GAFスケールを「なんとなく」つけていると、患者の退院判断を1〜2週間以上遅らせるリスクがあります。
GAFスケール(Global Assessment of Functioning Scale)は、患者の心理的・社会的・職業的機能を0点から100点の一本の尺度で評価するツールです。米国精神医学会が作成したDSM-IV(精神疾患の診断・統計マニュアル第4版)の軸Ⅴとして採用されたことで、日本の精神科・心療内科にも広く普及しました。
点数は10点刻みの評価帯で構成されており、たとえば91〜100点は「症状がなく、あらゆる領域で機能が優れている状態」、1〜10点は「自己または他者を傷つける危険が持続している、または最低限の個人衛生を保てない状態」を示します。つまり数値が高いほど機能水準が高い、ということですね。
多くの医療従事者が見落としがちな点として、GAFスケールは「症状の重篤度」と「機能レベル」のどちらか低い方を採点に反映させる、という原則があります。たとえば症状は軽度であっても、社会的ひきこもりが強く就労できない状態なら、機能面の低さを反映して点数を下げる必要があります。これが基本です。
DSM-5(2013年)ではGAFは削除され、代わりにWHO障害評価面接基準(WHODAS 2.0)が推奨されています。しかし日本の診療報酬では依然としてGAF評価が「精神科継続外来支援・指導料」などの算定要件として残っているため、現場では今も使われ続けています。制度上の必要性がある、ということです。
日本精神科病院協会や各都道府県の精神科医療に関する研修でも、GAF評価の標準化が継続的に取り上げられています。評価者間のばらつきを減らすためには、施設内での事例検討やキャリブレーション(評価合わせ)が有効です。
日本精神神経学会 – DSM関連の診断基準解説ページ(GAF含むDSM-IV軸の説明)
GAFスケールを正確に使いこなすには、10段階の評価帯ごとの「行動指標」を頭に入れておく必要があります。以下の表に、各評価帯の目安を整理します。
| 点数帯 | 機能・症状の目安 | 臨床場面での具体例 |
|---|---|---|
| 91〜100 | 症状なし、全領域で高機能 | ストレス下でも適切に対処できる |
| 81〜90 | 症状なし〜最小限、良好な機能 | 日常的な問題があっても対処できる |
| 71〜80 | 一過性の軽度症状 | 試験前の不眠、職場でのちょっとした口論など |
| 61〜70 | 軽度の症状または機能の困難 | 軽いうつ気分、対人場面の回避傾向 |
| 51〜60 | 中等度の症状または機能の困難 | 友人が少ない、感情的な不安定さ |
| 41〜50 | 重篤な症状または機能障害 | 自殺念慮(具体的計画なし)、就労困難 |
| 31〜40 | 現実検討や意思疎通の障害 | まとまりのない思考、重篤な抑うつで引きこもり |
| 21〜30 | ほぼすべての領域で機能不全 | 寝たきり、著明な妄想・幻聴 |
| 11〜20 | 自傷・他害の危険が相当ある | 具体的な自殺計画、拒食で体重が急激に低下 |
| 1〜10 | 持続的な危険・最低限の衛生維持も困難 | 繰り返す重篤な自傷行為 |
評価する際、よく起きる誤りの一つが「観察された症状だけで点数を決めてしまう」ことです。たとえば幻聴が落ち着いていても、患者が独居でゴミ屋敷状態なら、機能面を反映して31〜40点帯に留める必要があります。意外ですね。
もう一つのよくある誤りは、「前回の点数を引き継いでしまう」ことです。GAFはあくまでも「現在の」機能を評価するもので、直近1週間が評価期間の基本となります。記録を流用すると診療報酬の根拠として不正確になるリスクもあります。これは注意が必要です。
評価の一貫性を高めるために、施設内で「GAF評価ケースカンファレンス」を月1回以上行っている病院では、評価者間の一致率(ICC)が0.80以上に達するという報告もあります。チームで使うには標準化が条件です。
GAFスケールは、精神科の入院適応・退院判断・外来移行のタイミングを判断する際の客観的な指標として機能します。退院時GAFが40点未満の患者は、退院後3ヶ月以内の再入院率が有意に高いという国内研究データもあります。これは使えそうです。
診療報酬上の具体的な位置づけとしては、「精神科継続外来支援・指導料(通院・在宅精神療法)」などの算定において、GAFを含む機能評価の記録が求められる場面があります。算定根拠としてカルテにGAFの記載と評価の理由を残すことは、医療機関を守ることにもつながります。
入院患者においては、入院時・退院時・退院後外来フォロー時の3点でGAFを記録することで、治療の効果を数値として可視化できます。たとえば「入院時GAF:25点 → 退院時GAF:55点」のように記録すれば、多職種カンファレンスや家族説明でも共通理解が生まれやすくなります。数値で伝えるのが基本です。
退院後の地域生活支援においても、GAFは有用です。精神科訪問看護やACT(包括型地域生活支援プログラム)では、GAF50点未満の患者を重点的にフォローする運用をしているチームが多くあります。GAFが地域連携のトリアージ指標として使われているわけです。
一方で、GAFだけを退院基準にするのはリスクがあります。生活環境、家族サポート、本人の病識、服薬継続意欲など、GAFに反映されにくい要因も重要です。GAFはあくまで判断の補助ツール、という認識が重要です。
厚生労働省 – 精神障害者の地域生活支援・医療政策ページ(GAF関連の診療報酬・制度の参照に)
GAFスケールと混同されやすい評価ツールとして、CGI(Clinical Global Impression:臨床全般印象尺度)、PANSS(陽性・陰性症状評価尺度)、GAS(Global Assessment Scale)などがあります。それぞれ役割が異なります。
CGIは「症状の重症度」と「改善度」を7段階で評価するもので、治験・臨床研究での使用頻度が高いです。GAFが「機能水準」を軸にしているのに対し、CGIは「症状の変化」を見るツールという違いがあります。GAFとCGIは補完関係にある、ということですね。
PANSSは統合失調症に特化した陽性症状・陰性症状・総合精神病理の3領域30項目で構成される評価尺度で、薬物療法の効果測定に使われます。GAFが一本の総合指標であるのに対し、PANSSは症状を細かく分解して見るためのツールです。目的が違います。
GASはGAFの前身に当たる評価尺度で、ほぼ同じ構造を持ちますが、GAFの方が「症状」と「機能」を明確に分けた記述になっている点が改良点です。現在の臨床・研究ではGAFが主流です。
WHODAS 2.0は、WHOが開発した障害評価ツールで、36項目(短縮版12項目)から成り、ICF(国際生活機能分類)の概念と整合しています。DSM-5がGAFを廃止してWHODASを推奨した背景には、GAFが「症状の無さ=高機能」という構造を持っているため、機能を症状から独立して評価できないという批判があります。理論的には正しい方向性ですね。
ただし日本の現場では、WHODAS 2.0を日常的に使いこなすための研修体制がまだ十分とはいえません。GAFは1点で評価できる手軽さがある分、多忙な外来では依然として重宝されています。
| ツール名 | 対象・特徴 | 主な使用場面 |
|---|---|---|
| GAFスケール | 機能・症状の総合評価(0〜100点) | 外来・入退院判断・診療報酬 |
| CGI | 症状の重症度・改善度(7段階) | 治験・研究 |
| PANSS | 統合失調症の症状評価(30項目) | 薬物療法効果測定 |
| WHODAS 2.0 | ICFベースの生活機能評価(36項目) | DSM-5・研究・国際比較 |
GAFスケールは医師だけが使うツールではありません。精神科病棟での多職種連携において、看護師・PSW(精神保健福祉士)・OT(作業療法士)がそれぞれの視点でGAFを活用することで、評価の精度と患者ケアの質が向上します。チームで使うのが理想です。
看護師は日常の生活場面を直接観察できるため、「患者が自分で食事の準備をできているか」「整容行動はどうか」「コミュニケーションに一貫性があるか」といった機能面の情報を持っています。これらはGAFの機能スコアを正確に反映するために不可欠な情報です。看護師の観察は重要です。
PSWは患者の社会生活・家族関係・経済状況・地域サービスの利用状況を把握しており、GAFの「社会的機能」領域の評価に直結します。就労支援の進捗や福祉サービスの利用開始もGAFスコアの変化として追跡できます。
OTは作業療法の場面を通じて、患者の集中力・問題解決能力・協調性・日常生活動作(ADL)を観察します。GAF60点以上を目指すためのリハビリ計画を立てる際に、OTの評価が具体的な介入目標と結びつきます。
多職種でGAFを共有するためのポイントとして、電子カルテ上にGAF評価欄を設け、各職種がコメントを入力できる仕組みが有効です。たとえば「看護師観察欄:昨日は自室で終日過ごし、食事は半量。コミュニケーション少ない(機能40点台相当)」のように記録することで、医師が評価する際の根拠が明確になります。
施設によっては、週1回のGAFカンファレンスを設けて、全入院患者のGAFスコアを多職種で確認し、退院計画に反映させる運用を取っているところもあります。こういった取り組みは、再入院率の低下や平均在院日数の短縮にもつながると報告されています。結果が出やすい運用方法です。
GAFを活用した退院支援ツールとしては、各精神科医療機関が独自に作成している「退院支援アセスメントシート」にGAF評価を組み込む形式が普及しつつあります。退院後の地域生活を見据えたGAF目標値(例:GAF55点以上を退院目安とする)を多職種で共有することで、治療の方向性が統一されます。
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 – 精神機能評価・支援研究に関する情報(GAF含む評価尺度の研究動向)