ポリミキシンbを「静注すれば肺炎にも効く」と思っていると、治療失敗につながります。
ポリミキシンbは、土壌細菌である*Bacillus polymyxa*が産生するポリペプチド系の抗生物質です。1947年にコリスチン(ポリミキシンE)が発見され、1950年代から日本とヨーロッパで、1959年には米国FDAに承認されて広く使用が始まりました。しかし1970年代以降、副作用の強さから全身投与は事実上禁忌とみなされ、長らく点眼・点耳・軟膏などの局所投与や、経口での腸管内殺菌(白血病治療補助)に用途が限定されてきた経緯があります。
再評価のきっかけとなったのは、多剤耐性菌の世界的蔓延です。カルバペネムを含む主要な抗菌薬に耐性を獲得したグラム陰性桿菌(CRE、MDRP、MDRAなど)が増加する中、ポリミキシン系はほぼ唯一有効な選択肢として「最後の砦」に返り咲きました。現在の感染症診療では、CRE(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌)やXDR(超多剤耐性)緑膿菌・アシネトバクターに対する第一選択薬として再び脚光を浴びています。
ポリペプチド系抗菌薬に分類されます。類縁薬はコリスチン(ポリミキシンE)とバシトラシンですが、それぞれ薬物動態が大きく異なります。ポリミキシンbは直接、抗菌活性を持った形で投与できる点がコリスチンとの最大の違いです(後述)。
参考リンク(ポリミキシン系抗菌薬の適応・禁忌・有害作用の詳細についてMSDマニュアルが包括的に解説しています)。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:ポリペプチド系抗菌薬(バシトラシン,コリスチン,ポリミキシンB)
ポリミキシンbの抗菌作用の核心は、グラム陰性菌の外膜構造そのものを標的とする点にあります。分子として強い陽性荷電と疎水性の両方を持つ環状ポリペプチドであり、その正電荷を帯びたアミノ基が、細菌外膜のリポ多糖(LPS)のリピドA(lipid A)部分に静電気的に引き寄せられ結合します。
この結合により、外膜を安定化させていたカルシウム(Ca²⁺)やマグネシウム(Mg²⁺)などの2価陽イオンが置換・排除されます。その結果、外膜の構造安定性が急激に失われ、局所的な膜障害が生じ、細菌の細胞内容物が漏出して殺菌的に作用します。つまり、「外膜を物理的に壊す」という他の多くの抗菌薬とは根本的に異なるアプローチです。これが基本です。
この機序にはもう一つ重要な側面があります。LPSそのものに強く結合するため、内毒素(エンドトキシン)の毒性を中和する作用も期待できます。敗血症における内毒素除去目的でポリミキシンbを固定化したカラム(トレミキシン®)が血液浄化療法に応用されているのも、この性質を利用したものです。
一方、抗菌スペクトルには明確な限界があります。*Proteus*属、*Providencia*属、*Burkholderia*属、*Serratia*属細菌、ならびに多くの嫌気性菌(*Bacteroides fragilis*など)とグラム陽性細菌には無効です。グラム陽性菌にはLPS構造を持つ外膜がないためです。スペクトルは限定的です。
殺菌作用の強さは濃度に依存する「濃度依存性抗菌薬」に分類され、AUC/MIC比(血中濃度-時間曲線下面積/最小発育阻止濃度の比)が殺菌効果の主要な指標となります。グラム陰性桿菌には0.02〜5.0μg/mLで有効域に入るとされており、投与設計においてこの数値を念頭に置くことが重要です。
参考リンク(LPSへの結合機序とポリミキシン耐性の分子機構についてNITEのデータベースで詳しく解説されています)。
NITE MiFuP:ポリミキシン耐性のメカニズムと作用機序
ポリミキシンbとコリスチン(ポリミキシンE)は、環状ペプチド部分の6位のアミノ酸1分子(ポリミキシンbではD-フェニルアラニン、コリスチンではD-ロイシン)が異なるだけです。しかし、その薬物動態(PK)と薬力学(PD)は臨床的に大きく異なります。意外ですね。
コリスチンはプロドラッグ(コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム:CMS)として投与されます。体内でCLに変換されて初めて抗菌活性を発揮しますが、投与されたCMSのうち実際にCLに変換される割合はわずか20〜25%に過ぎません。さらにローディングドーズなしで投与した場合、血中濃度がピークに達するまでに約7時間かかり、安定状態に達するには数日を要します。加えて、同程度の腎機能でも定常状態の血中濃度が最大10倍程度の個人差があるとされています。
対してポリミキシンbは、プロドラッグではなく最初から活性型として投与されます。そのため投与後すみやかに必要な血中濃度に達し、定常状態での個人差も3.3倍程度と比較的安定しています。これは使えそうです。
こうした違いから、厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き(第三版)」でも、コリスチンと比べてポリミキシンbは血中濃度が安定しているとされています。重症患者や腎機能が変動しやすい患者では、コリスチンよりもポリミキシンbの方が血中濃度の管理がしやすいケースもあるとされています。
もう一点、日本固有の事情も知っておく必要があります。コリスチンは日本では静注製剤が利用可能ですが、ポリミキシンbについても注射剤が利用できます。ただし両剤とも、後述する通り肺への移行性が低いという共通の課題を抱えており、気道感染症への全身投与だけでは不十分な場合があります。
| 項目 | ポリミキシンb | コリスチン(CMS) |
|---|---|---|
| 投与形態 | 活性型として直接投与 | プロドラッグ(CMS)として投与 |
| 血中濃度の安定性 | 比較的安定(個人差3.3倍) | 不安定(個人差最大10倍) |
| ピーク到達時間 | 速やか | 約7時間(ローディングなし) |
| 腎毒性リスク | あり(量依存性) | あり(腎機能不全で特に高い) |
| 交差耐性 | ほぼ100%(互いに完全交差) | |
参考リンク(CREの治療現場でのポリミキシンとコリスチンの使い分けについて、神戸大学感染症内科の西村先生による詳細な解説があります)。
中外医学社Online:基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(19)CREの治療②
ポリミキシンbを使用する上で避けて通れないのが、腎毒性と神経毒性という2大副作用です。いずれも量依存性(用量依存性)であり、治療域と毒性域の幅が狭いことから、投与中のモニタリングが必須です。
腎毒性の発現頻度は、腎障害の定義・投与レジメン・併用薬の有無・TDM(治療薬物モニタリング)の実施状況によって6〜60%と非常に幅があります。定常状態での血中濃度が2μg/mLを超えると腎毒性リスクが顕著に上昇するとの報告があります。リスク因子は高用量投与に加えて、腎毒性を有する併用薬(アミノグリコシド系など)の使用、年齢、男性、低アルブミン血症、低ビリルビン血症、基礎腎疾患の存在、重症度などです。腎毒性の多くは可逆性ですが、早期発見のために毎日の血清クレアチニン・尿量のモニタリングが推奨されます。
神経毒性としては、口周囲や四肢の錯感覚(知覚異常)が最も頻度が高く、静注投与患者の約27%に認められたとする報告があります。そのほか回転性めまい、言語不明瞭(ろれつが回らない)、筋力低下、視力障害、重篤な場合は昏迷・失調・神経筋遮断からの呼吸不全なども報告されています。神経毒性は腎機能不全患者でより多く見られる傾向があります。ただし神経毒性の多くは可逆性です。
神経毒性の点で特に注意が必要なのは、神経筋遮断作用を持つ薬剤(ロクロニウムなど筋弛緩薬)との併用です。作用が相加的に増強し、呼吸困難リスクが上昇します。同様に、アミノグリコシド系薬との併用は腎毒性を相乗的に高めるため、可能な限り避けるのが原則です。
一点、意外な事実があります。1950〜1970年代の報告と比較して、近年の副作用発生頻度は大きく低下しています。これは製剤純度の向上(不純物混入の減少)、慎重なモニタリングの実施、腎毒性を持つ他剤との併用回避が徹底されてきたことによるものと考えられています。過去の「使えない薬」というイメージは、現代の適切な管理のもとでは必ずしも当てはまらない部分があります。
💊 副作用モニタリングの主要チェック項目(臨床実践用)
| モニタリング項目 | チェックタイミング | 警戒ライン |
|---|---|---|
| 血清クレアチニン・BUN | 毎日 | 投与前値より1.5倍上昇 |
| 尿量 | 毎日 | <0.5mL/kg/時間が6時間継続 |
| 神経症状(知覚異常・めまい) | 毎日 | 新規出現時は要評価 |
| 定常状態血中濃度 | 必要に応じて | >2μg/mLで腎毒性リスク↑ |
| 電解質(Na・K・Mg) | 定期的に | 低Mg血症は腎毒性リスクを増強 |
ポリミキシンbはかつて「耐性が伝播しない」とされていました。しかしその常識は2015年に大きく覆されました。中国の研究グループが、コリスチン・ポリミキシンbへの耐性をプラスミドによって水平伝播させる遺伝子「mcr-1」を発見し、世界的な衝撃を与えたのです。
耐性獲得のメカニズムは大きく2種類あります。ひとつは、外膜リポ多糖のリピドA部分への修飾を介した染色体性耐性であり、細胞表面がより正に帯電することで、正電荷を持つポリミキシンbとの結合親和性が失われます。もうひとつが、mcr-1、mcr-2、mcr-3などのプラスミド性耐性遺伝子による獲得耐性です。プラスミドは細菌間を自由に移動できる「可動遺伝因子」であり、異なる菌種間でも耐性を受け渡せる点が問題です。水平伝播が脅威です。
特に深刻なのは、コリスチンとポリミキシンbの交差耐性がほぼ100%であるという事実です。つまり、どちらか一方に耐性が生じれば、もう一方も同時に使えなくなります。現在、mcr-1遺伝子はアジア・欧州・アフリカ・米州など世界各地で検出されており、日本国内でも報告が上がっています。
臨床上、CLSIはポリミキシン系薬剤について「susceptible(感性)」というブレイクポイントを全て削除し、現在は可能な限り低いブレイクポイントとして「intermediate(中間)」のみを推奨しています。MICに基づく感受性判定の信頼性に限界があることが理由のひとつです。つまり「感性」と報告されても過信は禁物です。
この状況を踏まえ、AMR(薬剤耐性)対策として最重要なのは、ポリミキシンbを不必要に使用しないことです。より毒性の少ないβ-ラクタム系薬+酵素阻害薬の新規組み合わせ(セフィデロコル、ザバクサ®、フェトロージャ®などの新規抗菌薬)が使える場合は、そちらを優先することが国際的なコンセンサスとなっています。ポリミキシンbを温存する意識が求められます。
参考リンク(mcr遺伝子の構造・機序・世界的拡散についてNITEのMiFuPデータベースに詳細が掲載されています)。
NITE MiFuP:ポリミキシン耐性(mcr-1・mcr-2遺伝子と水平伝播)
参考リンク(多剤耐性グラム陰性菌感染制御のためのポジションペーパーでコリスチン・ポリミキシンbの耐性対策が詳述されています)。
日本環境感染学会:多剤耐性グラム陰性菌感染制御のためのポジションペーパー第2版(PDF)
ポリミキシンbを静脈内投与しているから肺炎もカバーできている、と考えている医療従事者は少なくありません。しかしそれは正確ではありません。これが重大な落とし穴です。
ポリミキシンb・コリスチンともに、静脈内投与時の肺への移行性が著しく低いことが知られています。これはポリミキシン系薬剤の分子的性質(大きなポリペプチド構造と疎水性)に起因するもので、肺胞上皮や肺組織内への移行が十分に確保されません。臨床研究でも、全身投与のみでは肺内濃度が抗菌活性を発揮するには不十分であるケースが報告されています。
厚生労働省AMR対策推進室が発行した「補遺(入院患者における抗微生物薬適正使用編)」でも明示されており、「ポリペプチド系は肺移行性が悪く、気道感染症においては全身投与する場合でも吸入療法の併用が望ましい」とされています。ガイドラインが警告しています。
ただし、日本では現時点でポリミキシンbの静注製剤しか利用できません(吸入用製剤は国内承認外)。この制約の中で最善を尽くすには、まず静注投与だけで肺炎が十分に治療できると過信しないこと、そして感受性のある他の抗菌薬との併用療法を真剣に検討することが求められます。
なお、MDR緑膿菌や多剤耐性アシネトバクターによる人工呼吸器関連肺炎(VAP)に対しては、ポリミキシン系の吸入療法(コリスチン吸入)が国際的ガイドラインで推奨されており、静注との併用で肺内濃度を補完する考え方が主流です。日本での運用においては専門家への相談が推奨されます。
もう一点、CLSIは2019年以降、ポリミキシン系薬剤について肺炎への使用に否定的なスタンスを取っています。肺での活性が特に低いことが理由のひとつです。ポリミキシンbを肺炎に使わざるをえない場面では、それ自体がすでに「他に選択肢がない状況」であることを意味します。治療の限界を正確に認識することが条件です。
参考リンク(ポリミキシン系薬剤の肺移行性と気道感染症への適応についてAMR対策関連資材で詳細が確認できます)。
AMR対策関連資材:補遺(入院患者における抗微生物薬適正使用編)