 - 幹鍼灸院(浦和駅西口|不定愁訴と運動器疾…
アンジオテンシンⅡは極めて生理活性の高い物質で、以下の2つの主要な作用を持ちます。
この一連の機構はレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)として知られ、体液量と血圧の恒常性維持に不可欠な役割を果たしています。
参考)レニンについて | ざいつ内科クリニック|山口市小郡の一般内…
傍糸球体細胞からのレニン分泌は、複数の機構によって精密に調節されています。最も重要な調節機構は以下の通りです:
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine1927/68/12/68_1240/_pdf
圧受容体機序:傍糸球体細胞は平滑筋細胞と同等の位置にあり、血圧によって伸展させられます。糸球体の血圧(伸展力)が低下すると、細胞はこれを感知してレニンを放出します。しかも顆粒細胞は糸球体の入口という戦略的位置にあるため、糸球体濾過に必要な血圧の変化を直接モニターできます。
緻密斑機序:遠位尿細管のヘンレループ上行脚終末部と遠位尿細管の境界部にある緻密斑(macula densa)が、管腔内液のナトリウムイオンやクロライドイオン濃度を感知します。原尿中のクロライドイオン濃度が一定以上に高くなると、緻密斑細胞が輸入細動脈の平滑筋細胞に作用して血管を収縮させ、糸球体血漿流量と濾過量を減少させます。逆に濃度が低くなると、緻密斑に接する傍糸球体細胞を刺激してレニンを分泌させます。
参考)緻密斑 - Wikipedia
尿細管糸球体フィードバック:遠位尿細管を通る尿の流量によって糸球体濾過量を調節する機構です。尿流量が増えると濾過量を減らすという制御が行われ、過剰な濾過を防ぎます。
最近の研究では、腎臓の間質線維芽細胞もエリスロポエチンに加えてレニンを産生することが発見されており、腎臓病では間質線維芽細胞が過剰なレニンを産生して高血圧の一因となることも明らかになっています。
参考)腎臓に赤血球数と血圧を同時に制御する細胞があること...
傍糸球体細胞の機能異常は、腎性高血圧の主要な原因の一つとなります。高血圧と動脈硬化は悪循環を起こす組み合わせですが、これに腎臓からのレニンも一役買うことがあります。腎臓の動脈硬化により糸球体まで十分に血圧が伝わらない場合、傍糸球体細胞は血圧低下を感知し続け、レニンで全身の血圧を上げようとしますが、この代償機構が過剰になると腎性高血圧を引き起こします。
注目すべき点として、傍糸球体細胞は糸球体濾過に不可欠な糸球体血圧が低下したときにレニンを分泌することで、全身の血圧を上昇させ、まわりまわって糸球体の血圧を確保しようとする巧妙な機構を持っています。この機構は通常はうまく機能していますが、病的状態ではトラブルを起こす可能性があります。
また、レニン分泌に関わる細胞として、主に輸入細動脈壁の傍糸球体細胞が知られていますが、最近の研究では腎臓の間質線維芽細胞も赤血球を増やすエリスロポエチンに加えてレニンを産生することが発見されており、貧血時には赤血球数と血圧を同時に制御して全身への酸素供給量を維持する役割があることが明らかになっています。これは傍糸球体細胞以外のレニン産生源として臨床的に重要な発見です。
日本腎臓学会誌:初心者のための腎臓の構造(傍糸球体装置の詳細な解説)
傍糸球体装置とレニン分泌機構の理解は、降圧薬、特にACE阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)の作用機序を理解する上で不可欠です。これらの薬剤はレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の異なる段階に作用し、高血圧や心不全、慢性腎臓病の治療に広く用いられています。
Wikipedia:傍糸球体装置(傍糸球体装置の構成要素と機能の概説)