セレノプロテインは、セレノシステインという特殊なアミノ酸を含有する抗酸化タンパク質群として、生体内の酸化ストレス制御に中心的な役割を果たしています。これらのタンパク質は、UGAコドンの翻訳再コード化という特殊な機構により合成され、酸化的環境において選択的に発現が上昇することが最近の研究で明らかになりました。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4031530/
特に注目すべきは、HEK293細胞における研究結果で、過酸化水素処理に応答して複数のセレノプロテインが選択的に上昇することが確認されています。この応答は、セレン制限条件下において特に顕著に観察され、抗酸化セレノプロテインが酸化ストレスによって制御される新しい翻訳制御メカニズムの存在を示唆しています。
このメカニズムの解明により、セレノプロテインが単なる抗酸化酵素ではなく、細胞内の酸化還元状態を感知し、適応的に応答するスマートな分子システムであることが判明しました。
大阪大学医学系研究科の最新研究により、セレノプロテイン群が造血幹細胞の幹細胞性維持とBリンパ球の分化成熟において重要な抗酸化機構を担っていることが明らかになりました。この研究では、セレノプロテインを合成できないモデルマウスが加齢性造血の特徴を示すことが確認されています。
参考)https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20250203_1
📊 造血系への主要な影響
特に興味深い発見は、過酸化脂質が蓄積したB前駆細胞がミエロイド系列への分化スイッチを起こす一方で、食餌による介入でB細胞減少が改善されることです。この知見は、栄養学的アプローチによる造血機能改善の可能性を示唆しており、臨床応用への道筋を提供しています。
さらに、セレノプロテイン欠損により血液の抗酸化システムが破綻することで、造血系の老化形質が促進されることも判明しています。これは、適切なセレン摂取が健康長寿に直結する生物学的根拠を提供する重要な発見といえます。
セレノプロテインP(SeP)は、肝臓で主に産生される分泌タンパク質として、全身へのセレン供給を担う中心的な存在です。しかし、近年の研究により、SePが抗酸化作用を発揮する一方で、過剰な状態では代謝機能に悪影響を与えることが判明しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7409583/
金沢大学の研究グループは、糖尿病状態で高まるSePが褐色脂肪組織での熱産生を障害することを発見しました。この研究により、SePは褐色脂肪組織において熱産生を高める「良い活性酸素」を消去することで、熱産生を障害することが明らかになっています。
参考)https://www.kanazawa-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/220330.pdf
🔥 代謝への影響メカニズム
この発見は、「抗酸化が逆にストレス」という新しい概念である「還元ストレス」を提唱する根拠となりました。健康な状態では、SePは熱産生が高まりすぎないように調節するブレーキ役として機能しますが、糖尿病状態では過剰になって熱産生を低下させてしまいます。
運動に対する反応性の個人差は従来先天的なものと考えられていましたが、セレノプロテインPが後天的な運動抵抗性の原因となることが判明しました。SePのノックアウトマウスは、運動トレーニング後に運動持久力が著明に上昇する表現型を示します。
参考)https://first.lifesciencedb.jp/archives/16289
運動時の急性応答として、骨格筋では活性酸素種の産生、AMPキナーゼのリン酸化、PGC-1αの発現が増強されますが、SePの投与はLRP1受容体を介してこれらの適応反応を抑制します。臨床研究でも、血中SeP濃度が上昇した被験者では運動トレーニングによる有酸素運動能の向上が乏しいことが確認されています。
⚡ 運動適応への影響
この研究成果は、SeP-LRP1経路に対する阻害剤が「運動増強薬」として身体活動低下関連疾患の治療に応用できる可能性を示唆しています。
東北大学の最新研究により、肝がん細胞がセレン代謝を組み替えて細胞死を回避するメカニズムが明らかになりました。がん細胞では、酸化ストレス応答転写因子NRF2により、セレンを細胞外に運ぶSePが減少することが判明しています。
参考)https://www.pharm.tohoku.ac.jp/file/information/20250822.pdf
このSePの減少により、細胞内のセレン濃度が上昇し、抗酸化作用を持つタンパク質が増加します。その結果、がん細胞は酸化ストレスによる細胞死(フェロトーシス)に対して強い抵抗性を獲得し、治療への抵抗性を高めます。
🎯 がん治療における意義
一方で、毒性濃度のセレン領域において、無機セレンと比較してApoER2で取り込まれたSePのセレンは毒性を示さないことも明らかになっています。このため、SeP/ApoER2システムは安全なセレン貯蔵庫として機能する一方で、過剰なセレン蓄積による悪性腫瘍の治療抵抗性の原因になる可能性があります。
参考)https://www.pharm.tohoku.ac.jp/~taisya/press_release/index.html
セレノプロテインの測定は、様々な疾患の診断や予後予測のバイオマーカーとして注目されています。特にSePは、糖尿病、心血管疾患、がん、神経変性疾患など多岐にわたる疾患において病態を反映する指標として有用性が検証されています。
参考)https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2019.910686/data/index.html
東北大学の研究では、SeP・ApoER2システムがセレン欠乏時の酸化ストレス耐性維持に関与することが明らかになりました。SePでグルタチオンペルオキシダーゼを誘導した細胞では、セレン欠乏と酸化ストレスの組み合わせ刺激に対して長期間の防御作用を示します。
🔬 臨床応用の可能性
セレン欠乏食を摂取させたSeP欠損マウスの実験では、特に脳内でセレン貯蔵作用が発揮されることが確認されており、神経変性疾患の予防や治療における重要性が示唆されています。
参考)https://www.pharm.tohoku.ac.jp/file/information/20250527.pdf
このように、セレノプロテインによる抗酸化ストレス制御は、基礎研究から臨床応用まで幅広い展開を見せており、今後の医療技術革新において重要な役割を果たすことが期待されます。特に、個々の患者の酸化ストレス状態や代謝特性を考慮した個別化医療の実現に向けて、セレノプロテイン測定の標準化と臨床導入が急務となっています。