B型肝炎ワクチンは日本において2016年10月1日から定期接種として導入されました。この重要な政策変更により、2016年4月1日以降に生まれた0歳児が予防接種法に基づく定期接種の対象となりました。それまでは任意接種のワクチンであり、接種を希望する場合は全額自己負担でした。
定期接種化の背景には、日本におけるB型肝炎の疫学的状況と国際的な動向があります。厚生科学審議会(第8回予防接種・ワクチン分科会)において審議が行われ、2016年2月にB型肝炎ワクチンを定期の予防接種に加えることが了承されました。その後、2016年6月には予防接種法施行令が改正され、B型肝炎がA類疾病として追加されたのです。
この定期接種化により、対象となる乳児は無料でワクチンを接種できるようになりました。これはB型肝炎による健康被害の予防において大きな前進と言えるでしょう。ただし、母子感染予防として既に健康保険によりB型肝炎ワクチンを接種した方(HBs抗原陽性の母親から生まれた児)は、定期接種の対象外となります。
B型肝炎ワクチンはB型肝炎ウイルスに対する抗体を作り出し、B型肝炎への感染を予防するワクチンです。B型肝炎は慢性化すると肝硬変や肝がんにつながる可能性がある重篤な疾患です。そのため、B型肝炎ワクチンは「世界初のがん予防ワクチン」とも呼ばれています。
B型肝炎ワクチンの標準的な接種スケジュールは、乳児の場合、以下のように設定されています。
このスケジュールは、乳児の免疫系の発達と最適な抗体産生を考慮して設定されています。医療機関では、保護者に対してこの標準的なスケジュールを案内し、適切な時期に接種が完了するよう説明することが重要です。
特に注意すべきポイントとして、1回目の接種から3回目の接種までにおよそ半年間かかるため、接種開始が遅れると1歳の誕生日までに全3回の接種を完了できない可能性があります。1歳を過ぎると定期接種の対象外となるため、生後すぐの乳児健診などの機会に接種スケジュールについて説明し、計画的な接種を促すことが医療従事者の役割です。
接種間隔に関する正確な規定は次の通りです。
この間隔を厳守することで、十分な免疫応答が得られるよう設計されています。特に2016年4月・5月生まれの乳児で、2016年10月の定期接種開始時点で初めてB型肝炎ワクチンを受ける場合は、既に生後5~6か月が経過しているため、スケジュール管理に特に注意が必要です。
B型肝炎ワクチンの効果持続期間は、適切に3回接種を完了した場合、非常に長期間にわたることが知られています。研究によれば、ワクチン接種後の防御効果は少なくとも20年以上持続すると考えられています。
乳幼児期に接種が完了した場合、獲得された免疫は少なくとも15年間持続することが確認されています。また、20歳代までに接種を行った場合も高い効果が期待できます。しかし、重要なポイントとして、B型肝炎ワクチンの効果は年齢と共に低下する傾向があります。
ワクチン接種による抗体獲得率は年齢によって異なり、40歳までの接種では約95%と報告されていますが、それ以降の年齢では抗体獲得率が低下する傾向があります。このため、できるだけ若い年齢での接種が推奨されています。
また、予防接種を受けても、体質や体調によって十分な免疫ができないケースも稀にあります。さらに、B型肝炎ウイルスには複数の遺伝子型が存在しますが、日本で使用されているワクチンはそれらに対しても広く効果があることが確認されています。
抗体価が経時的に低下した場合の追加接種(ブースター接種)の必要性については国際的にも議論があり、WHOの方針では健康な個人に対する追加接種は一般的に推奨されていません。ただし、免疫不全者や特定の職業(医療従事者など)においては、抗体価のモニタリングと必要に応じた追加接種が検討される場合があります。
B型肝炎ワクチンの定期接種化において、日本は国際基準からかなり遅れをとっていました。世界保健機関(WHO)は1992年に加盟国に対して1997年までにB型肝炎を予防接種拡大プログラム(Expanded Program on Immunization:EPI)に組み入れるように勧告を出しました。
しかし、日本はこの勧告を長らく受け入れず、2016年まで定期接種化を見送っていました。その理由として、日本では1985年から「B型肝炎母子感染防止事業」が実施され、HBs抗原陽性妊婦から生まれた乳児へのワクチン接種(抗HBs免疫グロブリンとの併用)が行われ、高い実施率と効果を上げていたことがありました。日本ではこの母子感染防止策により、母子感染によるB型肝炎ウイルスキャリア率が大幅に低下したため、すべての乳児への接種(ユニバーサル・ワクチネーション)の必要性が十分に認識されていなかったのです。
2012年の時点で、WHOの勧告を受け入れていない先進国はデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、イギリス、日本の6カ国でした。しかし、日本以外の5カ国はハイリスク群(B型肝炎ウイルスキャリアの同居家族や静脈注射常習者など)に無料接種(セレクティブ・ワクチネーション)を提供していました。対照的に、日本はB型肝炎ウイルスキャリア妊婦から生まれた児にのみワクチン接種を限定していたのが特徴的でした。
一方、2012年時点でWHO加盟国のうち約180カ国が全出生児へのB型肝炎ワクチン接種(ユニバーサル・ワクチネーション)を実施しており、そのうち138カ国は3回接種完了率が80%を超えていました。このような国際的な状況を受けて、日本小児科学会は2012年に厚生労働大臣に対して定期接種化の要望書を提出し、ようやく2016年に定期接種化が実現したのです。
この歴史的経緯は、科学的エビデンスに基づく公衆衛生政策の実施において、国際基準と国内事情のバランスをどう取るかという難しい判断を示す事例として、医療従事者が理解しておくべき重要なポイントです。
B型肝炎ワクチンは成人でも接種可能であり、特に医療従事者や免疫機能が低下している方、B型肝炎ウイルスキャリアの家族など感染リスクが高い方には積極的に検討が勧められています。成人のB型肝炎ワクチン接種は任意接種となり、費用は自己負担となりますが、職業上の理由で接種する場合は勤務先が負担するケースもあります。
大人(成人)におけるB型肝炎ワクチンの標準的な接種スケジュールは以下の通りです。
B型肝炎ワクチンの添付文書では「1回目の接種から139日以上あけていれば3回目接種可能」としていますが、ワクチンの効果の持続性を考慮して、20週~24週(約5~6か月)後の接種が推奨されています。
成人の場合、年齢が高いほどワクチンへの免疫応答が低下する傾向があります。若年成人では95%以上の抗体獲得率が期待できますが、40歳以上では抗体獲得率が低下し、60歳以上ではさらに低下します。そのため、特にリスクの高い職業に就く場合は、できるだけ若いうちに接種を完了することが望ましいでしょう。
また、日本では一般に使用されているB型肝炎ワクチンには、「ビームゲン」(一般財団法人化学及血清療法研究所製造)と「ヘプタバックス-Ⅱ」(MSD株式会社製造)の2種類があります。これらのワクチンは製造に使用しているB型肝炎ウイルスの遺伝子型が異なりますが、どちらのワクチンを接種しても他方の遺伝子型のウイルスに対しても予防効果があることが確認されています。
医療従事者として特に注意すべきは、B型肝炎ワクチン接種後の抗体獲得の確認です。特に医療従事者は職業上の感染リスクがあるため、3回目の接種から1~2ヶ月後に抗体検査を行い、十分な抗体価(通常10mIU/mL以上)が得られているか確認することが推奨されています。十分な抗体価が得られない場合は、追加接種を検討することがあります。
成人のB型肝炎ワクチン接種に関する詳しい情報
B型肝炎ワクチンは副反応が比較的少ないワクチンとして知られています。接種部位の痛み、発赤、腫れなどの局所反応が主な副反応であり、B型肝炎ワクチン特有の重大な副反応はほとんど報告されていません。これは、このワクチンが遺伝子組換え技術を用いて作られた不活化ワクチンであり、ウイルス自体を含まないことによる安全性の高さを反映しています。
医療現場では、患者や保護者に対してB型肝炎ワクチンの効果と安全性について適切に説明し、定期接種対象者には接種を促すとともに、成人でもリスクに応じた接種を検討することが重要です。特に医療従事者自身が率先して接種することで、自己防衛とともに院内感染対策にも貢献できるでしょう。