腎機能が正常な患者にしか使えないと思っていませんか?実はラスビックは透析中でも用量調節なしで投与できます。
ラスクフロキサシン(一般名:lascufloxacin、略号:LSFX)の商品名は「ラスビック」です。製造販売元は杏林製薬株式会社で、2019年9月20日に製造販売承認を取得し、同年11月19日に薬価収載、2020年1月8日より発売が開始されました。剤形は2種類あり、経口錠の「ラスビック錠75mg」と、2021年3月に発売された「ラスビック点滴静注キット150mg」があります。
薬効分類はニューキノロン系(フルオロキノロン系)経口抗菌剤で、日本標準商品分類番号は876241です。国内では2008年に発売されたシタフロキサシン(グレースビット)以来、約10年以上ぶりのニューキノロン系新規経口抗菌薬として登場した点が、業界内で大きく注目されました。
「ラスビック(Lasvic)」という商品名は、英語の一般名「Lascufloxacin」に由来した略称的な命名です。これが基本です。なお、現在ジェネリック(後発品)は存在せず、先発品のみが流通しています。薬価(2024年4月時点)はラスビック錠75mg 1錠あたり約296.3円で、同じニューキノロン系のレボフロキサシン錠500mg(クラビット)の先発品(133.3円)と比較すると約2倍強の薬価設定となっています。
| 項目 | ラスビック錠75mg | ラスビック点滴静注キット150mg |
|---|---|---|
| 承認日 | 2019年9月20日 | 2020年11月27日 |
| 薬価収載日 | 2019年11月19日 | 2021年2月18日 |
| 発売日 | 2020年1月8日 | 2021年3月 |
| 薬価(2024年4月) | 296.3円/錠 | 約4,034円/キット |
| 用法・用量 | 1回75mg 1日1回 | 初日300mg・2日目以降150mg 1日1回 |
参考:ラスビック錠の一般名・薬効分類・薬価等の基本情報を収録した医療用医薬品データベース
医療用医薬品:ラスビック – KEGG MEDICUS
ラスクフロキサシンの最大の特徴は、「デュアルインヒビター」と呼ばれる作用機序にあります。つまり2つの標的酵素を同程度に阻害する点です。
従来のキノロン系抗菌薬は、DNAジャイレースとトポイソメラーゼIVという2種類のII型トポイソメラーゼに対して、どちらか一方を主に阻害する傾向がありました。たとえば、グラム陰性菌に対してはDNAジャイレースへの阻害が主で、グラム陽性菌に対してはトポイソメラーゼIVへの阻害が主となる薬剤が多いとされています。片方への阻害に偏りがあると、その標的酵素に変異が起きた際に薬剤が効かなくなる、つまり耐性が生まれやすい、という問題があります。
ラスクフロキサシンの場合は違います。DNAジャイレースとトポイソメラーゼIVの両方をほぼ同程度に阻害するため、片方の酵素に変異が生じても、もう一方への阻害活性によって抗菌力が保たれます。これが「耐性化しにくい」とされる根拠です。
実際の薬効薬理試験では、ラスクフロキサシンの耐性菌出現頻度は黄色ブドウ球菌で2.1×10⁻⁹未満、肺炎球菌で1.1×10⁻⁸未満と報告されており、試験した濃度範囲内で耐性菌は選択されませんでした。これは注目すべき数値です。
また、既存のキノロン耐性株に対してもMIC上昇幅が低い点も確認されています。肺炎球菌の二重変異株に対するMICを比較すると、レボフロキサシンが16倍上昇するのに対し、ラスクフロキサシンでは4〜8倍の上昇にとどまっています。抗菌活性が維持されるということですね。
参考:ラスビック(ラスクフロキサシン)の作用機序・デュアルインヒビターの詳細解説
ラスビック(ラスクフロキサシン)の作用機序・特徴【細菌感染】– PASSMED
ラスクフロキサシン(ラスビック)の適応症は、呼吸器・耳鼻咽喉科領域の感染症に特化しています。これが大きなポイントです。
<錠剤の適応症>
咽頭・喉頭炎、扁桃炎(扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍を含む)、急性気管支炎、肺炎、慢性呼吸器病変の二次感染、中耳炎、副鼻腔炎
<点滴静注の適応症>
肺炎、肺膿瘍、慢性呼吸器病変の二次感染
レボフロキサシン(クラビット)が皮膚軟部組織感染症、尿路感染症、腹腔内感染症など極めて幅広い適応を持つのとは対照的に、ラスビックは呼吸器と耳鼻咽喉科領域のみに絞り込まれています。泌尿器科や皮膚科領域への適応はありません。
抗菌スペクトルについても確認しておきましょう。ラスクフロキサシンは好気性・嫌気性のグラム陽性菌およびグラム陰性菌、非定型病原体に対して幅広い抗菌スペクトルを示します。
特に注目すべき点は、嫌気性菌および口腔内レンサ球菌(Streptococcus anginosus群など)に対しても有効性が認められる点です。これは従来のレスピラトリーキノロンにはあまりなかった特徴であり、誤嚥性肺炎や肺膿瘍への応用が期待されています。実際、点滴静注製剤の承認に際して、誤嚥性肺炎および肺膿瘍患者を対象とした臨床試験が実施され、有効性が示されています。
参考:ラスビック錠とレボフロキサシンの特徴比較・適応の違い・臨床的位置付けの詳細
ラスビック錠の特徴と位置付けは?レボフロキサシンと比較して解説 – くすりプロ
「腎機能が悪い患者さんにキノロン系を使うなら用量調節が必要」というのが臨床現場の常識です。ところがラスクフロキサシンは違います。CKD患者や透析患者でも通常量(1回75mg 1日1回)をそのまま使用できます。
その理由は代謝・排泄経路にあります。ラスクフロキサシンは胆汁排泄型の薬剤であり、腎臓からの未変化体排泄率はわずか8.38%です。薬物動態試験でも、腎機能低下がラスクフロキサシンの体内動態にほとんど影響しないことが確認されています。腎機能調節不要が原則です。
一方でレボフロキサシンは腎排泄型であり、尿中未変化体排泄率が約79.6%に達します。Ccr<20mL/minや透析患者では「初日500mg、3日目以降250mgを隔日投与(透析日は透析後)」という煩雑な投与設計が必要で、飲み忘れや投与ミスのリスクも生じます。ここがラスビックの大きな使い勝手の良さといえます。
ただし、こうした利便性のある反面、肝代謝であることに由来する注意点も存在します。肝臓のCYP3A4によって代謝されるため、以下の薬剤との相互作用が生じる可能性があります。
また、中等度以上の肝機能障害患者への投与は慎重投与とされており、肝臓での代謝能が落ちた場合には薬物が蓄積するリスクがあります。「腎機能は不要」とはいえ、肝機能とCYP関連薬の確認は必須です。
参考:腎機能低下者にラスクフロキサシンを使う場合の薬物動態試験の詳細
腎機能低下者におけるlascufloxacinの体内動態 – 日本化学療法学会誌(PDF)
ラスビックの副作用はキノロン系抗菌薬に共通するプロファイルを持ちつつ、いくつかの固有の注意点があります。まず把握しておきましょう。
主な副作用(頻度順)
重大な副作用として特に注目すべきなのは、QT延長・心室頻拍(Torsades de pointesを含む)です。これは点滴静注製剤で特に重視される項目であり、点滴静注製剤においてはQT延長のある患者(先天性QT延長症候群等)と低カリウム血症のある患者が禁忌に指定されています。臨床現場での確認が必須の項目です。
その他の重大な副作用として以下が挙げられています。
禁忌については2点が中心です。①本剤成分または他のキノロン系抗菌剤に対し過敏症の既往歴がある患者、②妊婦または妊娠している可能性のある女性(動物実験で関節障害が確認されているため)。
慎重投与では、中等度以上の肝機能障害患者、重篤な心疾患(不整脈、虚血性心疾患等)のある患者、てんかん等の痙攣性疾患またはその既往歴のある患者、腎機能障害患者(透析含む、必須ではないが念のため経過観察)などが挙げられています。
また見落とされがちな点として、フルオロキノロン系全般に共通しますが、結核菌に対しても感受性を持つという問題があります。不明な肺炎様症状にラスビックを安易に使用した場合、一時的な症状改善によって結核の診断が遅れるリスクがあります。AMR(薬剤耐性)対策の観点からもキノロン系の温存が求められており、漫然投与は避けるべきです。
参考:ラスビック点滴静注キットのQT延長に関する禁忌・注意事項の公式FAQ
ラスビック点滴静注キット_禁忌は? – 杏林製薬 医療関係者向け情報
ラスビックは、その使い勝手の良さゆえに「使いすぎ」が懸念される薬剤でもあります。これはあまり語られない視点です。
確かに「1日1回1錠でOK」「腎機能調節不要」「錠剤が小さく(直径7.8mm × 厚さ3.8mm)嚥下機能が低下した高齢者にも飲みやすい」という点は臨床現場での魅力です。比較として、クラビット500mg錠は長径16.2mm × 短径7.9mm × 厚さ5.6mmと明らかに大きく、嚥下困難患者には負担があります。
ところが、こうした利便性があるからこそ、安易な処方につながるリスクが生じます。
まず抑えておきたい点は、市中肺炎においてレスピラトリーキノロン(ラスビックを含む)は第一選択薬ではないという事実です。JAID/JSC感染症治療ガイドやJRS(日本呼吸器学会)成人肺炎診療ガイドライン2024でも、市中肺炎の初期治療はβラクタム系薬(アモキシシリン、セフトリアキソンなど)が主体であり、キノロン系はアレルギーや非定型病原体への対応などに限定される「代替薬」として位置づけられています。キノロンは代替が原則です。
耳鼻咽喉科領域においても同様です。抗微生物薬適正使用の手引き(厚生労働省)によれば、急性咽頭炎・急性気管支炎の多くはウイルス性であり、A群β溶血性連鎖球菌(GAS)が検出されていない場合には抗菌薬投与自体が不要とされています。GASが確認された場合の第一選択薬もアモキシシリン(10日間)であり、キノロン系ではありません。
さらに、AMRアクションプランの観点では、キノロン系薬に対する大腸菌の耐性率が年々上昇(2007年:約24%→2020年:約41.5%)しており、キノロン温存の重要性が増しています。ラスビックの出番は本来「限定的」であり、その限定的な出番において最大限の効果を発揮させるためにも、安易な乱用は避けなければなりません。
適切に使うための判断フローは以下の通りです。
ラスビックの「使いやすさ」は確かな強みです。しかしそれを「何でも使える薬」と混同しないことが、医療従事者としての適正使用の本質といえます。
参考:日本呼吸器学会による成人肺炎診療ガイドライン2024(抗菌薬の選択基準を含む)
日本呼吸器学会 成人肺炎診療ガイドライン2024(PDF)