歩行が「自立」でも、補助具ありなら満点にならない場合があります。
バーセルインデックス(Barthel Index)は、ADL(日常生活動作)を数値化するための評価ツールで、1965年にMahoney & Barthelによって開発されました。全10項目で構成されており、合計点は0〜100点です。そのうち「歩行」は最大15点が配点されており、移動能力の中でも特に重視される項目のひとつです。
歩行の採点は以下の3段階で行います。
つまり「歩けるかどうか」だけでなく、「どのくらい自立して歩けるか」が基準です。
注目すべきは、杖や歩行器を使っていても、監視なしに45m以上歩けるなら15点満点になる点です。補助具の使用=減点、という思い込みは現場でよく見られますが、それは正確ではありません。これは意外ですね。
一方で、歩行距離が45mに届かない場合や、誰かが隣についていなければ歩けない場合は、歩行の見た目が「自立している」ように見えても減点対象となります。距離と監視の両方を確認するのが原則です。
参考リンク(歩行項目の詳細な採点基準)。
バーセルインデックスの評価項目と採点方法(リハビリ関連情報サイト)
歩行補助具にはさまざまな種類があります。現場でよく使われるものとしては、T字杖、四点杖、歩行器、ロフストランドクラッチ、松葉杖などがあります。バーセルインデックスの採点においては、これらをすべて「補助具」として一律に扱い、使用の有無そのものは点数を左右しません。
大切なのは、補助具を使ったうえで「監視なしに45m歩けるかどうか」という自立度の観点です。
| 補助具の使用 | 監視の必要性 | 距離(45m以上) | 点数 |
|---|---|---|---|
| あり・なし問わず | 不要 | 達成できる | 15点 |
| あり・なし問わず | 必要 | 達成できる | 10点 |
| あり・なし問わず | − | 達成できない | 0点 |
この表を見ると、補助具の種類よりも「監視が必要かどうか」の判断が、採点の明暗を分けることがわかります。これは使えそうです。
現場での課題は、「監視あり」と「軽介助あり」の区別です。監視は身体的な接触を伴わない見守りであり、接触が生じた時点で「介助」と見なされます。たとえば「転倒しそうになったときにすぐ支えられるよう、腕に軽く触れながら歩いている」という状況は、監視ではなく介助です。
「見守っているだけ」に見えても、身体接触があれば介助です。この区別は採点において非常に重要で、チーム内で統一しておく必要があります。
バーセルインデックスでは、「歩行」と「車椅子移動」は別項目として設定されています。歩行が困難な患者に対しては、歩行項目ではなく車椅子移動の項目で評価します。両方を同時に採点することはありません。
車椅子移動の採点基準は以下のとおりです。
歩行と比べて配点が低い(最大5点)のは、歩行の方がより高い運動機能と自立性を示すためです。
現場では「歩けないが車椅子は自走できる」という患者さんも多くいます。そのような場合は歩行項目を0点とし、車椅子項目で5点を採点するのが正しい方法です。歩行と車椅子で二重に点数をつけるミスは避けましょう。
歩行か車椅子かの選択は、「日常的にどちらで移動しているか」をもとに判断するのが基本です。評価時に短距離だけ歩けたとしても、日常生活の実態が車椅子中心であれば、車椅子項目で評価します。日常生活の実態が判断の軸です。
バーセルインデックスの合計スコアは、退院先の判断に直接影響します。一般的な目安として、85点以上で在宅復帰が可能とされることが多く、60点未満では施設入所や長期ケアが必要とされる傾向があります。歩行項目の15点は、この差を埋める上で非常に大きな意味を持ちます。
たとえば合計スコアが80点の患者さんと85点の患者さんでは、在宅復帰に関するカンファレンスでの評価がまったく異なります。歩行項目で10点と評価されるか15点と評価されるか、その5点の差が転院先の決定を左右するケースも実際にあります。5点の差が転帰を変えます。
また、診療報酬の面でも注意が必要です。回復期リハビリテーション病棟では、入院期間やリハビリの提供量とFIM・バーセルインデックスのスコアの向上率が関連付けられており、アウトカム評価として使われています。採点が不正確であれば、適切なリハビリ提供の評価にもつながらない可能性があります。
歩行項目の採点精度は、患者の生活に直結します。担当者一人の判断に任せるのではなく、定期的にチームでケースを振り返り、採点のばらつきを最小化する運用が求められます。施設によっては、採点者間信頼性(inter-rater reliability)を向上させるために、定期的な勉強会や採点チェックシートを活用しているところもあります。
参考リンク(バーセルインデックスと退院支援の関連)。
厚生労働省:回復期リハビリテーション病棟の評価指標に関する資料(ADLスコアと在宅復帰の関連について記載あり)
この項目は、検索上位ではあまり取り上げられていない視点です。評価者のトレーニングや評価環境の標準化に関する実務的なポイントを紹介します。
バーセルインデックスは評価ツールとしての信頼性が高い一方で、「評価者の主観」が入り込みやすいという弱点があります。特に歩行項目では、「監視の必要性」の判断が人によって異なりやすく、同じ患者でも評価者によって10点になったり15点になったりするケースが報告されています。
これを防ぐための実務的なアプローチとして、以下の3点が有効です。
評価の精度は、記録の文化で決まります。
さらに、評価のタイミングも重要です。入院直後の疲労時と、リハビリ後の回復時では同じ患者でも歩行能力に差が出ます。バーセルインデックスは「現在の能力(できる能力)」を評価するものであり、「最良の状態」ではなく「通常の状態」で評価することが原則です。
「よい日に測った結果」を使うと過大評価になります。これは現場でよく起こりがちなミスのひとつです。退院前の評価タイミングを意図的に選んでしまうと、在宅復帰後に実態と乖離したケアプランが組まれ、患者や家族に負担をかけることになりかねません。
チームで「いつ、どこで、誰が評価するか」を明文化しておくことが、最終的には患者の生活の質を守ることにつながります。評価は記録と運用がセットです。
参考リンク(バーセルインデックスの評価者間信頼性に関する研究)。
J-STAGE 理学療法学:バーセルインデックスの信頼性・妥当性に関する研究論文(検索結果より)